第5片 君と夏⑤
つぐみが最近可笑しい。
「ねえ、莉乃」
「うん?」
「ううん、何でもない。今日もご飯ありがとう」
「何よ、急に」
何か言おうとしている。でも答えは出さず、いつも笑ってごまかす。
元から可笑しな奴だ。
私のことを覚えていない。魔力がない。空も飛ぼうとしなくなった。
秘密が多すぎる。本人は言いたくないのかもしれないけど、一緒に住んで1カ月以上だ。そろそろ事情を話してくれてもいいものだ。
最近は特に変だ。
『災厄の魔女』との決戦が迫り、気持ちを高めていかなきゃいけないのに、つぐみは何か考えて黙ることが多い。
一人で何か抱えている。私の知らない内トラブルに巻き込まれているのかもしれない。
しかし、彼女は口にしない。
私を頼ってくれない。私に救わせてくれない。
魔法は救済。人々を救うために私たちに与えられた、天賦の才だ。
でも、救いを求めない人には使うことはできない。魔女として助けてあげたいと思うものの、こっちを見てくれなければ手を差し伸べることはできない。
いや、違う。魔女だからじゃない。
私は力になりたい。例えそれが『ツグ』じゃない何かだとしてもだ。
友達として……なのだろうか。同居人?情が移っているのかもしれない。毎日一緒にご飯を食べ、話し、暮らしている。何も思わないでいられるはずがない。
魔法を芸術といった遊びに使うのは論外だ。でも徐々に認めていっている自分もいる。つぐみに2度も救われた。彼女は強い。それが芸術だとしても強いのだ。
私の助けなどいらず、勝手に解決し、けろっと明るい顔を見せるかもしれない。
けど、不安なのだ。
やたら落ち着いているようで、不安定。
声に元気がない。表情に陰りが見える。ずっと考え続けている。
「ねえ、言ってよ。話してよ」
一人部屋の中で呟く。
同じ家にいるはずなのに、毎日一緒にご飯を食べているのに、彼女の距離は遠い。
× × ×
つぐみがやっぱり可笑しい。
日芽香と待ち合わせ前に、「色々な場所に行きたい」と誘ってきた。パトロールのためということで私は承諾したが、彼女のことが気がかりで周りのことは目に入らなかった。
そんな私の不安もありながら、ただ街を歩いて、話しているだけで楽しかった。
美術館で真面目に絵を見ている横顔に「綺麗だな……」と見蕩れてしまった。
「そっちの味も食べたい」と私のクレープに近づき、思わず逃げてしまった。
彼女の言葉、行動に最近ドキドキさせられっぱなしだ。
同じ顔で笑う。同じ声で笑う。同じ目で私を見る。
「デートですか?」
「うーん、デートかもね」
「違うわよ!」
『幻惑の魔女』の日芽香にも揶揄われる始末。ついつい否定してしまう。
お出かけ、デート。
言葉が違うだけで、こんなにもドキドキが違う。どうしたというのだろう。
可笑しいのは私もだ。
× × ×
「花火大会、3つあるんだね」
仙台でもなく、熱海でもなく、残ったのは川越。
……最悪だ。
魔女との決戦の場所は、川越の花火大会だった。
私自身行ったこともないのに、想いの強い場所。
川越。
幻惑の魔女に見せられた夢で、『ツグ』と行こうと約束した場所だった。日芽香ちゃんは私が笑顔になるようにこの夢を見せたらしいが、いい夢だったはずなのに軽くトラウマだ。
『ツグ』がいなくなる夢。
わかってはいた。私は心から『ツグ』を求めている。
目の前の彼女ではなく、昔の彼女をずっと探し続けている。いるはずなのに、いない彼女をずっと、ずっと。
夢の中で何で川越を口にしたのか、わからない。鰻が食べたいって理由はどうなの、私?
もしかしたら『幻惑の魔女』と『災厄の魔女』がいまだ協力関係で、意図的に私にその場所を見せたのかもしれない。
味方関係も嘘なのかも。私たちを騙すために、日芽香はいい子を装っている。
「莉乃、どうかした?」
私を心配したつぐみに話しかけられる。
……つぐみも装っているのだろうか。彼女の本心も、本当の目的もいまだわからない。わからないことだらけで嫌になる。
「……ううん、何でもないわ」
でもやらなきゃいけないことはわかっている。
災厄の魔女を倒す。
「止めよう」
つぐみの言葉に私は力強く頷いた。
× × ×
リュックに使えそうな道具を入れ、川越につぐみと集合。
パトロールという名目で、また街を散策。
「下調べだよ、あくまでも。何か問題あったら見つける。いいでしょ?」
「……それなら仕方がないわね」
否定しながらも、心はウキウキしていた。戦いの準備で本屋でガイドブックを買っていた。嘘だ。見ているうちに、「ここ行きたいな」、「つぐみが喜びそうな場所だ」、「縁結びは気になる」と夢中になって読みふけっていた。
「やる気満々じゃん」
そう言う彼女の言葉を、正直に否定できなかった。
× × ×
最初につぐみと行ったのは、熊野神社だった。
そこで、『輪投げの運試し』を行なった。
①恋愛運、②仕事・学業運、③健康運、④金運、⑤心願成就運の5つの棒があり、3つの輪を使い、己が願う運に投げる。
本当は恋愛運と心願成就運に投げたかったが、露骨すぎるので、最初は金運目がけて投げ、見事成功した。
「やった」
「お金にがめつい」
「誰かさんのせいで路頭に迷いかけたのよ」
「その誰かさんが助けてあげたんだけど」
つぐみに家を提供してもらっているので、これ以上文句は言えなかった。
二投目は本命の一つ、心願成就運。
心願成就。それは心からの願い。奥底に秘めている願い、求めている必要な願い。私の幸せのために必要不可欠な願い。
それは『ツグ』に会って、勝つこと。
「どんまい!」
「うざい」
輪は弾かれ、失敗した。
神様にも否定され、少しへこむ。いや、けっこうへこんでいた。
思いが顔に出ていたのか、
「次は入るよ」
と彼女に慰められる。その言葉で心が軽くなる。私は単純だ。
最後は邪な気持ちは捨て、正義の魔女として仕事を成し遂げらるかを確かめるため、仕事・学業運に向かって投げることにした。
けど、神様は意地悪で、
「お」
輪は弾かれ、運よく隣の恋愛運の棒に引っかかった。
「おー、やったじゃん。恋愛運アップじゃん」
「ね、狙ったんじゃないからね! 狙ったのは仕事・学業運でっ!」
本命の一つに入ってしまった。
神様に嘘はつけない。バレバレなのかもしれない。
「いいじゃん、いいじゃん。神様の粋な計らいだよ。これで彼氏ができるね!」
「彼氏なんていらないから!!」
彼氏なんていらない。
私が欲しいのは1つ。
あなたがいればいい。ここにいない、あなたがいれば、それで……。
「見事に全投外れたわね……」
「いやー、まいったね……」
つぐみは全部外した。運が無さすぎる。
揶揄ってやろうと思ったけど、想像以上にへこんでいたので「落ち込むんじゃないわよ」と励ましてしまった。
つぐみは驚いたような顔をして、優しく笑った。
「……」
私が欲しいのは1つ。
ここにいないあなたがいればいい。
そうだったはずだ。そうだったはずなのに、自身の揺らぎを感じる。
戸惑い。
私は迷っている。
× × ×
『撫で蛇様』では騙され、二人で一緒に撫でてしまい、「良縁」「夫婦円満」「家内安全」「職場安全」の運を得てしまった。
「こ、これ、カップルや、夫婦がやるものじゃない! だ、騙された!」
「べ、べ、別に騙したわけじゃないって! 私も知らなかったから!」
「これだと、それぞれの御利益も打消しよね? 良縁と夫婦円満のせいで金運取り消しだわ!」
「まあまあ、落ち着いて。職場安全も入っているから、これからの私たちの安全も保障されたと思って~」
「ううう、やられた」
「やられた」といいながら、悪い気はしなかった。
今の場所は居心地が良い。つぐみと一緒にいるのは、こうやって馬鹿みたいに話すのは楽しい。
『ツグ』を探しているが、今の暮らしにも満足しているのだ。いつか彼女が本当に現れ、この暮らしが消えてしまうと思うと「それは嫌だ」と否定してしまう。
この暮らしがずっと続くのも悪くないと思う。
× × ×
時の鐘のところでは揶揄われた。
「時の鐘を一緒に聞いたカップルは末永く幸せになるんだって」
と嘘をつかれ、ちょうど空腹で鳴った私のお腹の音を、
「莉乃の鐘から音が」
と茶化してきた。つい手が出た。私は悪くない。乙女の純情な心を揶揄ったつぐみが悪い。
ちょうどお昼の時間と、私のアラートが鳴ったので、ご飯ということになったのだが、
「う」
川越で食事。あの夢を思い出すのも仕方がない。
「う? もしかして鰻?」
「う、うん。うなぎはさすがに高いわよね……」
遠慮する私を気にせず、彼女は快く承諾する。
「いいよ、いいよ。せっかくだから行こうよ」
少しも躊躇わず決断。
可笑しい。やっぱり変だ。
× × ×
目の前にはうな重の特上。ご飯が見えないぐらいに、美味しそうな鰻が乗っかっている。値段は5000円以上。バイト暮らしの私には躊躇う額だったが、彼女が「私が払うから1番凄いの頼もうよ」と言ってくれたので、その言葉に甘えた。
鰻は美味しすぎて、自然と笑顔になっていた。
「莉乃ってご飯嬉しそうに食べるよね」
「いいじゃない。美味しいものを美味しいと思うのは良いことでしょ」
「悪くないよ。見てて楽しい」
「……見てないで、食べなさいよ」
私の食べている様子を嬉しそうに見てくる。
そんなに見ていて面白いものだろうか。
「美味しいね、莉乃」
感情を共有するのが嬉しい。
分かち合うのが嬉しい。
『ツグ』の時では知らなかった感情。
「ええ、美味しすぎるわ。大満足よ」
「良かった」
彼女の笑顔に、心が温かくなるのを感じる。
ごめんね、『ツグ』。
夢での約束だったけど、あなたと食べるはずだった鰻を、つぐみと先に食べてしまった。
そしてね、思うのよ、私は。
あなたはもういないんだって。
『ツグ』はいない。でも、『つぐみ』の中に少しだけど受け継がれている。
いないものに縋るなら、私は今の彼女を精一杯好きにならなきゃ駄目なんだって。
「次はどこ行こうか」
「まだ時間はあるわね」
「すっかり目的を忘れちゃうよ」
「忘れるなって言いたいけど、この美味しさを前には忘れちゃうかも」
忘れたくないのに、薄れていく。
美化され、現実感が無くなっていく。
今私の隣にいるのは彼女で、彼女ではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます