第10片 傍観の魔女③

 ここは私の心の中だ。

 それなのに莉乃がいた。魔法で築き上げられた壁を破ってきたのだろう。やっぱり莉乃は凄いや。


「つぐみ、本当につぐみなのね」


 莉乃が涙ぐんだ顔で、話しかける。

 懐かしさと、驚きがごちゃ混ぜになる。大人になった莉乃には何となく敬語で答えてしまう。


「ええ、高校生になったばかりの私です、とでもいえばいいんですかね? それにしても、つぐみ?って私のそっちの名前を知っているんですか」

「え、そうよね。ツグなのよね」


 ツグに、私が思っている『つぐみ』に、知らないはずの彼女が呼ぶ『つぐみ』。

 うーん、何だかややこしいですね。

 

「私の心の中に来たということは、莉乃はすべてわかっているんですよね」

「そうよ。あなたの中にハジマリの魔女と、あなたが存在したことを。今、ハジマリの魔女はあなたの妹の中にいるわ。そして魔女が主導する世界を作ろうとしている。あなたは心の中に閉じ込められていたの」

「話が早い。ツグの中に、意識があるころから『ハジマリの魔女』と『私』は共存していました。けど、ほとんどは彼女が支配していました。私は傍観しているだけ。だから、自分のことを見ているだけのツグ、『つぐみ』と勝手に名付けていました」

「え、そう。そうなのね」


 莉乃が嬉しそうに話す。


「心が閉じこもった後でも、あなたは生き続けていたの。持ち物を媒介に、感情を作り出し、自分に埋め込んでいたわ。とんでもない魔女だったわ。あなたはね、感情を植え込んだ自分のことを『つぐみ』と呼んでいたわ」


 元の『ツグ』と、器としての『ツグ2』、そして感情を植え込んだ『ツグ3』、すなわち『つぐみ』。なるほど、私は心が閉ざされても、無意識であっても自分であろうとしたわけだ。『つぐみ』であろうとした。

 

「……微かに覚えています。鮮明には見ていない。でも覚えている」

「わかっているわ。私はずっと信じていた。あなたが生き続けていると、信じていた」


 ……嬉しいが、きっとそれは私ではない。


「あなたが慕ったのはメインの『ツグ』、つまり『ハジマリの魔女』だと思うんです。私なんか……」


 私なんか救われるに値しない。

 そう言おうとする前に彼女が包み込んだ。


「そんなことないわ。大学生になったあなたと過ごした時間は本当に楽しかったの。あれは、『ハジマリの魔女』の関係ない、本当のあなたよ」


 本当の私。

 抱きしめられた体が温かい。


「戻ればわかる」

「……怖いです。私は壁に閉じ込められていましたが、でもどこか安心していました。怖いことはない。戦うことはない。守られていたんです」

「違うわ。なら、なんであなたはこの映像を見て悲しい顔をしていたの?」


 空で飛ぶ、『ツグ』と『莉乃』。それを下から見上げているだけの私。

 隣に立てない私。

 何処にも行けない私。

 何処にも行けないと諦めた私。


 そうだ、私は自分で壁を作り、諦めていた。それは魔法がかけられる前から、自分の可能性を捨てていた。

 私であっていい。


「私は、飛べるんでしょうか」

「飛べないかもしれない。でも誰よりも強い。折れない強さを持っている。そんなあなただから私は好きになったの」


 好きの言葉が、私を肯定する。

 その言葉に心は明るくなり、莉乃のことを信じる気持ちが強くなる。


「全部思い出してもらうよ」

「……わかりました。私は私を受け入れます」


 ここから出る。私になる。

 そのために、彼女の力を受け入れる。


「お願いします、莉乃」

「任せて、つぐみ」


 彼女が右手を横に大きく広げると過去の映像は消え、真っ白な空間になった。


「再現する」


 そして左手を広げると出てくるのは、情報。

 私の知らない写真や、文字、絵。

  

 いや、知っている。覚えてはいないけど、心が知っていると叫ぶ。

 私、大きくなった大学生の私。

 絵も凄く上手で、温かい気持ちが伝わる。

 私は、いた。


「展開する」


 彼女の声と共に、上空に魔法陣が出来上がる。


 知っている。

 何度も、これで私になった。

 見ていないはずなのに、知っている。体は覚えている。


「実行する」


 儀式の祭壇が出来上がり、彼女が供物としてペンダントを突き出す。

 彼女がこれからやることを理解する。

 毎日私がやっていたこと。

 ツグの物を媒介に、『つぐみ』を埋め込む。


「……懐かしいね、そのペンダント。持っていてくれたんだ」

「うん、捨てるわけないじゃない」


 嬉しい。莉乃は私を覚えている。


「それはね、私のプレゼントだよ。ハジマリの魔女なんか関係ない、私から純粋なプレゼント」

「ごめんね、それを使っちゃって」

「ううん、大事なのは物じゃない。気持ちだよ。わかる、莉乃の気持ちがたくさん詰まっているのがわかる」

 

 物を媒介に感情を作り出し、私に植え付ける。

 でも、今回は少し違う。

 素直に植え付けて、時間制限の私をつくりあげるのではない。

 私の心の記憶と、体の記憶を作り出した感情で繋げる。この私と、彼女と一緒にいた『つぐみ』を関連づける。


「いくわよ」


 怖さもある。自分が自分でなくなる可能性だってある。自己の崩壊。覚えている気はするが、でも一種の別の人間ともいえる。混ざり合ってどうなるのか、わからない。

 けど、私だ。それも私なんだ。

 どちらも莉乃を好きになった人。

 きっと大丈夫。


「うん、お願い!」


 私の承諾と共に、彼女の魔法が炸裂する。

 光が私にぶつかり、情報がどんどんインストールされていく。


 思い出。

 大学で学ぶ私。

 思い出。

 同級生に問い詰められている私。

 思い出。

 悲しそうな顔でブランコに座っている莉乃。

 思い出。

 朝起きると、彼女が朝ご飯をつくっている。

 思い出。


 埋め込められた情報と、覚えている何かが紐づかれる。


 思い出。

 アーケード街の天井にプロジェクションマッピングまがいのことをやって人を喜ばせた。

 思い出。

 潰れそうな水族館で絵の魚を泳がせ、お姉さんを励ました。

 思い出。

 夢に干渉する魔女との戦い。

 思い出。

 この世に絶望した、災厄の魔女との戦い。


 あぁ、覚えている。

 私は覚えている。


 思い出。

 彼女の笑顔。

 想い。

 彼女との口づけ。

 好き。

 彼女が握った手。

 離さない。

 彼女の温もり。


 ……何だ、変わらない。

 私だ。

 どれも私。

 紛れもなく私。

 

 繋がる。

 光が大きく広がり、世界が真っ白に包まれる。


「一致した」


 そう小さく言葉をこぼすと、夢の世界は消滅した。







 ……どれだけ長い夢を見ていたのだろう。

 

 光が眩しく、目が痛い。

 久しぶりに瞼を開けた気がするし、そうでない気もする。

 でも体の動かし方はわかっていた。

 全部覚えていて、私は私だった。

 そして1番、最初に見たい顔がそこにはあった。


「ただいま、莉乃」


 莉乃が飛び込んできて、これは現実であると知る。

 感触。温かさ。

 私は、私になれた。


「おかえり、つぐみ」


 莉乃と私、『つぐみ』は再会した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る