第3片 暗闇の魔女④

 暗闇の中で1人、今日のことを思う。

 わかっていはいるが、どうもあいつの前ではうまくいかない。


 怒ったし、

 泣いたし、

 嬉しくも思った。


 同じ顔で笑う。同じ声で励ます。あの時と同じ声で、別人かのように振舞う。

 『ツグ』ではないけど、確かに『ツグ』で、『ツグ』じゃなかった。

 『つぐみ』。

 私の想っていた彼女とは違う。

 どうしてそうなってしまったのか、彼女からは語ろうとしない。

 ある朝、起きたら魔力が空っぽになっていたなんて嘘だろう。言いたくない、言えない事情があることはわかる。

 でも、私はそこに踏み込めない。踏み込んではいけない気がしている。

 『ツグ』なら踏み込める。踏み込めたはずだ。

 違う何かに踏み込んだ先に、知りたくない事実があったら、私の好きなあの子がもういないとわかってしまったら、私はもう立ち直れないだろう。

 その時、私の目的は、生きる意味は失われる。 



 地元から持ってきたアロマキャンドルに魔法で火をつけ、真っ暗な部屋にあかりが灯る。

 ハーブティーでほっとひと息つくような心地良い香り。

 魔女にとっては感情が何より大事だ。何せ魔力の源なのだ。魔力を安定させるために、心をケアすることは大事な日常業務の1つなのだ。

 昔は香炉を用い、心をリラックスさせていたらしいが、現代ではアロマキャンドルが魔女の癒し道具として主流だ。便利でオシャレ。形、媒体に特段の意味はなく、感情に作用させることができれば見た目は問わない。市販の物で、十分に魔法道具足りえる。好みのものを探し当て、時と心境によって香りを使い分けている。


 香りが漂い、鼻を心地よく刺激する。

 ふぅー……と大きく息を吐く。


 そして、反省もする。

 停電の中で、咄嗟に私は動けなかった。

 すぐに魔女を追おうとしたのではなく、また打開策を練っていたのでもない。戸惑う人々を見て、冷静さを失い、その場に固まってしまったのだ。

 私は、何もできなかった。

 一方で、つぐみ、古湊さんは取り乱さず、すぐに行動に移した。芸術を考え出す余裕があったのだ。あの状況を楽しんでさえいた。

 格の違い。

 痛いほど、思い知らされた。

 魔力を失った彼女にさえ、私は勝てない。


「はぁ……」


 ため息をつく。

 自分の未熟さに嫌気が差す。

 彼女がいなくなっても、私は努力するのを止めなかった。いつか再会することを信じ、必死に魔法を学び、特訓した。

 それでも、勝てない。

 魔力が無いという大きなハンデを抱えているにもかかわらず、私は勝てないのだ。

 もちろん単純の勝負では勝てるだろう。空を飛ぶ速さ。変装の正確さ。魔力のない彼女には勝ち目がない。

 だが、魔女としての発想力、機転の早さが違いすぎる。圧倒的に彼女の方が上だ。

 私は優秀だ。

 けど彼女は別次元に位置し、手が届かない。


 別次元の相手と、勝負する意味など、ないのだ。


 ……私は魔女としてどこに行けるのだろうか。彼女に勝つことでどうにかなるのか。本当に何かを変えることができるのだろうか。

 見えないものに縋り、消えない想いに心を騒めかせる。


 せっかくアロマキャンドルをつけたのに、心が落ち着かない。彼女に会ってからは毎日が不安定だ。落ち着く暇などない。


 首にかけたロケットペンダントを服の下から出し、手に持つ。

 私のお守り。

 私の心の拠り所。

 そっと開き、あの子の写真を見る。

 

 色褪せない、大好きな子の写真。

 ペンダントを閉じ、そっと口づけし、また会えますようにと願う。


 憧れの彼女はいない。

 でも、私はそれでも求める。


 アロマキャンドルの火も消え、再び真っ暗になるも、その想いは消えることはなかった。

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