第3片 暗闇の魔女⑤

 暗闇の中で1人、今日のことを思う。

 わかってはいるが、どうも本多さんの前ではうまくいかない。


 うまく演じられているだろうか。

 これで合っているのだろうか。

 私は私と間違っていないだろうか。


 本多さんに本当のことを話してはいないが、私が『ツグ』とは違うことはとっくにバレているだろう。


 電気をつける。

 異様な部屋。


 片方の壁には、『ツグ』の写真が所狭しと貼られている。笑っているツグ。悲しんでいるツグ。怒っているツグ。表情豊かな彼女が私を見ている。

 『ツグ』としての歴史がこの壁には記されている。


 もう一方の壁には、『つぐみ』の情報が載っている。絵や、文字の書かれた紙がぎっしりと貼られている。芸大生。あっけらかんとした性格。人付き合いは避け気味。お調子者。冷静沈着だが、好奇心旺盛。コンビニバイト。交友関係。今日も紙を追加し、情報をアップデートする。

 『つぐみ』としての設定がこっちの壁には記されている。


 そして、天井には大きな魔法陣。

 私が描いた魔法陣。私が、私になるための方法。

 いつも私はここで『つぐみ』になって、外の世界に出るのだ。 

 『ツグ』の感情が残った物を媒介に、両壁の情報を参照し、空っぽの『私』に『つぐみ』を作り上げる。


 そう、私は3種類存在する。


 『ツグ』。失った、昔の私。「始まりの魔女の再来」と呼ばれるほどの才能があった私。記憶にはないが、誰からも愛された私。本多さんと友達だった私。そう、1番目の私だ。


 『つぐみ』。これが芸大生の私だ。感情を植え付け、性格を作り出した、着飾った存在。1番目の私らしさを必死に演じるためにつくられた、偽り。『ツグ』の残滓を頼りに、魔法で生み出した3番目の私だ。


 そして、本当の今の私は、2番目だ。

 空っぽの何もない、ただの器。感情も存在しなく、性格も存在しない。まともに言葉も発することもできず、無力で、無意味な存在。『つぐみ』になることで、初めて人間になれる存在。


 『ツグ1』、『ツグ』は、失った昔の私。

 『ツグ2』は、空っぽの器としての私。

 『ツグ3』、『つぐみ』は、つくられた私。


 『つぐみ』になるために毎朝、私は魔法を唱える。

 けど、私には魔力がないので、余所から魔力を供給する必要がある。

 そこで使われるのが『ツグ』の残した持ち物だ。

 『ツグ』の所有物なら何でもいい。あの子は色々なものに感情をこめすぎだ。どれだけの魔力を有していたというのだ。今の私には想像もつかない。

 しかし、そのおかげで、『ツグ』を模した『つぐみ』を器に降ろし、人並な生活を送ることができる。他の魔女にもバレない精度で、完璧に人として偽ることができている。

 でも、物はいずれつきる。『ツグ』はもういないのだ。彼女の残した所有物は、魔力の源は減っていくだけ。

 ……あと持って数ヵ月だろう。

 時間は残されていない。『つぐみ』はもう保てなくなる。


 偽物でさえ、いられなくなる。


 それまでに魔力を取り戻す。私を取り戻す。たとえ、この手を汚そうとも、私でいるために、私は行動しなくてはいけない。

 本当は呑気に大学に通っている場合ではないだろう。それでも、そこに活路があるとも思っている。


 器でも私は涙は流せた。

 空っぽでも、芸術は私に力をくれた。

 何かきっとヒントがあるはずなんだ。でもいまだに何かを掴めずにいる。


 それにリミットが迫るにつれ、異変も起きている。3年近く、東京で一度も会うことのなかった魔女に、ここ数日で2人も出会ったのだ。何かが起きている、魔女の世界が揺らいでいる。

 誰かの差し金か。誰が仕組んだことか。推測はできるが、確証は得られない。まぁ、いい。せいぜい利用させてもらうまでだ。


 電気を切り、真っ暗闇に戻る。


「今日もおつかれ、つぐみ」


 『つぐみ』にさよならの挨拶をし、魔法を切る。

 いつか私が戻ってくるようにと願い、さらなる深淵に落ちていく。


 プツン。

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