第2片 忘れられた魔女②
「今日はひどい目にあった」
前島さんだった女の子、本多莉乃さんに私が魔女がということがバレた。さらにその本多さんも魔女であり、私の中学の時のライバルだったらしく、勝負を挑まれた。挑まれたが、不戦敗。魔力を持たない私と飛行勝負なんて、無茶で無謀な話だった。
「嘘? 嘘でしょ?」と彼女はひどく動揺し、落ち込んだ。私を探すために来たのに、その私が覚えていなく、勝負にならない。彼女はすっかり元気を無くし、私の前から無言で去ってしまった。
その後、私は何事もなかったかのように普通に授業を受け、家に帰ってきたわけである。
「いや、酷い目にあわせちゃったのか。四国から一人で、わざわざ私を連れ戻すために来たんだよね……」
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
けど重い、と思う自分もいる。ただの友達だったら、わざわざ探しに来ないだろう。現に今まで誰も私のことを探しに、四国から出てこなかった。学校の関係者も必死に探したらしいが、それはあくまで四国内での話。事情を知る親だけが知らぬ顔で黙認しているが、こっちに来てからほとんど連絡はない。魔女の力を失った凡人となった私に興味はもうないのだろう。
ともかく、大きな行動に移すほど心配した人はいなかったのだ。ただ1人彼女を除いて。本多さんだけが私を探しに来た。私が去ってから時間は3年以上経ってはいるが、私のことを真剣に探し、見つけたのは彼女だけなのだ。
それほど『つぐ』は彼女にとって大切な友達だったのだろうか? それとも彼女のいうライバルだったのだろうか。
そんな彼女の想いに何も感じない私ではない。
「うーん、どこにあったかな」
少しでも手がかかりを探そうと、家の押入れを漁る。
「お、あった、あった」
探し出したのは、中学の卒業アルバムだ。四国で唯一の魔法中学校。そんな徳島にある学校に、私は通っていた。表向きは普通の私立の女子高として通っているが、実態は先生も生徒も魔女しか存在しない、特殊な学校である。
分厚いアルバムのページをめくる。私の写真が載っているページを発見した。自分の知らない顔をした自分が載っている。何とも奇妙な気持ちだ。
「いた」
そして赤髪の女の子が同じページにいた。強気に上がった眉に、勝ち誇った自信ありげな表情。確かに本多さんだ。彼女は本当にいたのだ。彼女の言う通り、私たちは同級生で、同じ場所で勉強し、きっと勝負もしていたのだ。
さらにページをめくる。文化祭、体育祭、修学旅行。色々な場面、場所に私と彼女がいた。笑っている私。怒り顔の本多さん。旅行の写真では私と本多さんが2人で一緒に写っていた。同じグループだったのだろうか。本多さんは不満げな顔だったが、私は眩しいほどの笑顔だった。
「楽しそうだね、私」
覚えていない。写った写真はどれも記憶にない。
ただ記憶喪失とは少し違う。
中には、覚えている同級生もいるのだ。でもそれは「あーいたなー」、「1回ぐらい話したことあったかな?」という関係の薄い人。私の『感情』に何ら影響を与えていない、与えなかった人。そんな人たちのことしか覚えていない。
一方で、仲の良い人、特に同じクラスの生徒、先生のことは一切思い出せないのだ。関わっていた人たちの記憶がごっそりとない。
「仲良かったんだろうな、つぐは」
正確にいえば、私は魔力を失ったわけではない。魔力を生み出す『感情』を失ったのだ。そして『感情』に纏わる記憶もすっぽりと消えた。
感情の失った『つぐ』は、魔力を生み出せなくなり、記憶の大部分を無くした。
本多さんは私に何らかの感情を与える人だったのだろう。少しも覚えていない、ということは、そういうことだ。
彼女は『つぐ』にとって大事な友達。
なら、『つぐみ』にとってはどうなんだろうか。
考えていても答えは出ないし、何かしてあげられることもない。
重い足取りでバイト先のコンビニに行くと、私とは対照的に今日も陽気な店長が出迎えた。
「よう、つぐみちゃん元気ないじゃん!」
遠野楓さん。店長ではあるが、見た目はまだ20代後半。実際の年齢は知らないし、教えてくれないが、独身であるということは知っている。
「そう見えます?」
「失恋でもした?」
「していませんし、恋していません」
「あら、残念」と唇に指をあてる仕草はセクシーだと思うが、私に見せつけても意味はない。
「つぐみちゃんぐらいの年の時、たくさん恋したけどなー。恋多き、いい女だったよ、私は」
「はいはい、どうせ私は悲しきぼっちですよ。それに今でも店長さんは綺麗で、いい女ですから」
「おー、つぐみちゃんは見る目あるな! 私と結婚しよう」
「しませんよ。今日も婚活失敗してきたんですか?」
明るかった顔が、急に曇る。
「……聞く?」
「長いですか?」
「勤務時間内には収まるよ」
「じゃあ、聞いてあげます」
「生意気な小娘め~」
「話を聞くだけで給料が出るなんて安いものです」
今日も店長の婚活失敗談が始まる。今日は婚活パーティーに行ったとのことだ。店長は顔が良いので最初はモテモテだったらしいが、
「私と話しているとどんどん顔がひきつってくるの。どの人もよ?」
「いったいどんな話をしているんですか?」
「年収の話に、いつ子供を産んで、どんな習い事をさせて、あっ、長男は論外ね」
「妙にリアル。そういうところが引かれるんですよ」
「結婚するなら大事なことじゃない!」
「そうですけどー」
きっと皆、リアルは求めていない。婚活にいながら、ロマンを求めているのだ。10代の私にはわからんけど。
「カップリングするもんなんですか?」
「毎回半分ぐらいはしているわね」
「けっこうな確率ですね」
「私は1回もない」
「お金の無駄ですね」
「皆、見る目がないのよ。あー早く高級車に乗った次男の王子様が1000万円の通帳を持って現れないかな~」
「そういうところですよ!」
どこまで本気かわからないが、面白い人だ。悩んでいることが馬鹿馬鹿しくなってくる。
「元気になった?」
店長が私に問いかける。
「それは愚痴を聞いてあげた私の台詞ではありませんか?」
「人の失敗談聞くと元気にならない? 馬鹿な人見ていると嬉しくなるっていうかさ」
「あー、ありますね、そういうの。店長さん見てると楽しいです」
「私を馬鹿な女と言ったな?」
「ははは」
感情の上げ下げの激しい人は好きだ。
それは羨ましさと、魔力を奪いやすいということもあるのだが、さすがに仕事中はしません。
話をして、気持ちが軽くなり、足取りも軽くなった帰り道。
今日も店長に貰った賞味期限切れのお弁当を持ちながら、家を目指す。
あの子は、本多さんは、今どうしているのだろうか。地元を離れ、東京で1人。これからどうしていくのか、四国に帰るのか。
まぁ彼女の心配する必要もないか……。彼女は強い魔女だ。きっとすぐに立ち直って、
「あっ」
女の子の泣く声が聞こえた。
ブランコに女の子が座っている。
暗くてよくわかりづらいが、女の子の髪は赤い。
勝手に足は動いていた。
「あれ、本多さん」
それは今まさに考えていた女の子だった。
「……大丈夫?」
涙で赤くした眼が、問いかけた私を捉えた。
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