第4片 幻惑の魔女⑤
夢の中に入ってきた魔女を追い出し、「はぁーーー」と長くため息をつく。
目の間に広がるのは、真っ白で何もない光景。
「我ながら、ひどいな」
夢の中に入れば、魔力を、感情を無くした手がかりが多少なりともあるのではないかと期待していたが、このざまだ。器には何もない、ということが改めて証明されてしまっただけだった。
それに夢に入ってきたあの子には勘付かれただろう。
私は、普通の人間ではない。
天才だとか、能力が高いとかそういう話ではない。根本的に、人となしていない。人足りえない。
空っぽ。
「どうしたものかね」
自分で魔法を受ける決断をしたのだから、自身に責任がある。上手くいったが、大失敗だ。
つくられた感情ながら、困惑するのも可笑しな話だ。
× × ×
目を覚ますと、女の子は逃げずにその場にいた。
「おはよう、魔女さん」
私が声をかけるも、怯えた顔のまま小さく震えっぱなしだ。
独り言のように小さな声で私に話しかける。
「私が優勢だったんです。魔法をかけたのは私なんです」
その通りだ。彼女の魔法は私に直撃し、まんまと夢の中に入られた。
「なのに、介入したはずの夢に、どうしてあなたが介入することができたのですか?」
「簡単なことだよ。私にかかった魔法を自分の魔力に変え、魔法を上書きした」
「わ、わけがわかりません! そんなことありえません」
「でも、私に破られた」
魔法は確かにかかっていた。しかし、それは『器』の何もない方の私で、着飾った私、『つぐみ』の方ではない。
普通ならありえない。私の中に、2人が共存していたからできたことだ。
いや、片方はいないようなものなので、共存とは言えないか。
けど、目の前の女の子は納得がいかないようで、声を荒げる。
「だって、夢に入るのは私だけの魔法でっ」
「理屈さえわかれば、そんなに大変じゃなかったよ」
「……なんですか、やっぱり天才じゃないですか」
「あー、そういうと何だかごめん。でも私自身は魔力が無いし、無力だし、ね」
ウィンクをかましたが、ぶるっと震えて、縮こまらせてしまった。えっ、私のウィンクって、そんなに気持ち悪い?
「よし、とりあえず落ち着いて話そうか、えーっと」
「……日芽香です」
「日芽香ちゃん」
まだ結界は解除していなく、霧は立ち込めたままだ。依然、人々は笑顔で寝ているわけだが、構わず彼女とのトークタイムに移る。
自販機で買った紅茶を渡し、公園に設置してある木のテーブルで向かい合う。
「さすがにそこで買ったものだから、毒は入ってないよ?」
「……いただきます」
恐る恐る、ペットボトルに口をつけるのを見て、私も一口飲む。
「日芽香ちゃんはさ、どうして夢の中に入るの?」
「皆を笑顔にするためです」
「笑顔」
「ええ、笑顔です」
自信満々に言い放つ。
「幸せな夢を見た日は、一日中幸せじゃありませんか?」
『つぐみ』になってからその感覚はないが、話がややこしくなるので「そうだね」と相槌を打つ。
「同じです。夢で意図的に幸せを見せ、現実でも笑顔になってもらうんです」
「でもそれは魔法で無理やりにやったことだよね」
「それでも、作られたものだとしても、笑顔になれるんです。とても素敵なことじゃありませんか?」
どうだろうか。
人の気持ちを暗くするのではなく、ポジティブにさせている。大きな悪巧みは感じず、彼女はただ純粋に、真っ直ぐすぎるほどに「笑顔にしたい」と思っているんだろう。
「否定はしないけど、それじゃ何にも変わらないよ。都合の良いものを見せて、確かに笑顔になるかもしれないけど、その人自身が変わったわけではない。また気分が落ち込んだら、笑顔にさせるために魔法を使う? 永遠に繰り返すのは無理だよね」
一瞬救われる。それを機に変わるかもしれない。でも変わらなかったら、不幸になったら、また同じことを繰り返すのか。いつしか数が増えすぎ、全員を救うことは無理になるだろう。気まぐれ。そう、たまたま目についたから笑顔にしてあげただけ。
それに危ない。
「日芽香ちゃんは悪気はないかもしれないけど、魔法で人の心を変えている」
それは善悪関係なく、良くないことだ。
苦難に直面した人の頑張る機会、成長のチャンスを失わせている。綺麗事だけど。
「じゃあ、あなたは何なんですか? あなただって人々を感動させるために、笑顔にするために魔法を使っているんですよね?」
「私は、あくまで芸術を見せているだけ。その芸術をどう受け止めるか、そこからどう心が変わるかはその人次第だ」
「屁理屈ですね」
「そうかもしれないね。うん、その通り。屁理屈だよ。私だって、夢を見させているのと同じだ。日芽香ちゃんと同じ」
「じゃあ、許してくれますね」
改めて辺りを見渡す。そこら中に人が寝転がっている。
とても許してはいけない光景だ。
でも、彼女だって人を魔法で救っているのだ。ただ過剰なだけ。
「用法用量を守ってぐらいならいいんじゃないかな。私に止める権利はないし」
「そうですね。思い知らされました。救えない人もいるとわかりました」
それは私のことを指している。
「そもそもあなたは人間ですか?」
「人間になりたい、魔女だよ」
納得いかない表情だ。
「……よくわかりません。たぶん考えてもわからないですよね。で、これにて一件落着でいいですか」
「エスカレートしたら、根こそぎ魔力を奪うよ」
「悪役みたいな台詞ですね」
「じゃあ、交換条件を出そう。私は日芽香ちゃんを捕まえないし、日芽香ちゃんのやることを止めはしない。もうちょっと節度は持ってほしいけど。所かまわずやるのは無し。私は許しても、きっとそこで寝ている正義の魔女さんが許さない」
「あなたはそれでいいんですね」
「否定したら、私のことも否定しちゃうからさ。私も芸術という名の、一種の夢のようなものを見せて、人の心を動かしているし」
「似たもの同士ですね」
「似ない方がいいよ」
私と似ていていいの? 見たでしょ、私の夢の中を。真っ白な何もない空間を。
女の子は苦笑いした。
「ねえ、お姉さん。あなたは誰?」
もう一度聞かれる。さっきとはちょっと違った言葉で、核心をついて。
私は、こう答えた。
「私は、つぐみだよ」
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