第9片 ハジマリの魔女③
狭い私の部屋に魔女4人が揃っている。つぐみは今魔女とカウントしていいかは微妙だが、ともかく部屋の空気は重い。主に暗くしているのは私で、さっきからため息ばかりついてしまう。
私達3人はハジマリの魔女の提案に何も答えることはできず、「3日間」という猶予を与えられ、私の実家に戻った。
帰り道は皆、何も言葉を発さなかったが、私の後についてきた。家に帰り、つぐみの顔を見たら、安心と辛さと、どうしようもなさで泣きそうになった。
「なぁ、どうするよ?」
重い腰を上げたのは、弥生だった。
「……どうにもできない」
絶望、諦め。今までの苦労は何だったのかという悲しみ。
「すべてが無駄だったのよ」
私が追い求めていたツグは偽物だった。
……私は何を探していたのだろう。
「無意味な人生よね。騙され、踊らされ、そして今度は目的のために利用される。ハハ、馬鹿みたい」
本当、馬鹿。
「莉乃さん、しっかりとしてください。つぐみさんは生きているんです」
日芽香が語気を強め言うが、私の心は震えない。
「無理よ。そのためにはハジマリの魔女、古湊家に従わなければならないのよ。彼女たちの力が無ければ、つぐみは感情を取り戻せない」
「それは……」
日芽香は言い淀む。
それに、彼女らに従って、感情を取り戻したのは、はたしてつぐみなのだろうか。ツグの奥底に隠れ、空っぽの器になっても出現せず、偽りの感情を植え付けても干渉しなかった『ソレ』は何なのか。ツグの本当の姿なのか、つぐみであるのか、それともまた別の誰かなのか。
「なぁ、莉乃。アイツらのすることって悪いことなのか。確かにアイツらは胡散臭いけどさ、魔女のための世界をつくとうとしているんだぜ? 魔女が認められる世界は、魔女にとって生きやすく、悪くはないんじゃなねーの。従うのは癪だが、『正義の魔女』としては理想的な世界だろ?」
「悪いわよ。認められない。だって」
絵を描いているつぐみを見て、私は否定する。
「この女の子を道具扱いした。そんな奴らの力になりたくない」
器、物。目的のために手段を選ばない。平気でそんなことをする奴らに力を貸すことはできない。
「莉乃さん、残酷なことを言います。目的を思い出してください。私たちはつぐみさんを取り戻すためにここに来たんです。そのためなら、利用されるのも手です。つぐみさんの心を取り戻してから、止めればいい」
「そんなの無理よ」
「無理じゃないです、私たちも一緒に戦います!」
無理だ。
「日芽香も弥生も見たでしょ? あの部屋にいるだけで怖かった。敵わないとわかった。絶望的な差を感じた」
「でも、奴らの思い通りの世界になるのは嫌なんだろ? どっちかを選ぶしかないんじゃねーか。奴らに従い、つぐみを戻してもらう。そこまでは同じだ。その後の目的を許容するか、歯向かうか、どっちかを選ぶしかないんだぜ」
「選べない、わからないわよ! ……ごめん、お願い、今日は一人にさせて」
日芽香が「……はい」と小さく頷く。
「ごめんなさい、大声出して。部屋は空いているわ。案内する」
「わかったよ、頭を冷やせ」
何も解決しない話し合いは終了だ。
「つぐみさんは……」
「つぐみは一緒に寝るわ」
一人にして!と言ったが、彼女のことは一人にできない。
「わかりました。一人じゃないですよ、莉乃さん」
「ええ、そうね。一人になれないわね」
二人を隣の部屋に案内し、自分の部屋に戻り、静けさが戻る。
つぐみは私を見ていた。
「どうしたらいいの、つぐみ……」
「……」
何も言わず、ただじっとしている。
床に膝をつけ、つぐみを抱きしめるも、彼女は抱き返してくれやしなかった。
……何分そうしただろう。彼女はいつの間にか眠っていた。ベッドに彼女を寝かせ、私は床に布団を敷き、電気を消す。
「……眠れない」
眠れるわけない。
真っ暗になるも、眠気は来ず、おもむろに携帯を開く。
写真フォルダ。
そこには楽しそうな表情をした彼女がいた。
寂れた水族館の写真。
あの時の私は変装? 変身していたわけだが、彼女は嬉しそうに私の昼食を食べてくれた。普通の女子大生同士の友人とのひと時。魔法なんてなくても、よかったんだ。
思い出す。
こっちに来て、芸大に忍び込み、彼女を発見した時の嬉しさを。
『おはようございます。つぐみさん!』
『ええ、ああ、おはよう』
彼女は誰ともわからない生徒、変装した私にもきちんと挨拶を返してくれた。
久しぶりに会えた。すごく嬉しかった。
スワイプして出てきたのは、つぐみの家の写真だ。つぐみが私の特製料理を美味しそうに食べている。
毎朝、毎晩、つぐみとご飯を食べるのが当たり前になっていた。繰り返される、その時間が何よりも愛おしく、幸せだった。
次はデートの時の写真。川越に行ったときだ。
運試しし、風鈴を嫌というほど見て、鰻を堪能した。繋いだ手は温かく、今のその温もりは残っている。
「あぁ、そうだ……」
表情が崩れる。涙が出ているのに、嬉しくてたまらない。
間違いない。私の中にはたくさんのつぐみが残っている。
笑顔のつぐみ。
悲しそうな表情。
無茶をした時の怒った顔。
キスの感触は今も消えない。
「私は、つぐみが好き」
つぐみと過ごした時間が好き。
ツグと過ごした時間よりも短い時間。偽りだったかもしれないけど、私には本物だった。
つぐみのことが好きだ。
彼女の心はどこにある?
ここにある。私の心の中に残っている。
そして、それは一緒に過ごした彼女の中にも残っているはずだ。
わかっている
自信が無かった。空っぽでないと信じていながらも、疑っていた。
彼女はいる。
どんな彼女かはわからないが、私と一緒に過ごした、そんな記憶が残っている。
「だから」
だから、私は……。
× × ×
朝、起きてきた二人に頭を下げる。
「協力して」
私は、選ばない。
奴らに力を貸さない。奴らの世界も許さない。つぐみの感情を戻してもらわない。
無茶で、無謀で、まっすぐな私の願い。
「私の手で、つぐみの心を取り戻す」
大好きな彼女は、私が救う。
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