第12片 魔女と魔女③
砲撃音、射撃音を耳に聞きながら、戦いの真ん中を歩いていく。
「一致しない」
空から降ってくる火薬を花火に変え、飛んでくる銃弾を光の軌跡に変える。
あり得ない光景に兵士たちは震えあがり、やがて敵わないと悟ったのか、戦意を喪失する。感動でもしてくれればいいが、私が施す魔法は恐怖に変わるらしい。
「一致しないんだよな……」
『魔女の鉄槌』。『神の怒り』。『大地の反乱』。
各地で好き勝手に私を呼称する。一度だって反撃したことはないし、被害を最小限に抑え、むしろ救っている側なのにひどい言い草だ。
しかし人ならざる力は、尊敬ではなく、畏怖に変わり、私は忌むべき対象になっている。
余計なこと、かもしれない。でも目の前で起こっている現実を見逃せない。望まれなくても、これが私のなすべきことだ。
『ハジマリの魔女』として、『正義の魔女』として古湊つぐみがやり続けていくことだ。
大学3年になる前に、私は大学を辞め、世界各地を転々としている。
私は黙って出ていった。
もう彼女が追っかけてくることはなかった。一時の夢だった。あの戦いの後、莉乃の魔力は急速に落ちていった。私を救うために全力を尽くしすぎたのだ。相変わらず強い女の子だが、身体に無理をさせすぎた。私の心の中に入り、頑張りすぎた。
あとは信念が狂ったのもでかい。『正義の魔女』としての莉乃は、もういない。あの戦いの中で、私を取り戻すために考えを変えてしまったからだ。一人の女の子のためなら、正義を捻じ曲げてもいいと。その成れの果ても見てしまった。イオとナツさんの二人の姿を、永遠のためならどこまでも堕ちてしまえるとわかったのだ。もうそれは『正義の魔女』ではなかった。
だから、私が代わりに『正義の魔女』として生きることを決めた。
そして、もう一人の魔女、『私』だった人の願い。
兵器として生きたイオの生き方を否定するために、各地の戦争、紛争を止めに行っている。考え方は違ったかもしれないけど、一人の女の子ためだったかもしれないけど、イオは戦いを無くそうとした。自身の全てを奪った災厄を消そうとした。
イオはもういない。なら私が、同じ『私』が代わりを務めるしかない。
けど、戦争はビジネスであるし、どんなに話し合っても人は武器を持って争ってしまう。
血を流す人、泣き叫ぶ人、転がる死体。
覚悟を決めた人なら、まだいいのかもしれない。
けど、犠牲になるのは戦っていない一般人ばかりだ。小さな子供が絶望し、その絶望はまた悲劇を生んでいく。
今日も人が死ぬ毎日。
歩いていく場所は地獄だ。
気が狂ってしまう。死体も、悲劇も当然のものとなってきた。でも、それでも私は抗わないといけない。
そこに彩りを与えるために私はいる。魔女として私は救い続ける、と誓ったのだから。
イオが生まれ落ちた地は、欧州の有名都市から少し外れた場所にある田舎町だった。石畳の街。オレンジ色の屋根で統一され、絵になる場所だ。平和で、穏やかな場所だった。でも彼女はここから派遣して、兵器として人の命を奪い続けた。
ナツさんと出会ってからは、『ハジマリの魔女』と呼ばれ、尊敬されるほどに日本の地で魔女を育成し、今の魔女界の始まりとなった。でも、だからといって彼女の過去の行いは消えることはない。
「どこまで行くんだい、魔女よ」
歩いていると道端で佇む老婆に尋ねられた。
きっと彼女も魔女、もしくは魔女だったのだろう。
「……どこまで行くんでしょうか」
これは罪滅ぼしなのだろうか。イオがいたらできたことを、私が代わりにやろうとしている。イオを説得した責任、とでも呼べばいいか。私がすべてを変えた。救ったと思い続けたいがために、こうやって終わりのない旅を続けている。
「……私は間違っているんでしょうか」
私の問いに老婆は何も答えない。何処か遠くを見ていて、もう私を見ていない。これ以上会話はできないと悟った私は、さっき店で買ったパンを彼女に渡し、再び歩き出した。
「……」
歩きながら言葉が頭の中で反芻する。
――どこまで行くのかと。どこまでできるのかと。
争いを抑えようと奮闘しているが、止まることはない。なら、元凶を止めればいい、そう消してしまえばいいと恐ろしい考えに行きつく。でも、それは違う。それは新たな争いの火種になり、また地獄を生む。
なら、私が……と思う考えを否定する。
「はぁ……」
イオの方が正解だったのかもしれない。
魔女が先導する世界。管理して、正しさしか許さない世界。そこに自由はないかもしれないが、悲劇を生むことは今より少ないはずだ。もっとまともな世界になったかも。首を横に振り、必死にその考えを打ち消す。
答えのない旅、自己満足の贖罪。
一人で歩き続ける。一人で背負い続ける。
そう思っていた。そう、思っていたのに、
声が聞こえた。
「やっと見つけた」
赤い髪をした女の子。
どうして、という言葉は出ない。わかっている。意味は理由は知っている。
忘れることはない心の支え。輝かしい思い出、彼女と生きた時間は紛れもなく幸せだった。だから彼女のために、皆のために一人歩き続けている。
「つぐみ」
私の名を呼ぶ。
探してほしくなかった。来てくれるはずはなかった。彼女はもう魔女としての力は少ない。普通なら無理なのだ。
けど無理、じゃない。そう彼女はどこまでいっても、たとえ力を失おうとも彼女なのだ。
どこまで行こうとも見つけてくれる。
「会いたかった」
「……私もだよ、莉乃」
そこには、莉乃がいた。
日本から遠く離れた地で、私たちは数年ぶりの再会をした。
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