第7片 偽りの魔女⑦

 奪う、か。

 朝の会話から莉乃の答えは変わっていない。

 変わるわけないかと、苦笑いする。


 なら、何度でも彼女と向き合わないと。

 そう思い、ゆっくり立ち上がろうとすると、体がよろけた。


「あ」


 が、すぐに彼女に抱きかかえられる。


「安静にしてなさいよ! また転ぶ気?」

「ありがとう。いてて、足に上手く力が入らないや」


 まもなく器に注ぎ込んだ感情が切れるのだろう。今日も使いすぎた。シンデレラのように12時が過ぎまで待つなど、都合の良いことはない。

 私は、つぐみは消える。

 莉乃が今にも泣きそうだった。


「ごめんね、悲しい顔しないで」

「無理、無理に決まっているじゃない」

「最後に見るのは笑顔がいいな」


 両手で私を支えているので、涙を拭くことはない。ぽろぽろと涙が地面を濡らす。

でも、辛くても、悲しくても、それでも彼女は私に立ち向かう。


「どうしても私から奪う気はないのね」

「うん」

「私の感情を、思い出、魔力を間違って全部奪ってしまうから? つぐみが生き延びても戻る方法を見つける自信がないから?私を置いてかないで。また置いてかないでよ」


 置いてかないで。

 置いてはいかない。いる。ずっといる。


「私はいるよ。感情は無くなるけど、いる。つぐみではなくなるけど、いる」


 物体としてはいる。器として、魂のないものとして隣にい続ける。

 いるけど、いない。


「ごめん、私は折れないよ。こればっかりは折れない。私は莉乃から奪って生き延びたくない」

「だから、どうしてよ」


 どうして。理由。

 朝、言うのは躊躇った。言ったら余計離れるのが辛くなるから。

 でも、彼女と向き合うには、彼女のことを真剣に考えているなら、本心を、自分の“感情”を言葉にするしかない。

 言えなかった台詞。口にしたら、それは自身の感情を決定づけてしまう。

 汗ばんだ。口が乾く。緊張した。

 それでも、届ける。


「好きだから」


 私の言葉に彼女が硬直する。


「な、な、な」


 固さがとれたと思ったら、プルプルと震え出す。


「莉乃のことが好きだから奪えないよ。奪ったら、好きな莉乃がいなくなっちゃう。そんなこと自分が死ぬより嫌だ」


 向き合う顔は真っ赤だ。

 支えられたままなので、そんなに震えないで欲しい。

 

「っ、ぐみ!」

「グミじゃない」

「つぐみ!」

「近くで大きな声出さないでー」


 耳が痛い。


「わ、私も!」

「私も?」


 口をもごもごさせながらも、やがて決心がついたのか、莉乃は小さな口を大きく開け、宣言する。


「私もつぐみのことが好き、です」


 え。

 莉乃が、私のことを好き?

 『ツグ』ではなく、『私』? 

 『ツグ』を真似た私が好き?


「え、えーっと、本当?」

「嘘な、わけ、ない」

「り、莉乃はツグのことが好きなんじゃないの?」

「好き、好きだったわ。ツグのことが好きで追っかけてきた。でも私はあなたに恋をした」


 しっかりとした言葉で彼女は魔法をかける。


「恋をしたのはあなたよ。どっちもあなただけど、私はつぐみといたい。これからもずっといたい。私は、つぐみが好き」

「ありがとう、嬉しいな」


 自分が認められる。

 私はここにいた。

 つぐみは生きていた。人に好かれるほどに生きていた。

 それは偽りだったとしても、しっかりと人だった。幸せな人生だ。


「辛い思いさせてごめんね」

「嫌よ、消えないで。私は一人じゃ生きられない。あなたがいないと無理なの。消えないでよ、つぐみ!」

「消えたくないよ、ずっと一緒にいたい」


 震える彼女の顔にそっと近づく。

 何をするか、わかっていない泣き顔。


 君がいたから、私でいられた。


 触れた瞬間、魔法でもかかったかのように世界が明るく照らされる。


 莉乃に触れる。

 莉乃と重なる。

 莉乃がいる。


 そして、私がいる。


「大好きだよ、莉乃」

 

 彼女を愛する私が存在した。

 もう、後悔などない。

  


 × × ×


 時が止まったかのような気がした。

 

 唇が重なっていた。目の前につぐみの顔がある。

 突然のことに理解が追いつかない。

 キス。

 初めての口づけ。大好きな人と重なっている。


 理解と同時に、感情が溢れ出す。どうしようもなく溢れる。嬉しくて、悲しくて、恥ずかしくて、切なくて、大好きが増す。


 ――でも、この感情はつぐみに届かない。


 どんなに思っても、彼女のことを好きになっても、この想いは彼女のためになれない。

 

「あ」


 離れた瞬間、寂しくて声に出してしまった。


「大好きだよ、莉乃」


 聞きたかった言葉。私がここにいる意味。生きてきた意味。

 私の大好きな女の子が、1番聞きたかった言葉をくれる。

 

 ――世界はこんなにも美しい。魔法なんかなくても、芸術で照らしてくれなくても、こんなにも綺麗で、愛おしい。

 それは、つぐみがいるから。

 つぐみがいなきゃ、駄目なんだ。


「つぐみ、私は諦めないから」

「うん」

「あなたは消える。消えるかもしれないけど、絶対に取り戻すから。あなたにできなかったことを、私はやり遂げる。絶対にやり遂げる」

「うん、うん」

「だから待ってなさいよ。今度会ったらたくさんのことを話してあげる。色々な所にも出かけるわ。日本中、いや世界中。ううん、何処にもいかなくたっていい。私の料理を美味しく食べてくれればいい。本当にお店でも何でも開いてやるんだから。ちゃんと働いてもらうわよ」

「うん」

「好き、大好きよ、つぐみ」

「私もだよ、莉乃」

「絶対にあなたを取り戻す。だからね、だから」


 涙が止まらない。でも笑って言うんだ。

 

「またね、つぐみ」


 綺麗な笑顔。私の大好きな笑顔。

 つぐみは嬉しそうに笑う。

 そして、1番聞きたくなかった言葉を告げる。


「さようなら、莉乃」


 ――その日、一人の魔女が消えた。

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