第9片 ハジマリの魔女②
「ツグは恋をしていた。それも強烈なほどにね」
恋。
それはごく当たり前だが、特別な感情。
ツグは恋をしていた。誰に? 動揺しっぱなしの心がさらに動揺する。
「あーネタ晴らしだけど、中学までのツグには2つの心が存在したんだ。私とツグ。あの子はほぼ私に実権を委ねてくれたね。だから動きやすかった。君が接していたのはほとんど私だね」
薄々理解していた事実を、真正面から突き付けられ、何も言えなくなってしまう。ツグはいた。でも私と接していたのは、思い出をつくっていたのはハジマリの魔女だった。
魂の共存。そんな恐ろしいことを仕組んだのは、
「古湊家は、魔女による、魔女のための世界を望んでいます」
この当主、ツグの母親だ。
「だから指導者にふさわしい魔女を育てようとしました。何世代も指導を重ねました。でもあの魔女を超えることはできなかったのです。ハジマリの魔女を」
伝説になるほどにハジマリの魔女は強かった。でもそれだけではない。
「かつてハジマリの魔女は四国の地に降り立ち、たくさんの魔女を育てました。自身の力の強さだけでなく、指導者、先導者として大変優秀だったのです。ハジマリの魔女がもたらした功績は計り知れません」
「よせやい、照れるだろ」
「だから私たちは思ったのです。ハジマリの魔女を復活させればいいと」
育てるのではなく、蘇らせる。
「ハジマリの魔女は、生きていました。大罪を犯し、ずっとその魂は閉じ込められていました。体は朽ち果てていましたが、確かに心は生きていました。あとはその魂を入れる身体があればいい。私たちの一族は、魂を入れる『器』を作成しました。私も元はそうだったのですが、失敗しました。元の感情がぶつかり、うまくいかなかったのです」
器、魂を入れるための体。
非人道的な行為を、平然とした顔で語る。
「なので、私たちは感情を極力封じ込め、元の感情と入れる魂がぶつかり合わないように調整を繰り返しました。でも、なかなかうまくいきませんでした。何回も何回も失敗しました。先に入っている魂がどうしても邪魔でした」
恐ろしいことをさも当然のことであるかのように語る。
「なら、初めから感情が表に出ないようにすればいい。感情が生まれる前に魔法をかけてしまえばいい。最初から2つの魂が共存できるようにすればいい」
そして、彼女は生まれてくる自身の娘に手を出した。
「さすが私の娘です。魔法が上手く作動し、完璧な器ができました。1つの身体に魂の共存が可能となったのです」
ツグが生まれる前、生まれてすぐかはわからないが、古湊家当主は小さい女の子に魔法を施した。ハジマリの魔女の器として、自我を殺させた。
「それが、『
魂を継ぐためにつくられた女の子。
「ああ、元々才能があったのだろう。私の魂もしっかりと生き続けることができた。ツグの感情も多少なりとも存在したが、私にほとんどの実権を与え、行動を委ねた。完璧だった。完璧だったはずなんだ」
ハジマリの魔女の顔が曇る。
「だけどツグは反対したんだ。私に実権を委ね、好きなようにやらせていたのに、私の目的には反対したよ。初めてだった。高校生になろうとしている時に、16年も一緒に生きたのに、急に相容れなくなってしまった。順調に育っていると思っていたのに裏切った。余計な感情が育ってしまったんだ」
「何といったと思う?」と魔女は問いかけるが、私は答えない。
「人と魔女が手を取り合う世界をつくりたいと言ったんだ。支配なんて間違っている。魔法で助けて、魔法で感動させる世界をつくるんだ。ツグはそう言ったんだ。自身の意志を持って、逆らった」
「残念です」
「あぁ、あおいの言う通り残念だ。私と生きていながら、何も私の考えは学べていなかった。人と魔女が手を取り合う? そんなの無理だ。奴らの意見を聞いて、うまくいくはずがない、あくまでこちらが先導するんだ。そう言ってもツグは理解してくれなかった。そして私はツグの器で、力を発揮することができなくなってしまった。だから別の器に移ったんだよ。それがこの身体、『
ツグと、ケイ。
器は予備も兼ねて、二つ用意されていた。
「いや、この母親も恐ろしいよ。娘の名前に
「そんなことありません。歯向かわない限り、大切な娘です」
でも歯向かったのだ。ツグの魂は、ハジマリの魔女の目的を許さなかった。
「器が移った後も、古湊家は元のツグが抵抗するのを恐れた。私の敵として立ちはだかるのを怖がった。だからツグにさらに強い魔法をかけ、感情を封じ込めた。見えないほどに真っ白に、透明なほどにクリアに。そして魔女に関係のない大地に捨てたよ。見捨てた。実の娘だというのにひどいねー」
「殺さなかっただけ、いいじゃありませんか」
「感情がほぼない器のまま生かすなんて、そっちの方が恐ろしいよ。それでも、ツグはまた自分として生きようとした。偽りの感情を植えてでも、自分であろうとした。すごい気力だよ。いやいや、本当冗談じゃなく、天才だね。でも自身の名前に継ぐ身、つぐみと名付けるなんて無意識にせよ、可哀そうな話だ」
魔法をかけられても彼女は必死に抗った。何も覚えていないはずなのに、必死に必死に生きた。
奥歯を強く噛みしめる。許せない。ツグ、つぐみのことを道具としてしか見ていないのだ。あくまで目的のため。彼女、妹の気持ちはどうだっていい。
「だいたいのところはこんな感じだね。ツグという器にいた私は、今ケイという器にいる。今のツグは強力な魔法がかかっていて、感情がない状態だ。とても私に対抗できる魔女ではない。無力だ。感想はどう?」
「……」
今すぐにでもその余裕そうな顔を殴ってやりたい。
だが、敵わないのは知っている。
「黙っていちゃわからないよ。詰め込みすぎたかな。ひどいことをしていると思うよ、それでも協力してほしい。まぁ時間をあげるよ。すぐには考えられないよね、3日。3日でどうだい? 3日後ここで話そう」
協力できるはずがない。
でも、次に出された条件に気持ちは揺らぐ。
「そうだな、君が協力してくれるなら、つぐみにかけた魔法を解いてもいい」
「つぐみを戻せるの……?」
「ああ、絶対ではないけど、つぐみの感情を戻すことだってきっとできるだろう。なんせかけた本人がここにいるんだ」
つぐみを戻せる。戻せる可能性がある。けど、それには彼女らに協力する必要がある。
「莉乃。魔女のための、人々のための世界をつくるんだ。いい返事を聞かせてくれると嬉しいな」
答えをすぐに出すことはできなかった。
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