第5片 君と夏⑥

 鰻を堪能した後は、ガイドブックを見て1番行きたかった場所につぐみと行く。

 縁結びの神様がいる、氷川神社。「恋愛運や結婚運のパワーを授かれる!」と有名な場所だ。


「風鈴の数凄い!」

「これは凄いわね!」


 彼女の言葉に同意する。

 目に入ってきたのは「縁結び風鈴」。「写真映えスポット!」と高らかに書かれていたガイドブックで得た知識を披露する。


「2000個も江戸風鈴があるらしいわ」

「これは凄いね、アートだね」


 アートにたいして興味なく、SNSに写真上げる勢じゃない私でも感動してしまう。こんなにたくさんの風鈴を見ることは普通に生きていたらないだろう。ここに来ただけで一生分見た気がする。そして音も凄い。風に揺れ、鳴り止まない。

 短冊で願いも書けるらしいが、「私たちも何か掛ける?」というつぐみの誘いを断った。これ以上、祈ってばかりもいられない。


 そう考えながら歩いていると隣から気配が消え、慌てて後ろを振り返る。 

 つぐみがまたぼーっとしながら、立っていた。

 風鈴を見ているようで、見ていない。


「……」


 いったい何を考えているのだろう。

 風鈴を見て、音を聞いて、あなたには何が見えているの?

 尋ねても教えてくれない。


「……何、ぼーっとしているのよ。また考え事?」

「ごめんごめん、何でもない」


 そうやって苦笑いし、何もなかったかのように振舞う。

 悩みを言って欲しい。頼ってほしい。私じゃ頼りない? 言えないことなの? また勝手に去るの? また私を置いていくの? また私の前から消えるの?

 私を一人にしないで。

 高校時代の失ったままの何もない、空虚な生活はしたくない。 

 もう嫌なんだ。

 もう失いたくない。


 ……そっちがその気ならいい。

 つぐみがこっちを見ないなら、何も言ってくれないなら、私から掴みに行くだけ。

 決心し、私は彼女の手を握る。


「へ?」


 彼女が驚いた声を上げるも、無視、無視だ。

 

「り、莉乃?」

「ぼーっとして気づかなかったら置いていっちゃうでしょ。迷子にならないためよ、迷子にならないため!」

 

 言い訳を述べ、正当化する。

 恥ずかしい。

 顔が熱くなるのを感じる。

 手を繋いだだけなのに、世界が変わって見える。


「ありがと」


 彼女の小さな感謝の言葉に、私の疑問に答えを与える。

 

 逃げていた答え。わかっている。気づいている。

 私はつぐみを認め、つぐみの魔女としての姿勢を肯定し、そして私はつぐみを欲している。

 『ツグ』を求めながら、つぐみを必要としている。

 矛盾した自分の感情に、名前をつけるとしたら何なのだろうか。

 この手を離したくない。もう絶対に離さない。離させやしない。


 答えはすでに知っている。


 × × × 


 さらに進み、境内の小川の所で立ち止まる。ここは『人形流し(ひとがたながし)』が行われる場所だ。

 川に紙の人形を流して、身に着いた汚れを清める、一種の儀式。


「誰だって汚れは持っているよ。その時代、人の考え次第。悪魔だって時代によっては天使になるし、神様だって災いとなる。誰だって汚れや、裏や、闇を抱えているんだ。例えそれが超越したものだとしても」


 彼女は流暢に語る。

 私も理解している。私だって、『正義の魔女』と名乗っているが、人にとっては私の正義は悪かもしれない。間違いなのかもしれない。

 それでも、私は自分の正しさを信じるしかないのだ。何が悪い、何が正しい? それは自分自身が決めることだ。自分が良いと思うことを実行するしかない。

 我儘で、自分勝手で、押し付けがましい。でも、それでいい。認めないなら認めさせる。認めされたいなら、私に勝てばいい。


「で、やるの、やらないの?」

「せっかくだからやろうか」 

 

 つぐみの言葉に頷き、お賽銭を入れ、紙の人形を手に持つ。


「……」


 小さな紙を愛おしく見つめる彼女。

 単なる紙、道具とも思わず、そう自分の分身でもあるかのように、彼女は優しく感情を拭き込む。


「ふー、ふー、ふー」 


 体に撫でた後は、水につけ、言葉を発し、流す。


「「祓えたまえ、清めたまえ」」


 ゆっくりと人形は流れ、やがて水に溶け、消えた。

 もう終わったのだが、つぐみは人形の消えた小川を静かに見つめ続けたままだ。まただ。何か考え、閉じこもり、一人で落ち込む。

 私はわざとらしいぐらいに明るく言葉を出す。


「よし、綺麗になったわ!」


 彼女が私を見て、声を出し、笑った。


「何、笑っているのよ」


 良かった、笑ってくれた。


「いやいや、そんな堂々と宣言するなんて清くないって思って」

「綺麗じゃないって言うの?」 

 

 ムキになったフリで否定すると、彼女は言葉を返した。

 透き通った瞳で、真っ直ぐに私を見て。


「莉乃は綺麗だよ」


 不意の言葉に、言葉が詰まり、すぐに返すことはできなかった。

 莉乃は綺麗。

 カワイイ、カッコいいと言われ慣れた私には似合わない言葉。


 綺麗。

  

 そう言われると、この世界まで綺麗に見える。

 色褪せた世界がキラキラと輝く。


「そろそろ待ち合わせ時間だね、行こう」


 今度は彼女から手を差し出した。

 私は照れながらもその手を握り返した。


 × × × 

 

 一人のはず。

 見た目も、姿も同じだ。

 魔力を失ったとはいえ、魔法の才能は飛びぬけたままだ。

 でも、『ツグ』と『つぐみ』は違う。

 

 性質が、ちょっとした仕草が、言葉遣いが、心が違う。

 似ている。けど違う。


 けど、そんな彼女のことも嫌いになれない。

 いや、むしろこの感情は……。

 


 時間になり、待ち合わせ場所に行くと、浴衣姿の日芽香が私たちを見て変なことを言い出した。


「お二人は仲良しですね」


 仲良し?


「はい……?」

「うん……?」


 思わずつぐみと顔を見合わせる。

 顔は何も変なところはない。服装だって、日芽香と違って浴衣じゃなく風情はないけど、可笑しな格好ではない。ご飯だってちゃんと食べたし、はぐれないようにきちんと手を繋いで、手を繋いで?

 あ。


「あらあら」


 なんで、仲良しと言われたのか理解する。


「こ、これは違うわ! つぐみが迷子にならないように!」

「そう、そうなんだ! 私方向音痴だから」

「仲がいいことは素敵です」


 今では当然のように手を握っているが、おかしい。昨日までの私たちはこうではなかった。仲が良いと見られるのも不思議ではない。

 変わった。変わり続けている。

 それは魔法のように、かかっていく。

 

「わーい、私も仲良しの仲間入りです」


 日芽香が間に入り、私とつぐみの手を握る。

 並んで、3人手繋ぎ。仲良し3人組だ。というよりは「親子みたいだな」、そう思った。


 そんな生活も悪くないのかもしれない。

 日中は二人で働き、毎晩一緒にご飯を食べる。何があった、今日大変だったと話しながら、楽しく食事する。たまに日芽香が遊びに来て、私は料理を張り切ってご馳走する。休日にはパトロールも兼ねてお出かけし、色々な思い出をつくっていく。イベントごとの時には奮発して、お祝いするんだ。

 お店を開くのもいいかもしれない。私の料理をお客さんに提供し、笑顔になってもらう。お店にはつぐみの絵を、アートを飾ってあげるんだ。うん、つぐみも喜んでくれるはずだ。日芽香にはウェイトレスをしてもらおう。看板娘として評判になるだろう。私たちのお店、いい。すごく素敵だ。

 つぐみとこれからも生きていく。悪いはずがない。


 ……それが、『ツグ』を忘れたことだとしても。


 もう認めるしかない。わかっていたけど、必死に見ないようにしていた事実と向き合う。 

 私は『ツグ』に恋をしている。

 そして『つぐみ』にも恋をしている。


 同じだけど、違う。

 違うけど、同じ。


 出された答えは、不誠実で、間違っていて、でも正解だった。

 可笑しいのは、私だ。

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