第12片 魔女と魔女

第12片 魔女と魔女①

 永遠、でいたかった。

 でも、ずっと魔女ではいられない。


 魔女が1番強いのは、10代の思春期、多感な時期である。特に恋する女の子の好きの気持ちが1番強く魔力を生み出す。しかし大人になって魔力は安定していき、徐々に魔力は低下していく。期間限定の強さなのだ。

 やがて「一致」しなくなる。理想から、自身の全盛期からかけ離れていく。

 「セカンドキャリアが大事だ」、そう言う魔女もいる。プロのスポーツ選手と似たようなものだ。一流として活躍できなくなったら、そこで人生は終わりというわけではない。それから指導者になる人もいるし、全く違った分野の仕事で活躍する人間もいる。中には年をとっても現役魔女である人もいるが、それは稀なことで、ほとんどの人が『魔女』として生きることを辞めている。多くが魔女とは違う道を最初から選び、普通の人として生きていく。

 

 前からそんなことは知っていた。

 正義の魔女をずっと続けることはできないと、魔女を辞める時が私にも来るとわかっていた。

 しかし、私は起こりうる未来を直視せず、目の前のライバルを追いかけ、理想を掲げ、そして見失った。


 けど、でも私は知ってしまったのだ。

 あの夏の奇跡を。魔女の可能性というもの実感してしまった。

 だから、私は――。




 大学の地に久しぶりに足を踏み入れ、「懐かしい!」と声をあげそうになった。

 といっても私はこの芸術大学の学生ではない。忍び込んで、授業を受けていたのだ。大学生にならず、魔女として生きることを選んだ私だったので、大学の雰囲気はどこか現実感がなく、アニメ、ドラマや映画の舞台のような画面の向こうの世界だった。

 特に今日はよりそういった感情を覚える。


「人多いわね」

 

 なぜなら、今日は大学の文化祭。

 私たちはこの大学の学生であるつぐみからチケットを貰い、招待された。時は10月。あの夏の暑さも収まり、徐々に空気は冷え、葉はいつのまにか色を変えていた。

 キャンパスも普段とは違った色だ。

 芸術大学の文化祭ということもあり、やたら派手で、装飾も凝っている。高校の文化祭とはレベルが違う。


 ……ワクワクする。

 今までの私ならここまでワクワクしなかっただろう。文化祭に、芸術というものに。つぐみの影響か、芸術やアートに私も興味を持つようになった。うん、そりゃ毎週のように美術館や展示めぐりに付き合っていればそうなるわ。

 ツグを追いかけてきた時になかった自身の心境の変化に、クスリと笑ってしまう。


「ハハ」

「どうしたんですか、お姉さん? 急に笑って」


 クラスTシャツ、サークルTシャツとでも言えばいいのだろうか、派手なシャツの男子学生さんに声をかけられる。「構内で合流しましょう」と言われ、日芽香と弥生は先に行ってしまったので、現在の私は一人だ。


「案内しますよ、お嬢さん」

「いえ、大丈夫です!」


 一人だとやたらと声をかけられる。……どうしてもこの赤髪が目立つのだろう。チャラく見える? 地毛なんだけどな……。

 学生さんを軽くいなし、そそくさと物陰に隠れる。


「それなら……!」


 瞬時に姿を変える。春以来の久しぶりの変身だ。真っ黒なロングで、お嬢様のような品のあるキャラに私は姿を変える。うん、こっちの格好の方が大学は慣れている。これなら、問題ないはずだ!


「そこのお嬢さん! 良かったら焼きそば買ってください!」

「お姉さん、たい焼き美味しいよ! たい焼き!」

「ポップコーンだって、最高に弾けるポップコーンだよ」

「文学少女さん、ぜひ映研を見に来て!」

「似顔絵かきます、教室で似顔絵かいてます」

「インスピレーション湧きました。付き合ってください」

「ミスコンどうですか? 飛び入り参加OKです!」


 ……何で?

 より声をかけられるようになってしまった。いっそ男にでも変身すれば良かったと構内に入ってから気づいたのだった。



 勧誘を潜り抜け、何とか構内へ。久しぶりだが案内も見ずに進める。つぐみがいる教室はわかっている。

 教室へ入り、早速彼女の姿を発見し、声をかける。


「つぐみさん~」


 変装バージョンの甘い声を出す。

 が、


「げ、莉乃」


 い、嫌な顔をするな。


「莉乃ではありません。今の私は前島紀子です」

「そんな子知りません」

「一緒に授業受けていましたよね?」

「本当の学生ではないでしょ」

「一緒に水族館まわりましたよ?」

「あれは校外学習です」

「サンドイッチの味をお忘れで?」

「……美味しかったよ」


 一発で見破られた。それは当たり前だが、当然というわけではない。あの頃の記憶もきちんとあることを再確認し、ちょっと嬉しく、いやだいぶ嬉しく思ってしまう。味も覚えてくれていたか、ふふ。

 それにしても、つぐみはなんて格好をしているのか!


「メイド服のつぐみ……!」

「なんだよ、じろじろ見て」

「写真撮ってもいい? パシャリ」

「許可する前に撮っているじゃん! チェキ代は別料金だよ」

「チェキ? 徳島ではそんな言葉知りません」

「四国を敵に回すな」


 軽快に会話をかわしていると、つぐみの同級生が尋ねる。


「古湊さん仲いいね、友達?」

「あー、そう、友達? うん、友達」

「友達なら、ちょうどいい。忙しすぎるから手伝って!」

「は、はい!?」

「ほら、前島さんメイド服!」


 つぐみも調子に乗って、私にメイド服を渡してくる。「私、お客なんだけど!」と文句を言うも、あれよあれよと教室の裏でメイド服に着替えさせられた私。


「いじめか」


 黒と白のメイド服だが、丈は短く、ミニスカだ。心もとない。こんな姿じゃ、絶対に箒に乗って飛べやしない。前島モードに変身しているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「そんなにみるな、つぐみ!」

「……ごめん。めっちゃかわいい。写真撮っていい?」

「だ、だめ!」


 抵抗するも、周りの人もノリノリでバッチリと撮られたのだった。


 × × ×

 手伝いも終え、二人で学祭をまわる。


「莉乃、大活躍だったね」

「伊達に毎日料理していないわ」

「人気過ぎて、今日の分の材料を使いきることになるとは」

「お、おかげでこうやってまわれているんじゃない。稼ぎの上限だからいいでしょ」

「うん、ありがとう、莉乃。二人で回れる時間をつくってくれて嬉しいよ」


 ……つぐみは急にこういうこと言うんだから、油断できない。顔が赤くなっているのはバレていないかしら?

 彼女が立ち止まり、窓から外の屋台の様子を見ながら呟く。


「……なんだか普通の大学生みたいだね」

「普通の大学生はメイド服着て、構内をまわらない」

「そういうことじゃなくて」


 わかっている。

 日常が戻ってきた。学祭の雰囲気は特別だが、何も事件は起きない。穏やかで、でも心が躍る時間。

 私たちが取り戻した時間。

 私が望んだ日々。


「つい先日まで、死闘をしていた。あんたがいなかったなんて信じられない」


 記憶を失った彼女はもういない。すべてを思い出し、もう一人の自分と別れ、彼女は『ツグ』ではなく、『つぐみ』としてここにいる。


「私だって、信じられないよ」


 彼女が嬉しそうに言う。


「莉乃と付き合うことになるなんて」

「そ、そうね」


 キスしたり、命をかけて戦ったり、お互いに気持ちを伝えたりして、もう今さらって感じなのだが、私たちは1週間前に付き合うことになった。彼女から告白してきて、私は受け入れた。


「……嫌なの?」

「嫌なわけないじゃん」


 とっくにそういう仲だと思っていたが、改めて言葉にするのは嬉しく、定義が変わるのは心が躍る。


「それなら良かった」


 私とつぐみは付き合っている。

 魔女と魔女が、彼女と彼女になった。

 ささいな言葉の変化が幸せで、教室を出てから互いに手をずっと離さないのはきっとそういうことなんだと思う。

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