第7片 偽りの魔女⑤

 首にかけたロケットペンダントを服の下から出し、手に持つ。  

 私のお守り。

 私の心の拠り所。

 そっと開き、あの子の写真を見る。

 

 笑顔のツグの写真。


「……」


 つぐみになるためには、『ツグ』の物が必要だ。これもツグに貰った物。ツグへの感情はたっぷりとある。

 

「もう十分に救われたわ」


 お守りだった。

 心の拠り所だった。


 もう彼女に縋らない。

 私は笑顔でこのペンダントを、いや私を差し出そう。 


× × ×


「盛り上がっているか、お前らー」

「「いえぃーーーー」」


 爆音に、大勢の観客が盛り上がる。

 日比谷の野外ステージだ。

 昼からライブは始まっているが、災厄の魔女の気配はない。

 4時間は経ち、すでに17時。

 フェスということで、8時間も続くらしい。正気じゃない。


「出てこないわね……」


 隣の莉乃がつぶやく。私たちは会場後ろで佇み、様子を伺っているが何も変化は起きない。

 

「でも来ているよ。絶対」

「なら、やるしかないわね」

「うん、こっちから仕掛ける」


 莉乃がヘアピンを外し、一瞬で箒に変える。


「ごめんね、バンドの皆さんに、お客さんたち」

「何も知らずに、ぶち壊されるよりマシよ。行くわよ、つぐみ」

「うん!」


 そう掛け声に合わせ、箒の後ろに乗る。落ちないようにしがみつく。匂いが柔らかい。お菓子のように甘く、心が安らぐ。


「そ、そんなにべったりとくっつくんじゃないわよ!」

「今はそんなこと言っている場合じゃない!」

「もう! 飛ぶわ」

「飛べ!」


 声を出した瞬間に風圧が来た。髪が風で流される。体にしがみつかなければ振り落とされていただろう。やっぱり私が正解だった。

 向かうは演奏が行われているステージ。

 盛り上がる観客が、警戒している警備員が、気づかないほどの数秒の出来事。


 私たちは、ステージに降り立つ。


 音が止まる。

 突然の乱入にステージ上の人たち、観客の人たちがざわつく。

 人々の視線が私たちに集まる。好奇と混乱の目。


 マイクも使わずに、響き渡る声を会場に届ける。


「藤元弥生さん~、藤元弥生さん! 出てきて下さい。これから罪を犯そうとしている藤元弥生さんー」


 人々の目は戸惑いに変わる。「何だあれ?」、「警備員早くつまみ出せよ」、「ライブ再開してくれ」、皆からの声が心に痛い。本当に申し訳ない。でもこれも君たちのためだ。呼びかけを続ける。


「藤元弥生さん、いないんですか~。藤元、弥生さーん」

「いないんですかー、藤元弥生さんー」


 莉乃も合わせって声を出す。

 空が光った。


「そのやり方はさすがにひどいと思うんだぜ」


 空から声がし、人々の視線が移動する。

 夕暮れに浮かぶ、黒のシルエット。


「おまたせ、藤元弥生さん。いや、災厄の魔女」

「その名で呼ぶなよ、偽物」

「その偽物にあんたは負けるんだよ。それに一人じゃない」


 隣には莉乃がいる。それに大勢の人がいる。

 とまどい。好奇心。混乱。戸惑い。非日常。ワクワク感。

 十分すぎるほど感情、魔力が集まる。


「さぁ行くよ」


 最初から全力だ。

 手を前に突き出す。私を止めようと『災厄の魔女』が空から突っ込んでくるが遅い。


「一致した」


 魔法が発動する。

 手から光が溢れる。

 

「な」


 広範囲の魔法に災厄の魔女は避けられない。


「これ、は」


 魔法を食らったが、傷一つない。直接的な攻撃ではない。いわば精神への攻撃。


「夢で逢おう、弥生さん」


 夢の世界に閉じ込める。幻惑の魔女の魔法の応用で編み出した、強制的に夢へ落とす魔法だ。時間も場所も人数も跳躍して乗り込む。

 

「行くよ、莉乃」

「人の夢に入るのは抵抗があるわね……」


 戦いの場を移す。


 × × ×


 真っ黒。

 おぞましい光景。

 罵詈雑言には耳を塞ぎたくなり、血の嫌な匂いには鼻をつまみたくなる。

 崩壊、この夢の世界は崩壊している。

 

「何よこの夢……」


 莉乃も無事に隣にいた。

 ここが『災厄の魔女』の夢の中。目も背けたくなる光景だ。


「1個ずつ救っていく」

「やめろ、私の闇を消すな」


 遠くに災厄の魔女が立っていた。


「どうして? 嫌なことを消すのはいいことですよね?」

「それは……、ちげえ、戦えよ」

「話を逸らさないで。さもないと」


 近くにあった悪口を、綺麗な花の絵に変える。感情の変換。汚れたものでも、魔法で変わる。変えられる。


「やめろ、やめろよ。消すな、私の闇を消すな」


 威勢のいい魔女はもういない。

 

「弥生さん、私はあなたに勝ちに来たんじゃない。止める。説得するために来た」


 救い。それは一方的な押し付けで、相手にとっては一瞬の脅しだ。


「あなたは寂しかった。誰も手を差し伸べてくれなかった」

「違う。差し伸べてくれた人はいたさ。全員死んだよ。私は厄病神なんだ。周りを不幸にし続けてきたんだ」


 不幸。この光景を見ればわかる。

 彼女が生きてきた中でたくさんの辛いことがあったのだろう。人から悪意を向けられた。絶望を味わった。人が死んだ。

 それは自分のせいだと責任を背負い込んだのだろう。

 でも、それは思い込みだ。


「厄病神なんかじゃない。たまたま、偶然辛いことが重なっただけなんです」

「わかったように口をきくな。そんな偶然あってたまるか」

「辛いこともたくさんあった。でも、それだけじゃないでしょ?」

「それだけだ。それだけ……」


 それだけなはずがない。大切に思うものがあった。だから、それを失い、こんな辛い思いをしている。幸せを知ってしまったから、より辛さを感じる。自暴自棄になるほどに、失いすぎた。幸せを覚えていないほどに、心が壊れた。


「そう、寂しかった。寂しいんだよ、あなたは」

「うるさい、黙れ!」


 魔力が跳ね上がる。魔女の手が赤黒く光る。


「インフェルノ!」


 火球が私たちに向かって飛んでくる。当たったら夢の中とはいえ、ただでは済まないだろう。


「つぐみ乗って! 全部避けてやる」


 すでに臨戦態勢だった箒にまたがった莉乃から声がかかる。言葉に甘え、彼女に頼る。足が浮いた。


「お願い、近づいて」

「無茶なお願いね。了解したわ!」


 火球は50㎝ほどの大きさだが、止まることなく飛んでくる。彼女の夢の中なのだ、舞台は彼女に力を貸す。魔力が尽きることはない。


「燃えろ、消えろ」


 でも魔法は当たらない。莉乃の回避が勝る。

 

「あなたは止めて欲しかった。だからわざわざ私たちに予告したんだ。災厄を望みながら、不幸を望んでいない。あなたは救われたがっている」

「黙れ、黙れよ」


 必死に否定する。

 手をかざし、唱える。


「グラビティ」


 名の通り、重力が襲い、箒から放り出される。この力の前では空中を飛べない。

 地面に寝かされた莉乃から声がかかる。


「つぐみ、目を覚ましてやりなさい」


 なら、一歩ずつ進むだけだ。私の足は止まらない。上から押さえつける力に抗いながら前へ進む。

 

「何で、動けるんだよ」

「力が足りないじゃないの、災厄の魔女さん?」


 魔女の顔が歪む。

 目の前に辿り着いた。


「ごめん、ちょっとばかし痛いよ」


 手を振り上げる。

 災厄の魔女に思いっきりビンタをかました。


「っつ」


 夢の世界が揺らいだ。


 × × ×

 

 殴られた瞬間、痛みと共に夢の世界の中から飛び出た。

 真っ黒な世界ではない。

 でも、現実にも戻っていない。

 どこだ、ここは?

 真っ白な、温かい光に包まれた場所。


「なんだ、ここは?」

「ここはヴァーチャルワールド」


 目の前にいた『空間の魔術師』が変なことを言う。


「はい?」

「まぁそういう意味では、まだ夢と言っても良いけど」


 人が現れる。

 父親。

 おじいさん、おばあさん。

 先輩。


 そして1番会いたくない奴が現れる。

 眼鏡をした、おどおどしたスーツ姿の女性。


「私……」


 そこには私がいた。

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