第10片 傍観の魔女②
両手には紙袋。私のデートの誘いから、近くのショッピングモールに行き、お店をまわっている。ついつい服をたくさん買ってしまった。
「けっこう買うわね、ツグ」
「アハハ……」
あとで『私』に何て言い訳をしよう。
だって、莉乃が「この服も似合う、かわいい」、「あ~こっちも素敵」、「あえてこれ、うん、かっこいいわ」と褒めに褒めてくるのだ。嬉しくて買ってしまうのも仕方がない。
「ちょっと休憩しようか」
そういって彼女が立ち止まったのはモールの中の喫茶店。私は頷き、お店の中へ入っていった。
「莉乃ってつくるのもそうだけど、食べるのも好きだよね」
「ええ、好きよ」
自分のことを言われたわけでないのに、その単語にドキッとしてしまう。
「食べることは幸せよ。良い魔女には良い食事が必要なの」
「そういうもんなのかなー」
彼女が美味しそうに食べているのは、果物がのったパフェ。こんなに大きなパフェ食べれられるの?と思ったが、すでにほとんど食べ終えている。見た目と食欲は比例しない。笑顔で食べている彼女を見ると、こっちもつられて笑顔になる。
「そういうもんよ。女子の体の9割は砂糖でできているの」
「甘すぎじゃないかな」
「その分魔力に変わるわ」
「糖分が魔力に変わったら便利だけど」
こうやってカフェに行き、二人で会話しながらお茶をしていると、話の内容はともかく、何だか普通の学生みたいで新鮮で、楽しい。
「それにしても莉乃っていい人過ぎるよね」
「へ?」
「ここに来るまでたくさんの莉乃の良い所を見たよ。ゴミが落ちていれば拾うし、風で倒れている看板を見れば直してあげるし、困っているおばあちゃんの荷物を一緒に運んであげたし、外国の方に道案内してあげたし」
おかげでショッピングモールに辿り着くのに倍以上の時間がかかった。さらに着いてからもそんな調子だ。困っている店員さんを手伝ったり、迷子の子供の親を一緒に探したりなど、気づけば彼女は人助けをしている。私が気づく前に彼女は動き、手を差し伸べている。
「そんなこと、ない」
「いい人すぎだよ、莉乃って」
褒められて恥ずかしいのか、彼女は顔を逸らし、答えた。
私だったら、「私が話しかけても困るだろう」、「私じゃ力にならないだろう」と尻込みしてしまう。この子は、正義の魔女は違う。負け続けても立ち向かう彼女は、違う。
でも、彼女は苦い顔をして答えるんだ。
「いい人じゃないわよ。怖いの。見たものから、逃げるのが嫌なの。目を背けて、無視することができない、臆病なの。偽善よ、ただの自己満足」
「そうすることができない人間はたくさんいる」
偽善だって、彼女なりの正義だって、自分を持っているのが凄いことなんだ。周りに流されて、周りに干渉しないで、平穏に生きている人間とは違う。それが魔女だから、というわけじゃない。きっと莉乃なら魔女でなくとも、人を救い続けるだろう。
「買い被りすぎよ」
1日だけで、彼女の良い所がたくさん見えてくる。
もっと好きになる。
嬉しい。私の好きな人が、こんな素敵な魔女で嬉しい。
……このままずっといたい。
と思うのは無理な願い。
私は私でいたいが、莉乃が慕っているのは、この私じゃない。天才で、皆の憧れの『ハジマリの魔女の再来』。つまらない私なんかじゃない。
「莉乃」
「うん?」
「行きたい場所がある」
「うん」
だから、もう少しだけと思う我儘を許してください。
やってきたのは美術館。
「わざわざ二人で来るところ?」
「一人でもいいけど、二人の方が楽しいじゃん」
「私、そんなに芸術に詳しくないわ」
「『私』だって、詳しくない」
あっちの『私』は絵が、芸術が好きではなかった。
魔法で人の心を変えることができる。芸術など不要だと考える人だった。
だから来てみたかったけど、一人で来る勇気もなかったわけで、莉乃のいる今しかないと思った。
「……」
二人で絵を見ながら、無言の時間が続く。
絵。
初めてきちんと眺める絵に、私は興奮していた。
いつも、もう1つの魂のコメントがついてきた。彼女の好みで事は進んでいた。今日は違う。私が見て、私が感じて、私自身に吸収する。
自分だけの気持ち。
「すごい……」
単なる一枚の止まった時間を見るだけで、気持ちが揺らぐ。良し悪しはわからないし、作者の深い意図なんて私は理解できない。
でも、そこには一つの世界があって、想いがあって、見る者の心に訴えかけてくる。
「魔法なんて無くても、素敵な世界をつくれる……」
口にしていた。莉乃は「そうかもね」と小さく肯定した。
不思議な力に頼らず、自分の想いを形にする。その想いは良いものかもしれないし、悪いものかもしれない。その感情は一枚の形となって、人々の心を揺さぶる。
「そんなに夢中になって絵を見るなんて意外だわ……」
「そうだね、らしくないかもね」
「まぁいいんじゃない。私も見ていると何だか落ち着くわ」
そういう彼女は安らかな表情をし、微笑んだ。
私はつい聞きたくなった。
「莉乃は……夢ってあるの?」
間髪入れずに彼女は答えた。
「人々のために尽くす」
「……尽くしてどうなるの?」
「どうにもならないわよ。ただ私の偽善。人の笑顔を見ると嬉しくなるじゃない」
「莉乃は立派だな~」
『正義』の魔女。正しく、人々のために尽くそうとする魔女。そんな彼女だから、ツグと隣に立つのが相応しくて、彼女なら素晴らしき魔女になってくれるだろうと心の底から思った。
「あんたは夢ってないの?」
「夢、か……」
「天才の魔女として、どうしたいの?」
『私』の成し遂げたいことは知っている。
魔女が導く世界。
魔女の元で、人々がより良く暮らす日常。悪く言えば、魔女が支配する世界。
でも、それは『私』の夢ではない。
「私は」
初めて口にした。
「私も皆の笑顔が見たい……かな。私でも、誰かを幸せにしてあげたい。救ってあげたい」
「何言っているのよ……。あなたは何でもできるじゃない」
違うんだ。何でもできるのは彼女で、私ではない。
そう否定しても、信じられない話だろうが。
そんな私の夢を茶化さず、彼女は言う。
「けど嬉しいわ。ツグが皆のためになりたいと思ってくれて嬉しい。私と同じよ、同じ夢なの。これからの世界は明るいわ。いや、一緒に明るく照らしていきましょう」
そう、笑顔で、嬉しそうに口にする。
いいなと思った。
同じ夢。
私も彼女のためになりたい。私もそうなりたい。
「……急にごめんね。恥ずかしい話しちゃって」
「ううん、いいわ。ツグのこと知れてよかった」
絵も見終え、夢のような時間は終わりを告げようとしていたところ、彼女が提案する。
「せっかくだから、お土産買う?」
「う、うん」
出口にあった美術館のお土産コーナーを見て、一緒に入っていく。
彼女がペンダントを見ている。綺麗なアクセサリーだが、値段はそれほど高くない。これも記念。
「よかったらさ、私がプレゼントするよ」
「え?」
「今日付き合ってくれたお礼」
私が、いたんだという証。
また見つめるだけの私、『つぐみ』がいるという痕跡。
「な、な、なら私も色違いのを」
そういって、私たちはお互いプレゼントを渡し合った。
ペンダント。写真の入れられる、二人だけの絆。
『私』の知らない出来事。私しか知らない大事な思い出。
素晴らしき日だった。
『魔力が跳ね上がっているね。何かあったのかい?』
「いいことあった」
体に戻ってきた『私』も、すぐに気づいた。
けど、隠された思いにはたどり着けない。
彼女も深くは詮索してこなかった。魔力が増えたことでよしとしたのだろう。
けど、私はその日から、変わった。
私に夢ができた。
人のためになりたいと。
人々に優しくしてあげたい。笑顔にしたいと。
――莉乃の隣に立つために。彼女の夢を私なりに叶えるために。
だから、『私』とは意見が合わなくなった。
私が導くんだ。違う、そんな世界は優しくない。
高校生になる前の春、私の考えを知った『私』はひどく困惑した。
『どうしてそんな甘い考えに辿り着くのか』、『なぜ私の考えに賛同しないのか』と強く問い詰めた。
でも、私は折れなかった。
『私』と『私』が相容れなくなる。
魂の反発。ハジマリの魔女は私の魔力を引き出すことができなくなり、使えなくなった『器』から、妹の身体へ移った。
私の身体は1つの魂になった。
けど、『ハジマリの魔女』にとって、私は考えの違う敵だった。目的を知り、彼女のことをもっとも熟知し、弱さも知っている天敵だった。
彼女は恐れた。
だから、私の魂を閉じ込めた。
魔女として力を発揮できないように古湊家に伝わる魔法を強固にかけ、心の奥底に沈みこませ、真っ白な防壁を築き上げた。
生きてはいる。でも心が動かなく、感情が外に出ない。魔力もなく、私は外の世界をまともに見ることすらできなくなった。
魔法をかけられてからの記憶はあやふやだ。
どれぐらいの時間が経ち、どれぐらい歳をとったのか、生きているのかすらわからない。
私は閉じ込められた心の中で、過去の映像をひたすら流されているだけ。心動かず、見ているだけ。
でも、でもだ。ごくたまに光は見えた。
絵を見た。涙をした。
魔法を使っていた。絵を描いていた。
好きな人の笑顔が見えた。
彼女と一緒にいた。
私の名前を呼んだ。
『つぐみ』と。
愛しい声が、私を呼ぶ。
見えなかったけど、私はいた。
……声がした。
「つぐみ」
呼ばれ、振り返るとその人はいた。
懐かしい気がした。
少し大きくなった、女の子。
見たのは中学以来だ。普通なら高校生のはずだが、もっと上の年齢に見える。
でも、ずっと見ていた気もした。
「綺麗になったね、莉乃」
私の心の中で出会った彼女は、
驚いた顔をしていた。
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