第3片 暗闇の魔女③

 机に並ぶは、オムライスに、人参のポタージュに、サーモンの塩マリネ。

 

「す、すごい」


 えへんと彼女が胸を張る。

 悪い魔女を捕まえられなかった腹いせか、豪華な料理が食卓を彩る。彼女は手抜きと言っていたが、私にとっては十分すぎるほどに手の込まれたものだ。お湯を入れたり、レンジで温めてもできないものばかり。

 じゅるり。

 よだれが口から出るのも仕方ない。本当に凄すぎだ。


「本多さんはいつでもお嫁にいけるね……」

「い、いかないわよ」

「じゃあお店を開こうー」

「老後、魔法が使えなくなったら考える」

「おばあちゃんになるまで皆がこの美味しさを知ることができないのか」

「馬鹿! もう早く食べるわよ」


 「いただきます」と挨拶をし、オムライスを一口運ぶ。

 ふんわりとした卵に、しっかりと味のついたご飯。柔らかさと濃厚さが絶妙なバランスで、舌に幸福をもたらす。


「……美味しい!」

「どうも」


 淡白な返答だが、表情は穏やかだ。

 私は夢中になって食べる。幸せすぎて、今なら魔力を生み出せる気がする。

 半分ぐらい食べ終わったところで、彼女が口を開く。


「食べながらでいいわ」

「うん、何?」

「これからのことを整理しましょう」

「これから?」

「私と、あんたの目的」


 これからの目的。

 悪い魔女の存在。当初の私と、彼女の目的。

 そしてその違い。


「私の目的は、あんたに勝つことよ」

「まだ言うの?」

「ええ、あんたを改心させる、筆を取り上げるわ。そして失った魔力を取り戻してもらい、全力のあんたを打ち負かすの」


 目的は前にも言われたので、わかっている。

 けど、私に勝って何になるっていうのだ。そもそも、


「どうやって私の魔力を取り戻すの?」

「……それは気合で」

「いやいや」

「あんたの体を隅々まで調べる」

「エッチ、変態!」

「そ、そういう意味じゃないわ! もう! というか、何であんたは魔力が空っぽなのよ?」

「質問を質問でかえさないー」

「うるさいわね」


 しかし、説明しようにも私もわかっていない。


「朝起きたら魔力がなかった」

「なによそれ」

「いや、実際そうなんだって。起きたら『空っぽ』だった」


 『空っぽ』なことさえ、よくわからなかった。

 彼女がうーんと唸る。


「何か思い当たる原因はあるの?」

「ないかな」


 あったとしても覚えていない。

 感情も、それにまつわる記憶も同時に失っている。

 私が『ツグ』だったことも、『ツグ』がどうだったかも記憶していない。


「私だって、魔力を取り戻せるなら、取り戻したい。魔力があれば、他人の感情をつかわず、芸術に魔法を注げるからね」

「もうだからその使い道が違うのよ、あんたは」


 否定をするが、私、つぐみはそれを望んでいる。

 芸術と魔法の融合。可能性は無限大だ。


「本多さんだって見たでしょ。魔法のプロジェクションマッピング。停電で怯えていた人が皆、笑顔になった。皆、幸せになった。皆、救われた」

「ぐぬぬ」


 悔しそうな声を出す。

 実際に見たのだ。認めたくなくても、私の芸術を頭では認めているのだろう。


「で、そんな私の目的は芸術と魔法を使って、人々を救うこと」

「今日みたいに人の感情を利用するのね」

「……まぁそうなるね」


 人々を救いたい。けどそれには人の感情を利用するしかない。悪用。そして人の感情が動くのは、どうしても事故や事件など悲劇であることが多い。

 私は、魔力のためにマイナス感情を求める。

 救うために、不幸を望む。

 ……果たして本当に私は救いたいのか。

 それは自己満足、そう言われても仕方がない。

 私は1人では何もできない、魔力を持たない魔女。

 魔法がなければ、芸術家としても半端な大学生。

 中途半端で、不完全で、偽物。


「何とかしなきゃとは思っているよ」


 それでも私は、私になるために着飾り続ける。

 魔力を、感情を、記憶を取り戻すまで、ずっと。

 

 いや、ずっとはない。終わりは見えている。


「あとはそうだな、本多さんと友達になること、かな」

「だからライバル。ライバルよ、私たちは!」

「私はもう友達だと思っているけど」

「だ、だからライバルだって!」


 目的は同じ方向を向いていない。けど、今は同じ目標も持っている。


「悪い魔女を止めること」

「そうね、私たちの目的の前にまずはそっちよ」

「見過ごせない?」

「ええ、正義の魔女として許せないから」


 ただのストレス発散かもしれない。けど、一歩間違えば大惨事だ。起きてからでは遅い。失ってからでは取り戻せない。魔女の義務として、私たちは、特に正義の魔女さんは見過ごせない。


「で、本題よ。魔女の情報を手に入れたの」


 そういって、携帯を前に突き出す。


「携帯で調べたの?」

「ええ、最近のネットは便利ね」

「お金は無いのに、携帯は止められていないんだね」

「……実家で払っているから」

「左様で」

「家族割りがお得なのよ」


 現代の魔女は、時代に迎合しているようで。


「中野でよく人が眠ったまま倒れている、らしいわ。ニュースにはなってないけど、SNSでちょっとした騒ぎになっているわ」

「酔っ払いじゃないの?」

「違うのよ。未成年も多いの」


 大学生なら未成年でもお酒を飲んでしまう人もいるだろう。けど、さすがに未成年の多くがこんなにも泥酔して、道で寝てしまうのは不自然だ。

 違和感。

 あり得そうで、ズレている。


「これも今回の魔女の可能性がある」

「確かに、ありえるね」 

「でしょ? どちらにせよ、調べてみる必要があるわ。普通じゃありえないもの」


 普通じゃないなら、それは魔法。

 たとえ魔法じゃなくても、見逃せない案件だ。何らかの事件の気配がする。


「でも私は明日も大学。さすがに明日さぼるのはな……」


 途中で授業を抜け出したとはいえ、まだ大学を辞めるつもりもないし、芸術家の道を諦めていない。

 

「いいわ。私、1人でいくから大丈夫」

「バイト探しは? 家は?」

「それは言わないで……」


 痛い所を突かれたのか、身を縮め、小さくなる。

 反応がいちいちカワイイ。

 正義の魔女ではなく、『正直』な魔女に変えてはどうだろうか。言ったら、怒られそうだ。


「お願いがある、お願いがあります」


 意を決したのか、顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見る。生意気な声は潜め、丁寧な口調で私にお願いする。


「と、当分、この家で暮らしてもいいですか」

「え、うん、いいけど」

「料理も、掃除もします……」


 私としても願ったり叶ったりだ。

 お店で出てくるレベルの料理が毎日食べられる。望んでも、手に入るものではない。


「まぁ遠慮せずにいてよ。同じ魔女なんだし、同級生なんだし、頼って」


 私の言葉に、彼女の顔が明るくする。


「ありがとう」

「うん、ずっといてもいいから」


 明るくなったと思ったら、目を丸くし、慌てる。


「そ、それはどういうことなの!?」

「あー、私の部屋は掃除しなくてもいいから」

「え、話を逸らすなって。お、汚部屋?」

「違う! うーんっと、乙女のプライバシーが満載ってやつ?」

「わからないんだけど!」


 目的は違えど、今は共同戦線。1人より2人の方がずっと楽しい。

 


× × ×

 料理を食べ終え、お風呂も交代で入り終え、2階へ向かう。

 お互いの部屋の前で立ち止まり、言葉を交わす。


「ご飯美味しかったよ、ありがとう、本多さん」

「うん、どうも。おやすみね」

「おやすみ」


 別々の部屋に入っていく。

 彼女の部屋の扉が閉まった音を確認し、私も部屋の扉を閉める。

 今日も1日が終わり、


 ガチャリ。


 私が終わる。

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