第11片 決戦の魔女④
さっきまでの戦いが嘘のように静かだ。
闇に包まれた静寂の中で、一人呟く。
「……すべては終わりだ」
ため息にも似た言葉。今回も失敗した。
私はまたナツを人として生き返らすことができなかった。
この世界は、また私を救ってくれなかった。やっぱり私が救うしかないのだ。
小さい時からツグとして、二人で生きてきたがその成果は実らなかった。今までで1番強力な魔女となったが、心は反発し、最後には敵対して、私を倒した。ツグの妹、『ケイ』の身体では、魔力では十分に私本来の力を発揮できずに終わった。……上手くいかない。今度こそ救える力を手にしたと思ったのに、私は手放さざるを得なくなった。
「一致しない」
私の理想と、夢と、願望に一致し続けない世界。なら、世界を変えるしかない。何度でも、何回でも。歯車が合うように、無理にでも捻じ曲げる。私の思うままになる理想の環境を手に入れるまでこの戦いは続く。
「一致することはない」
やがて闇に取り込まれ、この体も消えるだろう。そして放り出された魂が、体を取り戻す。次の体を借りるのにどれぐらいの時間がかかるかは、わからない。でも人は愚かだ。魔女界に深刻な被害を負わせた悪者だとわかっていても、私の強力な知を、素質を、天性の才能を求め続けるだろう。そう今は、少し眠るだけ。
復活の時を待ち、闇に溶け込む。
そう思ったのに、光が灯った。
小さな優しい灯り。
「何だこれは」
闇の中、幾多の怨念の中だというのに、温かな光だった。竹が置かれ、その中に蝋燭でもあるのだろうか、火がともり、ぼんやりと辺りを照らす。ここに似つかわしくない、優しく、希望に満ちた“竹灯り”。
……私への嫌味だろうか。
竹灯りはまるで道があるかのように2m間隔の両脇に置かれている。光が照らす道は、さっきまでなかったのに、奥が見えないほどに長く伸びている。この先に何があるのか。最後につぐみが仕掛けた罠かもしれないが、まぁいい。あとは消えるだけ。余興を楽しむ時間はいくらでもある。
ゆっくりと足を踏み出す。
「……」
どれぐらい歩いただろう。まだ終わりは見えない。
そして思い出すのは、あの日の光景。
「よく、歩いたな」
私は魔女だったが、ナツといる時はなるべく箒に乗らず、飛ばないで過ごした。彼女と同じ目線で、同じ匂いを感じ、同じ大地を踏みしめたかった。毎日歩いて、毎日他愛もない話をした。季節が変わる度に新しい発見をした。兵器だった私が初めて知った優しく、穏やかな時間。何も刺激はない、文字にしたらありきたりなことだらけだ。だけど1番幸せな時間だった。
「何、ラスボスが笑っているのよ」
生意気な声が聞こえ、初めて魔女の存在に気づく。
赤い髪の、不機嫌な顔をした魔女。
「正義の魔女」
「ええ、騙され続けた魔女よ」
本多莉乃。彼女の存在に気づかぬほど、私は思い出に浸っていたのか。
「これは何だ?」
闇にのまれ、皆終了のはずだった。
なのに、私は意識を保ち続け、謎の道を歩き続けている。そして敵対していた魔女も目の前に無傷で現れる始末だ。
「知らないわよ。私は何もしてないわ」
「なら、つぐみがやったことか」
「十中八九そうでしょうね」
こんな変な仕掛けをするのは、あいつしかいない。同じ体にいたのに一向に理解ができない。
「どうして、と敵に縋りつくのも変な話か」
「いいんじゃないの。もうどうこうするつもりはないわ。それにあんたをもう恨んではいない」
「そうか、甘いな」
「いいのよ、私は少しぐらい甘い方が。厳しすぎるとよく怒られるわ」
そうやって笑う彼女は、あの日一緒に過ごした女の子ではない。成長し、私の知らない女性になっていた。
「どうする?」
「歩くしかないわね。あの子のやったことなら何となく、わかる」
成長しない、止まったままの私にはわからなかった。
先に歩く魔女の後を私も付いていった。
「どこまで続くのかしら」
「さぁ、ずっと続くのかもしれない」
「それは嫌だわ」
「……こうやって二人で話すのは久しぶりだな」
「ええ、いつもあんたに戦いを挑んでいたわね」
「お前が勝つことはなかった」
「でも、最後は勝ったわ。つぐみと一緒に」
「ああ、私は負けた」
悔しさはそれほどない。私が見てきた女の子たちに負けたのだ。その成長、その雄姿が誇らしくもある。
誰よりも『私』は彼女たちの側にいた。
「……あの頃は楽しかった。中学生の頃は本当に楽しかったんだ。目的を忘れそうになるほどにね。それほど、ツグの中は居心地よくて、君との生活は楽しかった」
「そう。私も楽しかったのは、否定しないわ。毎日あなたに追いつくために必死だった。今思うと、最初に恋をしたのはあなたかもしれない」
「そうか、それは光栄だ」
「でもね、東京でつぐみと一緒に暮らす方がずっと楽しかった」
「ふむ、私は振られたのか?」
お道化て笑うも、莉乃は真剣な顔だ。
「そうよ、振ったのよ。私はつぐみを愛している」
「そうか、それは大変だな」
「大変じゃないわ。私はここから出て、またつぐみと共に生きるの」
一緒に生きる、か。
「羨ましいな」
素直に感情を吐露する。
「ハジマリの魔女からそんな言葉が聞けるなんて思っていなかったわ」
「本心さ。今さら隠す必要はない。この時代に私とナツが生まれていたら違ったのかもしれないと、羨ましく思う」
「ごめんなさい、それはあるわ。でもあくまで可能性の話よ。くつがえることはない」
「それを私はくつがえそうとしている」
「我儘なのね」
「だから、魔女なんだ」
正義の魔女が足を止める。
竹灯りの道が途絶えていた。
ここがゴールなのか?そう問おうとしたら、人がいた。
そこには見知った魔女、つぐみがいた。
「ごめんね、イオ」
違う、それはつぐみではなかった。
見た目、顔は違う。でも雰囲気でわかる。
「ナ、ナツなのか?」
「久しぶりだね、イオ」
ナツがいた。死んでからずっと会えなかった女の子と私は話をしていた。
話したいことはたくさんある。けど、感情が詰まり、口が開かない。先に話し始めたのは彼女だった。
「ごめんね、たくさん辛い思いをさせた」
それは謝罪だった。
「違う、私が悪いんだ。あなたを化け物にした。私がナツを苦しめたんだ」
ナツが謝ることなどない。私が悪い。責めるなら私だ。
「……そうだね、たくさんの嫌なことを見てきたよ」
「ごめん」
許されることなどない。
けど、彼女はそっと手を差し伸べる。
「でも、1番嫌なことはあなたがずっと苦しんでいたこと」
大罪人に対し、優しい言葉を投げかける。
「何度も私を救おうとした、非人道的なことをしても、世界をひっくり返そうとしても、私を人に戻そうとした。でもね、イオ」
「い、言うな、ナツ」
「私はもう死んでいるの。心が無理にとどまっているだけ」
そんなのは知っている。知っているが諦めきれなかった。体はもうない。でも心はあるんだ。私が、闇と結びつけてでも、無理に繋ぎ止めてしまった。
そんな私を許すかのように、彼女が優しく包む。
「もう頑張らなくていいんだよ。終わりにしよう、イオ」
けど、それは違う。
「……できるか」
体を突き飛ばすと、ナツのフリをしたつぐみはよろめいた。すかさず首をつかみ、締め上げる。
「ぐ、あ、ぐぐ」
「つぐみ! これが、お前の見せた幻か!? 私を愚弄してまで倒したいのか!?」
さらにしめあげるも、
「や、やめなさい、ハジマリの魔女!」
後ろからタックルしてきた莉乃により、手を離す。むせる魔女がこちらを向く。
「は、や、やめて、イオ。私はここにいる。幻じゃない、一時的に魂を体におろしてもらったの」
「は?」
フリではない?
× × ×
「本当だよ、ほら」
魂を抜く、という表現が正しいのかはわからない。
ナツさんの心、光を私の身体から取り出し、手のひらにそっとのせる。
呆然としたままのハジマリの魔女に私は告げる。
「イオ。ナツさんだよ」
イオへと渡す。狼狽えながらも、その魂を優しく手のひらで包み込んだ。
「わかるでしょ?」
「……」
「誰よりもわかるはずでしょ」
「あぁ、私が求めていたものだ。この魂を生き返らすために、私は何年も、何回も……」
闇に飲み込まれ、私は強い光を見つけた。それはたまたまだったが、運命なのかもしれない。私は出会った。そして、受け入れた。彼女に会うために。彼女の恋を叶えるために。
そして、また出会えたのだ。
「……つぐみ、私が辿り着けなかった境地にお前はいる」
「何にもできないよ。私は救えない。人を生き返らすこともできない。無力だ」
でも、
「人を笑顔にすることはできる」
理を変えることはできない。けど、精一杯に輝かせ、色づけることができる。
魔法を放ち、ナツさんの魂が一つの形になる。
きっとそれがナツさんの昔の姿。
「イオ」
綺麗な人だった。まっすぐな瞳をしていて、体は華奢だが、しっかりと意志を持った表情をした、強い女性。
「ナツ!」
きっとこれがイオの望んだ時間。
二人が抱き合っているのを見て、嬉しさがこみ上げる。
良かったね、イオ。子供っぽく泣く彼女を見て、彼女も一人の人間だったのだと思い出す。どんなに強い魔女でも、救いを求めていた。
……何分経っただろう。
ナツさんの隣に立つイオが私に謝る。
「……悪かったよ」
初めて聞いた本心からの謝り。
「いいよ。あなたがいたから私がいた」
「そうか……。この体は返す」
そう言って、ケイ、妹の身体から魂が抜け、光の形になる。
「いいんだね、イオ」
光に向かって喋りかけると、声が返ってきた。
「ああ、いいさ。終わりにするよ、つぐみ」
「わかった、さよなら『私』」
「ああ、ありがとう『私』」
手を振り、行き止まりだった道に光を灯す。ここは終点じゃない。まだ彼女達には時間が必要だ。その想いに応えれてくれたのか、光と光が、竹灯りの道を進んでいく。
「……よかったのよね、これで」
二人を見送り、莉乃がつぶやいた。
「救えたかはわからない。笑顔だって見えないしさ。あいつは話下手で本心は言わない。だから私が、『空間の魔術師』が演出してあげるの。まだまだ足りない。協力して、莉乃!」
「うん!」
心から感情が沸き上がるのを感じる。
私からのはなむけの言葉を贈る。
× × ×
竹灯りの道をナツと歩く。
「思い出すね、イオ」
「ああ、私はずっと覚えているよ、ナツ」
祭り。死者を弔う伝統の祭り。こうやって光で灯され、幻想的な光景だったのを今でも覚えている。
やがて魔力が尽きたのか、竹灯りが消えた。
この夢のような時間も終わりかと思ったら、
空が瞬き始めた。
「え」
「わあ」
星が降る。
何個も何個も星が降り、真っ暗だった空を輝かせる。
星降る空。さながらプラネタリウムだ。
「すごい、こんな景色初めてだわ」
「私だって……」
生きてきて、まともに星を見たのはあのナツとの帰り道ぐらいだ。
田舎だったが、それでもこんなに綺麗に見えることなどない。いや、これは違う。一夜の星ではない。
空がぐるぐると回転する。
きっとこれは100年分の空だ。
私と、ナツが歩んだ時間。一緒に過ごせたはずの時間を夜空の星が演出する。
あなたたちは確かに生きていた、と。
「イオ、私たちは生きていたんだね」
「うん」
「人は愚かかもしれない。この景色だってまがい物」
そうだ、つくられた空だ。
「でもね、とても素敵なの」
本物か、偽物かなんて重要ではない。大事なのはそれを見た時の私の心。どう受けとめるかだ。
そうか、これがあの子の追い求めていた世界。
「彼女たちはきっとうまくやるわ」
「そうだな、私の子孫、教え子だものな」
……悪くない。気持ちが、心が救われていく。
「私たちの教え子よ」
ナツからの反論も心地よい。
「魔法はできなかったけど、その分料理や、絵を私は教えていたわ。色々な子がいる。魔女だって、人だって様々な個性がある。魔力がなくたって、彼女達は様々な魔法を使っているの。そして彼女たちは救い続ける」
きっと私にはできない力で、人々を救い続ける。
「これからはずっと一緒よ」
「ああ、ナツ」
私はこの言葉を聞けただけで、もう十分だ。
星が降る。
ただ彼女といたかった。
そんなちっぽけで、大きすぎる願い。
二人の魔女によって、叶えられた短い時間。
命は終わる。とっくに終わっていたのだ。
でも、私たちは離れることはない。
その後の世界のことはわからない。死後があるのか、別の世界があるのかは知らない。
けど、何処に行ったって、どんな絶望が待ち受けていたって、ずっとこの手は離さないと星空に誓う。
そう思わせてくれたのは、『私』だ。
これが偽物の空でも、演出だとしても、きっとこれこそが彼女の芸術で、つぐみ自身で、
そんなもう一人の私に、私は救われたのだ。
「ありがとう」
もう一度、彼女にお礼を述べた。
星が一層強く瞬いたのは、きっと気のせいじゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます