第2片 忘れられた魔女③

 泣き顔の彼女に尋ねる。


「こんなところで何をしているの?」

「あんたには関係ない」


 関係ない、なんてことはない。彼女の承諾も得ずに、隣のブランコに座る。彼女はちらりと私を見たが、逃げはしなかった。


「ごめんね」

「……」

 

 隣から返事はない。


「謝罪の後にいうのもなんだけどさ、私を探すために東京まで来てくれてありがとう。私を探しに来てくれたのは本多さんだけだった」


 私を見つけたのは彼女だけだった。

 その行動力は、その想いは嬉しい。

 だから、

 

「あのさ、これから思い出していくからさ」


 嘘だ。

 思い出すものがないのだから、思い出すことなどできない。

 でも泣いている彼女が少しでも元気になるように、私は偽りの言葉を並べる。


「これから友達になろう」


 嘘を作るのは、着飾るのは得意だ。そうやって『つぐみ』として騙し続けてきた。

 彼女がやっと口を開く。


「でも、あんたは四国に帰んないんでしょ?」

「う、そうだけどさ。簡単には帰れない。私は私でやらなきゃいけないことがこっちであるんだ」

「それが芸術を学ぶことなの?」

「そうだよ」


 彼女がブランコから立ち上がり、私を睨む。


「魔法を遊びに使うのは恥ずかしいと思わないの?」

「遊び?」

「そう、芸術なんて遊びじゃない」


 本多さんの発言に普段は冷静な私もムッとする。


「歴史において芸術がもたらした功績は認めるわ。否定はしない。でも絶対に必要なものではない。無くても生きていけるもの。ましてや魔法を使ってやる意味が無い」


 確かにその通りだ。彼女の言葉は何も間違っていない。生きる上で、芸術は必要はない。魔法でやる必要だって、ない。


「確かに遊びかもしれない」

「ほら」


 でも間違っている。

 生きる意味において、芸術は必要だ。


「芸術は人の心を動かすし、人を救うんだ。そう、魔法のようにね」

「嘘ね、そんなことないわ」

「そんなことある。だって芸術が私を救ってくれたから」

「……魔力を失ったあんたを?」

「そうだよ」


 私が私を証明してくれる。


「……」


 それ以上詳しくは聞いてこなかった。出てくるのは変わらず否定の言葉。


「……私は認めない。正義の魔女として、あんたを認めるわけにはいかない。芸術では人を救えない」


 簡単に説得などできない。言葉でわからせるには限界がある。


「それでも私は生き方を変えないから」

「そう」

「そうだよ」


 他の生き方は、今の私には思いつかない。


「なら、私もこっちにいる。私があんたを改心させてやるの。そしてあんたの魔力も取り戻してもらうわ。あんたに勝つまでは帰らないんだから!」

「えぇ……」

「何で嫌がるのよ!」

「私の夢を邪魔する敵になるってことじゃん」

「ええ、私はあなたのライバルなのだから」


 彼女が腕組みをしながら、私に宣言する。あれ、どこで火をつけちゃったのかな……。どうもうまくいかない。

 でも、元気になったのは良いことだ。

 面倒だが、本多さんのことはこれから解決していく。まだ続きがある。問題はひとまず解決したのだ、きっと。


「はいはい、あんまり私を邪魔しないでね」


 手に持ったビニール袋を掲げ、ブランコから立ち上がる。


「じゃあ、そろそろ帰るね。お腹空いちゃってさ~。そっちも気を付けてね。家はここらへん? 借りているの?」

「……」


 露骨に目を逸らす。あれ?


「ど、どうした?」

 

 観念したのか私を見て、言葉を発する。さっきまでの威勢はどこへやら。弱々しい姿にちょっとだけキュンとした。


「お金が」

「お金が?」

「尽きたの」

「おう……」


 深夜の公園で1人佇んでいた理由を理解する。


「だってあんたをすぐに見つけて、四国に呼び戻すつもりだった。こんなにホテル暮らしが長くなるって思っていなかったの!」

「えっ、ホテル暮らし? その、なんかごめん」

「……初めての東京で浮かれたのも否定できない」


 さすが正義の魔女。素直だった。

 四国とは違い、誘惑も多かっただろう。


「で、これからどうするの? 私を改心させるんだよね」

「……する」

「家とか、食費とかどうするの?」

「なんとか、する……」

「盗んだりしないよね? 自称、正義の魔女さんが」

「う、うう」

「ああー、ごめん泣かないで!」


 意外と打たれ弱い。大学生の年齢とはいえ、か弱い女の子なのだ。1人上京してきて、お金がなく、帰ることができない。不安になるのも仕方ない。

 あてになる人は私だけなのだ。

 他にいないのだ。


「……」

「ぐすっ……」


 空を見上げ、ため息をつく。

 あぁ……、魔女として悩める人は救いたいという性、いやたとえ魔女じゃなくても私は手を差し伸べていただろう。

 こんなに弱って、可哀そうな女の子を放っておけない。見捨てられない。


「じゃあさ、とりあえずさ」

「な、なによ」


 だからこの提案も仕方ないんだ。


「今日はうちに泊っていく?」

「…………へ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る