第11片 決戦の魔女⑤

 激しい戦いも嘘のように、空はどうしようもなく晴れていて、照り付ける日差しは肌に痛い。じっとしているだけでも汗が溢れ、Tシャツが肌に張り付く。

 「昨日のことは夢だったのかもしれない」と思うが、イオとナツさんとのお別れはしっかりと覚えている。

 二人がいたことを忘れはしない。


「さよなら、ご先祖様」


 合わせていた手を離し、立ち上がる。『古湊』と書かれた墓。ここにイオの体が眠っている。心はどうかわからないが、これも一種のけじめだ。『私』だった人がいて、敵だった人がいた。彼女がいたから私はいる。立派な魔女がいたから、こうやって今も魔女は現代で生きる。

 感謝と悲しさ。イオとも出会いが違えば、友達になれたかもしれない。でも、それはあくまで可能性で、イオが友達だったら子孫である私は存在しない。

 これからは『私』だけで生きていく。だから、きちんと『さよなら』しなくてはらならない。

 いや、違うのかもしれない。もう私は一人じゃない。莉乃がいて、日芽香がいて、弥生がいて、そして……。

 立ち去ろうとしたら、そこには母親がいた。古湊家当主、古湊あおい。


「ごめんなさい、ツグ」


 そんな偉い人であるはずの彼女が、娘に謝る。彼女がしたことは許されない。魔女界のためとはいえ、娘を媒介として、道具として扱い、不要になったら捨てた。

 けど、彼女も騙されてはいた。

 

「……事情もあるよね。あなたも一人で頑張っていた。古湊家の人間は多いけどさ、皆がちゃんとした魔女でもない。責任感も、魔女界のリーダーとしての仕事もあるよね」

「ツグ……」

「あ、ごめんなさい。あなたがつけた名前はもう捨てた。私は『ツグ』じゃない。つぐみ。そういった意味では、もうあなたの娘とはいえないかもしれない」


 実の母親にひどいことを言っている。しかし、言うべき道理もある。けど、ショックを受ける母親の顔はやはり心に良くない。


「私も思い上がっていた。四国の魔女は臆病ものばかりだと馬鹿にしていた。違うんだね、魔女たちの現状を憂いていて、今後のことを考えていて、行動していた。結果は間違いだったかもしれないけどさ。必死にこの地を、そしてイオとナツさんを守ろうとしていた」

「……そうとは言えないわ。ハジマリの魔女の理念に共感はしたけど、それは騙されていて、そして騙された私たちは彼女を止めることはできなかった。つぐ、み……、あなたがいなければ世界は滅んでいた」


 滅ぶとは言いすぎだ。滅びはしない。取捨選択の世界。犠牲の上で成り立つ、平和な日常。そんな恐ろしい未来が来なくてほっとしている。


「私たちは間違っていた。魔女のためと言い、他の人を救わず、自分たちの利益ばかりを考えていた」

「そうだね、求めるあまり、本当の目的を失っていた。残念だけど魔女は表舞台に立つべきではないのかもしれない。行きすぎた力は、兵器となるし、争いの引金ともなる」


 魔法は便利だ。魔女は特別な才だ。

 けど、だからこそ使い方次第では悪になるし、一度人が便利な道具を手にしてしまったらその力を手放すことはできなくなる。魔女の存在はバレてはいけない。いや、魔女がいない方が世界はよっぽど幸せなのかもしれない。


「でも、私は笑顔にし続けたい。魔法じゃなくてもさ、魔法のようなことをしてあげたい。だってさ、誰かが喜ぶと嬉しいんだ。ただそれだけ」


 私の言葉に母親が少しだけ微笑む。その顔はイオにそっくりで、そして私にも似ているなと思った。


「私はここを出ていくよ。とりあえずは大学に行かせてもらっているからちゃんと卒業するよ。将来のことはよくわからないけど、きちんと考える。でも古湊家は引き継がない」

「……わかっているわ。私の代で、魔女界の支配を、いや魔女の御三家を廃止します。私たちはあくまでサポートとして魔女たちを支えます」

「そうだね、それでいいかも」


 古湊家の行き過ぎた権力が支配に繋がった。支配ではなく、支えに。そんな母斧言葉を私は信じる。

 話に夢中で気づかなかったが、母の後ろに人がいた。背後ろに隠れているのは、


「久しぶり、ケイ」

「久しぶり……お姉ちゃん」

「……なんだかむずがゆいね」


 私の妹だった。昨日までイオが入り、私と戦っていた体とは思えないほど、今は年相応で、おどおどしている。久しぶりすぎて私もイマイチ距離感がつかめない。


「ケイも辛かったよね」

「ううん、毎日楽しかった! イオは面白くて、凄いんだよ」


 そうやって嬉しそうに話す姿は昔の自分を思い出すようで、嬉しくも切なくなる。


「……そうだね、お姉ちゃんもよく知っているよ」


 イオがこの子の中にもいた。イオは消えたが、二人の中できっと生き続けていく。


「でもねケイ、あなたはこれから自由に生きていいの」

「……わからないよ、私にはやりたいことがない」


 そりゃそうだ。何でもできる人がいなくなり、普通なら困り果てる。


「それなら、そうだな……、ケイはお母さんを支えてあげて。こっちにいない私が言うのも何だけどさ、お母さんの仕事は大変で立派なお仕事なの。仕事の手伝いはまだできないけどさ、肩叩いたりでも、ご飯作ったりでも、お話聞いたりでもさ、何でもいいと思う。お母さんの力になってあげて」

「うん、私がお姉ちゃんの代わりに頑張る」


 眩しい笑顔に私は安心する。

 話も一段落し、表情を引き締める。


「母さん、ケイ」


 名残惜しい。今ならもっと話せることもあるだろう。けど、時間はある。毎年ここに帰ってくればいい。もう忌むべき土地ではない。そして私は、


「お世話になりました」


 この地を離れて生きていく。




 × × × 

 出口に彼女はいた。


「話は終わった?」

「うん」

「……そう」


 莉乃は詳しく聞かず、そのまま二人で海沿いの道を歩く。波と風の音の中、私はゆっくりと口を開く。


「……莉乃、ハジマリの魔女は幸せだったかな?」

「何よ、急に」

「イオは、最後にはナツさんにまた会えた。けど辛い人生だったとも思うんだ。自分なら耐えきる自信が無い」

「知らないわよ。一緒にいたあなたが1番知っているでしょ」

「でも見ていたのは莉乃も一緒だよ」


 「私は」と言い、その次の言葉は莉乃からなかなか出てこない。足を止め、その言葉を待っていると、真っ赤な顔をした彼女が発した。


「……私は、今、目の前にいるあなたが好きです」


 うん、あれ?


「いや、私は過去のイオに嫉妬しているわけでなく」

「な、嫉妬しての言葉じゃないの!?」

「……ごめん、確かにそう聞こえるよね」


 莉乃が見ていたのはイオだった、といった風に聞こえたのだろう。悪いことをした。けど、嬉しい言葉も聞け、口元は緩む。


「嬉しいな」

「今のは忘れなさい!」

「忘れないよ」


 もう記憶が消えることもない。


「イオもさ、好きな人がいた。恋をしていたんだ。悲しいこともたくさんあったけど、何度もやり直して、ずっと思い続けた。とっても素敵なことだと思う」


 それは、幸せなことだと私は思う。

 

「あんたも私が死んだら、生き返らせてくれるの?」

「……それはわからない。良くないことだと思う。でも、いざ悲しいことが起こったら同じことをしてしまう可能性だって否定できない」

「私も、あなたを生き返らすために必死だった。変わらないのよ」

「……そうかもね。ハジマリの魔女は私で、莉乃だった」


 私は私で、彼女も私で、私も彼女だった。

 ただ一致しなかっただけ。救えた、救えなかった。ただ愛する人を必死に愛しただけ。恋に生きて、恋に狂って、きっと恋に救われた。

 莉乃を見る。さっきの恥ずかしさからか、まだ顔は紅潮している。赤い髪の女の子、私を好きと言ってくれる女の子、自身の正義のために必死になれる女の子。

 

「莉乃、聞いて」

「う、うん」


 彼女のことが憧れで、彼女の支えになりたくて、


「これからのことはわからない。でも、毎日必死に莉乃を愛していく。例え、明日世界が壊れたとしても莉乃が笑顔で終われるように、私は莉乃を幸せにする」


 彼女と一緒に生きたい。


「……ありがと」


 私のかっこつけた言葉に照れたのか、目を逸らしながら、お礼を言う。

 ……足りない。もっと彼女を見ていたい。


「莉乃、こっち見て答えてよ」

「嫌よ、つぐみ。は、恥ずかしすぎて」


 そういう彼女の顔を、無理やり手でこっちを向けさせる。

 潤んだ瞳。髪色に負けない真っ赤な頬。わなわなと震える唇。


「なによ、う」


 勢いなく抗議する彼女の口に近づき、喋れないようにする。


 波の音が聞こえる。

 静かに穏やかに、時の流れがゆっくりになったかのように。


 沈黙の後、口を離す。


「帰ろうか、東京へ」

「な、何事もなく終わろうとするな! 私の純情を毎回もてあそびやがって!」

「だって、ずっとしたかったんだもん。莉乃だって寂しそうな顔をしていたからさ、うぐっ」


 今度は彼女から口を塞いできた。

 心が重なり合い、私たちはもう離れない。何が起きたって、きっと『一致』し続ける。

 


「おーい、莉乃さん、つぐみさん。はわっ!?」

「おいおい、昼間から情熱的すぎないかい?」


 慌てて口を離すが、時すでに遅し。近寄ってきた日芽香と、弥生にキスシーンを思いっきり目撃された。言い逃れができないほどにまざまざと見せつけてしまったのだ。


「み、みるなー」


 そういって莉乃は何故か、私に思いっきりビンタをした。先にしたのは私だが、その後キスしたのは莉乃だ。不本意だ。


「いてて、あはは」


 でも、この痛みも生きている痛み。大好きな人から受けた痛み。

 生きている喜びに、笑い声が止まらない。


「なに、笑っているのよ、つぐみ!」

「痴話喧嘩ってやつだぜ……」

「これ以上夏を暑くさせないでください……」


 二人に呆れられながらも、笑い声は止まらず、ちょっとだけ涙が出てきた。

 私はこうやって生き続ける。

 莉乃と、皆と一緒に生き続ける。


 さよなら、イオ。


 涙で霞んだ青空に向かって、私はそう呟いた。

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