第4片 幻惑の魔女④

 私の名前は北沢 日芽香。15歳の中学生です。皆からはひめちゃん、ひめかちゃんと呼ばれています。

 そんな私は魔女として働いています。

 学校ではバイト禁止ですが、皆には秘密で魔法を使っています。


 私の魔法は『夢への介入』。

 強力な魔法ですが、発動条件は面倒です。

 まず相手が寝ている必要があります。夜、忍び込んで相手の寝ているところに夢に入る……ということもできるのですが、無差別に夢に入りたいわけではありません。

 私が救いたいのは、笑顔じゃない人、困っている人。

 なので、基本的には日中、夢の中に入りたい人に、その都度、睡眠魔法をかけています。すぐ目覚めてしまっては意味が無いです。深い眠りに入らせるための魔力の消費が激しいのが難点です。

 そして夢へ介入するには、私自身も眠りにつく必要があります。そのため非常に効率が悪く、頻繁に使用することができないのです。

 また、有効範囲はこの公園の広さぐらいが精一杯。といっても学校中や、デパート内を平気でカバーできる距離ですので、困ってはいないのですけどね。

 夢に入り、都合の良い夢を見せるのが、私の魔法です。

 この魔法が使えるのようになったのは、私が10歳の時でした。



「また、あんたは少ない稼ぎで遊んで」

「専業主婦のお前が文句を言うんじゃない。その服は誰の金で買ったんだよ?」

「じゃあ、私のつくったご飯はいらないんですね」

「そうはいってねーよ!」


 お父さん、お母さんは喧嘩ばかりです。


「お父さん、お母さんやめて、喧嘩しないで!」

「うるさい、日芽香は黙って」

「親の喧嘩に子供が入ってくるな」


 私は2人に笑顔でいて欲しかった。昔は仲が良かったんです。それが私が大きくなるにつれて、一緒に出掛けることは少なくなり、喧嘩ばかりの毎日になりました。私は二人にただ仲良くしてほしかっただけなんです。

 だから、私は魔法を使った。


「懐かしい夢を見たわ」

「俺もだ。良くデートに行ったよな」

「久しぶりにあの場所に行きたいわね」

「ああ、お弁当も頼んでいいかな」

「ええ、あなたの好きなものを入れていくわ。もちろん日芽香も連れてね」

「もちろんだ、日芽香は俺たちの大切な娘なんだから」


 偶然でした。私の願いが作用したのでしょうか。私は両親の夢に入り、アルバムで見つけた、二人の仲が良かった頃の光景を見せました。

 朝、目覚めたらお父さんと、お母さんは変わりました。

 二人は楽しそうに話し、私に笑顔を向けてくれました。仲の良かった二人が戻ってきたんです。

 人は変わる。夢で変えられる。


「私の魔法で変わるんだ!」


 嬉しかったんです。お父さんとお母さんがまた仲良くなってくれて、笑顔になってくれて。私は笑顔になれたんです。


 ――それが私の力の使い道だと思いました。

 人々を夢で笑顔にして、現実でも笑顔にさせる。


 この力を使ううちに、いつしか私は『幻惑の魔女』と呼ばれるようになりました。

 幻惑。人の眼をくらまし、まどわされること。

 失礼な呼び名です。私は惑わしてなどいません。

 確かに、魔法で人の気持ちを変えるのは良くないことかもしれません。

 けど幻だとしても、惑わすことだとしても、それが笑顔に繋がるなら、正しいことなんです。

 笑顔でないことの方が、ずっと良くないことですよね?




「日芽香、面白い魔女がいるよ」


 一緒に行動している魔女に聞いて気になっていました。

 空間を操る、芸術の魔女。『空間の魔術師』。それもかつて『ハジマリの魔女』の再来と呼ばれた、天才魔女。私も友達のうわさ話で聞いたことある名前でした。

 そんな魔女が、東京に来て、落ちぶれている。苦悩している。

 笑顔じゃない。


「……したい」


 きっと辛いことがたくさんあったのでしょう。

 周りからの期待、天才と呼ばれるプレッシャー。魔女の限界と、虚しさ。何も変えられない世界。どうにもできない現実。

 世の中は不幸せが溢れすぎています。


「私が、笑顔にしたい」


 魔法は救い。

 救えるのは魔女だけ。

 そして、笑顔にできるのは私、北沢日芽香だけなんです。



 × × ×


 天才の彼女は私の目の前に現れました。

 「大規模な魔法を仕掛ければあっちからやってくる」とあの人からアドバイスもありましたが、まさにその通りでした。

 そして避けもせず、私の魔法をくらいました。

 これが天才? どうしたというのでしょう。

 けど、それも夢の中に入ればわかるでしょう。


「夢で逢いましょう、天才の魔女さん」


 こうして、私は天才の魔女の夢の中に入りました。


 

× × ×


 目を覚ます、という表現は夢の中では可笑しいですが、可笑しいのは世界の方でした。

 真っ白な、世界。


「……え」


 文字通り、真っ白で何もありません。

 足場もなければ、風景もない、人もいない、物もない。

 ただただ、白い。

 白の中に、私が浮かんでいるだけでした。


「これが、あの魔女の夢の中なんですか?」


 失敗したのでしょうか。何処かに迷い込んだ?

 そんなはずはありません。あの魔女は避けずに魔法をくらいました。ちゃんと寝たのを確認し、私は夢の中に介入しました。それに今まで失敗したことはないのです。たとえ天才の魔女が相手だとしても上手くできない、なんてことはないのです!


 ぶるっ。

 何もない空間に、身体が震えます。


「これが、天才の夢の中だというのですか」

 

 一面真っ白。

 可笑しい。ありえません。


「なんなんですか、この魔女は」


 こんな光景、普通の人間、いいえ魔女だってありせません。思い出も、感情も何もありません。空白なんです。

 ……思い出も、感情もない?恐ろしい考えが思い浮かびます。彼女は、もしかして、人間じゃな、


「駄目じゃないか。勝手に人の夢を覗いちゃ」

「ひっ」


 誰もいないはずの空間で、声をかけられました。肩に手を置かれ、叫ぶ余裕すらありませんでした。

 振り向くと、あの天才だった魔女がいました。


「ごきげんよう」

「ごきげんよう……?」


 声は、優しく、諭すよう。けど、顔は笑っていません。


「ど、どうやって、ここに?」

「どうやって……って、ここが私の夢なんでしょ?私がいるのは普通なことじゃん」 


 それはそうですが、夢の中で私の介入に気づくなんてこと今までありませんでした。


「ここが、この何もない空間があなたの夢なんですか? ありえない、真っ白な世界なんてありえない」


 彼女は、何もない光景を見渡します。


「あー、私の夢はこうなっているんだね。それもそうかー」

「なんで、そんなに他人行儀なんですか!?」


 彼女が私を見て、薄く笑います。幸せな笑顔じゃない。こんな笑顔を私は望んでいません。


「うーん、まいったな。このことは自分の中に留めていくつもりだったのに、これじゃあ、さすがに勘付かれちゃうよな」

「あなたはいったい何なんですか?」

「こっちが聞きたいかな、それは」

「あなたは魔女……いや、それ以前に人なんですか?」

「ハハ、その質問は面白いね。最高に面白い。何が人で、何が人じゃないんだろうね?」


 私は何と対峙しているのでしょうか。得体の知れない恐怖に、私の浅はかだった好奇心は、絶賛後悔中です。


「まぁ、答えられないよね」

「意味が、わかりません……」

「私だってわかったら苦労しないよ。いいや、とりあえずさ」


 惑わされたのは、どっちだったのでしょうか。


「夢から覚めようか、魔女さん」


 おでこをデコピンされ、夢の中から吹っ飛ばされました。

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