第9片 ハジマリの魔女
第9片 ハジマリの魔女①
「一緒に生きたい」
彼女はそう言ったが、私の言葉は否定だった。
「一緒に生きない方がいい」
けど、彼女は折れなかった。
彼女は魔女でも何でもなく、普通の人だった。意志の強い女性で、考えるよりすぐ行動、つまり猪突猛進で、私は振り回されてばかりだったのだが、そんな毎日も悪くなかった。
「一緒に生きたら楽しい」
彼女は特別だった。
「そうだね」
彼女の言葉は魔法のようだった。私の心を温かくし、いや周りの人々を皆明るく照らしてくれる太陽のような存在だった。
その明るさを信じた。
彼女となら眩しい未来が待っていると思った。
違った。
私と一緒にいなければ彼女は……。
今もなお、後悔は続く。
× × ×
四国に着いたのは朝だったが、すでに空はオレンジ色に染まっていた。空から降下し、地面に足を着く。箒から降り、振り返ると二人の魔女もちょうど地面に戻ってきたところだった。
「ついてきてよかったの?」
「莉乃さんを一人で行かせるなんてできないです」
「私も同意見だぜ。あの名を聞いたからには、行かないわけにはいかない。で、ここが空間の魔術師の実家かよ」
東京に比べると高さはないが、やたら広い。
やってきたのは、古湊家。ハジマリの魔女に半ば脅迫され、3人で話にきた。つぐみはここにはいなく、実家の私の部屋でお留守番だ。長旅だったので、ゆっくりと寝ているだろう。
「大きすぎますね……」
魔女の家なのに洋風ではなく、見た目は武家屋敷だ。鳴門市の外れ、橋で繋がれた島一帯を古湊家は領地として所有している。私が中学の頃は木々が生い茂る、自然豊かな場所だったが、今は島全体が建物となっている。
「こんな風に変わっているなんて思わなかったわ」
「あぁ、それに魔力があふれ出ているな」
魔女は基本的に魔力を隠すものだが、ここの島は駄々洩れだ。隠そうともしていない。異様な島。
「一般人は気に圧され、まず近づかないですね、これは」
「その通りね、嫌な予感しかしないわ」
「怖気づくなよ」
「怖気づきたくもなるわよ」
なんせ伝説の魔女の名を聞いた後だ。できることならすべて聞かなかったことにして、夢だったと現実逃避したい。
知りたくない。けど、ここまで来たのだ。目的を思い出せ。別に戦いに来たわけではない。彼女を救うために、私はここにいる。
「あ、開いた」
呼び鈴を鳴らす前に重そうな門がギギギと音を立て開かれる。一人の魔女が門の向こうから姿を現した。
見たことある顔だった。
「げ」
「あ」
そこにいたのは数時間前に高松駅で会い、空中戦を行なった、黒いフードを被った魔女だった。それもリーダー格と思われ、日芽香が魔法で眠らせ、海に落とした女の子だ。
隣を見ると日芽香がガタガタと震えていた。
「ご、ごめんなさいでした!」
「……ついて来てください」
日芽香が大声で謝るも、女の子は文句の一つも言わず、屋敷の奥へと進んでいく。私たちもそれに倣って、歩いていく。
「怒ってますよね、絶対。怒ってますよね……」
「そりゃいきなり空から墜とそうとしたら怒るだろう」
「うぅ……」
「私もそこの災厄の魔女に道連れで落下しかけたのだけど」
「あぁ、懐かしい思い出だぜ」
「勝手に思い出にするな」
「……」
被害者の女の子はしっかりと聞こえているだろうが、私たちの会話はお構いなしだ。前を歩く彼女には悪いが、日芽香のお道化た感じに少しだけ緊張が和いだ。
「……こちらです」
扉の手前で女の子が足を止め、中を指し示す。
のぞき込むと、そこは広い畳の部屋で、そして2人の魔女がいた。
「ようこそ、古湊家へ。お久しぶりですね、本多莉乃さん」
「……お久しぶりです」
1人は、ツグの母親だ。古湊家当主、「古湊あおい」。年齢は40歳を超えているはずだが、見た目は20代後半といっても可笑しくないほどに若々しい。魔女は年齢不詳というが、この見た目と美しさは魔法のような奇跡だ。
そんな美魔女だが、現魔女界のトップともいえる権力者でもある。
「いやいや、さっきは突然押しかけて悪かったね」
「大人しくしてくださいと言いましたよね?」
そしてあおいさんに反省を促されているのが、妹の古湊ケイ。
「悪かったよ、ごめんごめん」
「そういっていつも通り反省はしていないんですよね」
「あれ、バレバレだったなかな? そうだね、反省している暇なんてないから。私は好き勝手やらせてもらうよ」
「古湊の意志と違わない限り、許します」
「もう固いな~」
娘と母親の会話とはとても思えない。
それも当然だ。妹と呼ばれる人の中には、ツグがいて、それがかつて存在した伝説の魔女、『ハジマリの魔女』だと言うのだ。
会話からどっちが娘で、どっちが当主なのかわからなくなる。
「ごめんごめん、早く本題に入れって話だよね。あー、まずは座ろうか。そこの座布団にどうぞ」
ケイと呼ばれる魔女に促され、私たちは腰を落ち着ける。2人以外の魔女の気配はなく、何か仕掛けられた様子もない。
「そんな怖い顔しないでよ、莉乃。何もしかけてないよ。君たちは大切なお客さんなんだから」
ツグと同じように私の名前を呼ぶが、その女は違う。いまだ信じることができない。
魔女は嬉しそうに話し始める。
「莉乃、いや君たち3人にお願いだ。私たちは君たちの敵ではない。ぜひ私たちに協力してもらいたいんだ」
「敵じゃない? ふざけないで。いったい何に協力するっていうのよ?」
「ふざけてなんかいないよ。私は、君たちの力を高く評価している。そうだよね、あおい」
「ええ、すべてが高スペックで、高い知能と知識を持つ秀才、『正義の魔女』本多莉乃。圧倒的な攻撃力と、悪意を持つ兵器、『災厄の魔女』藤元弥生。夢に潜り込み、人々の感情を変える狂人、『幻惑の魔女』北沢日芽香。四国の魔女の中であなたたちより強い魔女は5人もいないでしょう」
「わ、私って狂人なの……」と隣で日芽香がショックを受けているが、そういう場合ではない。やはり全部がバレている。東京での出来事はすべて古湊家に把握されている。
「君たちが手伝ってくれると、本当助かるんだ。頼りにしているんだよ。だからこっちに来るとわかった時は嬉しくて、飛び上がって喜んだね」
「協力するために来たんじゃない」
「知っているよ。つぐみのためだよね」
目的さえも知られている。そして、
「君たちの協力次第では、私はつぐみの力になってあげることができる」
甘い言葉を投げかける。つぐみがこうなった元凶だとわかっているのに、揺らいでしまう。
「ど、どうやって」
「おっと、その前に、私の目的を聞いてもらおうか」
ハジマリの魔女の目的。そして、古湊家の意志。
「魔女が人々を先導する。そんな素晴らしい国をつくる」
大きすぎる野望に、理解が追いつかない。
魔女が、導く?
「それって、魔女が人々を支配するとでもいうの?」
「言い方が悪いとそうなるね」
「そんなこと……」
できるわけない。そう言いたいのに断言できない。伝説の存在ならもしかして、と思ってしまう自分が憎い。
「ねえ、莉乃。君も正義の魔女ならわかっているはずだよ。人は愚かだよね。救っても救っても救いきれない。正義も及ばず、救えるにも限度があるんだ」
その通りだ。『正義の魔女』がどんなに人々を救おうとしても、それは私が気づけた人だけだ。日芽香だって同じだ。皆を笑顔にすることなど、時間がいくらあっても足らない。
そして、正義や救済が必ずしも正しいとは限らない。
「正義という悪意の元に気に食わない人を潰す。はみ出た物を消す。声の大きい者に従い、弱者をいじめる。不平等で、歪で、曲がった社会なんだ。偽りの正義、正義ぶった毒が跋扈している悪夢のような時代だよ」
否定できない。
否定したいのに、そうだと納得する自分がいる。
「だから私たち、魔女が正義を管理する。正しさを導くんだ」
一見聞こえの良い言葉、カッコいい台詞だ。
でも、
「押し付けも悪」
「でも君もそうだろ? 君の正義も押し付けだ。笑顔にするのだって偽善だ。芸術で人々を感動させるなんて言うのも自己満足だ」
「で、でも! 偽りでも、押し付けでも、自己満足でも人々が前を向くなら、正解なの」
自分でも何を言っているのか、わからない。矛盾している。自分のこれまで、仲間の否定にムキになる。けど、それはただの強がりで、意地で、相手の心には届かない。
「ずっと昔から考えていたんだ。何度も挑戦してきた。ある時は社会に止められ、ある時は魔女に止められ、ある時は古湊家にも阻止された。古湊家に止められた時はショックだったな」
「こっちを見ないでください。私はまだ生まれる前でした。あなたの過去の悪行がまた繰り返されると危惧していたのでしょう」
二人で世間話かのよう調子で、恐ろしい話を繰り広げる。過去? 生まれる前? いったい何の話をしているというのだ。
「そうだね。思わぬ力の暴走であたりいったいを消滅しかけたよね。ああ、君らも知っているだろう。名残で、香川は禍ノ河なんて呼ばれているんだ。あそこにはいまだ負の感情が残っちゃっているからね。いやいや、悪いことをした」
悪いことをしたといいながら、へらへら笑う様子に反省の色はない。
「古河と古日山にしてやられた。それに古湊家の中にも良くないと思っている人間もいた。でも今は違う」
古湊家が支配し、誰も逆らえない状況。
「支配も悪いことじゃないんだ。このままだと魔女は消える運命だった。それを古湊家、特にこのあおいが持ち直したんだ」
「それもあなたという希望があったからです」
「嬉しいこと言ってくれるね。そう、私の魔力も十分だ。過去3番目の出来だね。いやー、本当は最高傑作が良かったんだけどさ、残念ながら3番目だ」
目の前にするだけで「敵わない」と思うのに、それ以上が2つあったと魔女は言う。
「1番はツグの体にいたときだよ。私のオリジナルよりも強い力を持っていた。いやいや惜しいことをした。まぁケイの身体でも十分目的は果たせる」
私が1度も勝てることのなかった、ツグ。彼女が1番だった。俄かには信じがたいが、あの時は私の前では力を隠していたのかもしれない。それでも私は勝てなかった。
「なぁ、莉乃知っているかい? なんでツグの体が1番強かったのか。それはね単純だよ。魔力が溢れるほどにあった」
それはツグの感情が豊かだったということ。
「そして知っているよね? 魔女が1番、魔力を生むのはどの感情か」
知っている。でも口には出してほしくなかった。
「恋だよ」
ツグは、恋をしていた。
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