第12片 魔女と魔女②

 構内を一通り回ったところで、日芽香と弥生にバッタリと出会った。


「つぐみさん!」

「来てくれたんだね、日芽香ちゃん、弥生!」

「で、そちらは?」


 そういえば変身したままだった。「ちょっと待って」と言い、トイレの個室に行き、変身を解除する。

 元の姿に戻り、再び二人の前へ。


「私よ」

「あー、莉乃さん変身していたんですね」

「何でメイド服なんだ……?」


 弥生がツッコむ。どうしてメイド服にならなくてはいけなかったのか、それは私が聞きたい。


「それにしても随分楽しんでいるようね」


 弥生の右手には焼きそばに、左手にはたこ焼き。日芽香も綿飴に、クレープと盛り沢山だ。


「だいたいまわったぜ」

「ええ、弥生とたくさん食べました」

「満喫しているようでよかったよ」

「大学生になるのが楽しみになりました」


 日芽香はこのまま学生を続けていくらしい。それは当然の選択だ。魔女として生きていく、そんな無謀な道を選ぶ人は少ない。


「じゃあさ、私が飾ってある絵を見ていってよ」


 つぐみの誘いに嫌な考えは打ち消される。文化祭だ、もっと楽しまなくては。


 

 文化祭の一環で学内コンテストを行ったとのことだ。絵以外にも彫刻や、物など様々な芸術が並んでいる。


「すごいな……」


 考えが豊かだ。魔法以上に、工夫や趣向が凝らされている。独自の世界があって、主張があって、自己がある。皆、必死に生きている。生きていて、形に残している。同年代の人だが、遠く感じる。

 

「つぐみさんの絵はどれですか?」

「これだよ」


 日芽香の言葉に、つぐみが指さす。


 それは、女の子の絵だった。

 二人の女の子が、竹灯りの中を歩いている。

 手を繋ぎ、薄暗い中を進む二人。

 表情は見えず、背中だ。

 でも、その表情はきっと幸せだろう。 

 

 私は知っている。この夏に出会って、去った二人。忘れることはない。


「素敵な絵ね」


 褒めた私に向かって、嬉しそうに彼女は「ありがとう」と言った。


「つぐみは、これからもずっと絵を描いていくの?」

「うーん、どうだろうね……。自分を探す手がかりで芸大まで来たけど、そっちの才能はないみたいでさ」


 とっても良い絵だが、彼女は卑下する。賞をとったものには花が飾られているが、彼女の絵には何もない。認められていないのだ。

 でも、私は認める。彼女が凄いことを私は知っている。


「私だったら、この絵が金賞よ」


 切なく笑う彼女に、私はそれ以上何も言えなかった。


「私はさ、何で感情がなくなった日、そう『私』という人格が閉じ込められた日、何で絵を見て泣いたんだろうか、とよく考えるんだ」

「閉じ込めた魔法が完全じゃなかった?」

「ううん、違うと思う。魔法は完全にかかっていた。感情は塞がっていた。でも涙は流れた」


 理解の上ではありえないことだ。でも彼女は絵に出会って、救われた。心を動かされたんだ。


「心ってさ、心だけじゃないんだと思う」


 言っている意味はわかる。そもそも心は何か、心は何処にあるか、魂はと考え出すとキリがない。


「身体にしみついているし、器でもきっと心は全身にあって、それも感情なんだ」


 心はなくとも、感情はあり続ける。

 だから、彼女は、つぐみはここにいる。


「そうかもね、そうだと素敵ね」

「うん。私は心を無くしても、莉乃を愛し続ける。身体がきっと覚えている」


 話が脱線する。絵を見ながら、愛だの、身体だの口説かれるとはっ!


「そ、それは、そのそういうことをしたいってこと?」


 私の問いに、つぐみの顔まで真っ赤に染まる。


「ち、違う! 莉乃の破廉恥!」

「な、あんたが変なこと言うからよ」


 付き合ったのだから、「そういうことも……」と思ってしまう私も私だ。あー、もう調子が狂う。狂いっぱなしで、嬉しい。


「おいおい、お二人さん。展示会では静かにしようぜ」

「またイチャイチャしてますよ、お二人は……」


 二人に嗜められ、さすがに反省する。うー、浮かれているのかもしれない。だから、こんな言葉も簡単に出てしまう。


「つぐみ、いつまでも一緒よ」


 つぐみは確かに頷いて、


「うん」


 と承諾した。私はそのことを疑いもしなかった。


 ……でも、彼女はその約束を破ったのだ。



 × × × 

 薄暗い明かりの中で、小さく呟く。


「懐かしいな……」


 携帯に残った写真を見る。

 文化祭の時の莉乃のメイド服の写真。前島さんバージョンの変身を解いた後、普段の赤髪でも撮ったのだ。家庭的だからか、メイド服がやたらと似合う。一緒に写るのは、日芽香と弥生。一緒に戦った仲間。それに私が写る集合写真だ。皆、笑顔で楽しそうだ。

 今は遠く離れた人たちに、思いを馳せる。


 後ろで爆発が起こる。

 また戦いが始まったかと箒を持って、ゆっくりと立ち上がる。


「思い出に浸る暇もないか」


 私の愚痴が届くこともなく、火は威力を増す。


 私は今、日本におらず、「一緒に生きる」と決めた莉乃はここにいない。私一人で、戦いのど真ん中にただ静かにたたずむ。


 世界は優しくなくて、争いばかりの歪んだ毎日が続く。

 でも、そんな世界に彩りを与えると決めたから。


 今日も私は変換し続ける。

 不一致な世界を、美しく染めるために、心を動かすために歩いている。

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