第2片 忘れられた魔女④
「お、お邪魔します」
今朝、脅してきた女はどこへやら。私の家の敷居をまたぐと、借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。
靴を丁寧に並べる彼女に声をかける。
「遠慮しなくていいよ、私しかいないんだし」
「えっ、二人っきり?」
「ま、まぁそうなるけど」
「……」
黙るな、気まずい。
玄関で立ち止まったままでは困るので、トランクケースを持った彼女をリビングまで案内する。
「それにしてもいい家に住んでいるじゃない。東京に一軒家ってどんな錬金術を使ったのよ」
「使ってない、使ってない」
「それもそうね。魔力ないものね」
「この家は、叔母さんの家なんだ」
「おばさん?」と疑問で返される。
「母親の妹。旦那さんと年中、海外を旅をしているから、私はちょうど良い門番というわけ」
「へー、世界中を旅ね~。魔法使いなの?」
「いや、普通の一般人だよ」
魔女の一家だからといって全員が魔女になるわけではない。だいたいは長女が引き継ぐことが多い。叔母さんもうちの母が魔女ということは知っているが、特に影響されることもなく、普通の人間として社会に溶け込んでいるのだ。
「普通の一般人は年中旅してないわ」
「それもそうだ」
彼女の言葉もごもっともだ。ずっと転々と旅行するなんて、魔法使いよりレアな存在だろう。
「お茶でいい? 他は水道水の選択肢しかないけど」
「お茶で」
冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、コップに注ぐ。
「ありがと」
「いえいえ、客人には優しくあれ」
どこで聞いたかわからないけど、きっと魔女の教えだろう。
今日の宿を確保したからか、彼女の顔も朗らかだ。
ぐ~っ、といった音が耳に入るぐらい、落ち着いたみたいだ。
「ご飯にしようか」
「……どうも」
素直なお腹だ。早速ご飯といきたいが、その前に部屋を案内する。彼女に声をかけ、2階へ向かう。
階段を上りながら、本多さんに説明する。
「2階の部屋はほとんど使っていないんだ」
2階だけで5部屋ある。1つは私の部屋、もう1つは叔母さんと旦那さんの荷物倉庫。残りの3部屋が空いている。
「1人で住むには贅沢ね」
「逆に落ち着かない。結局リビングと自分の部屋しか使わないよね」
『TSUGUMI』と描かれたプレートの前で立ち止まる。
「ここが私の部屋。絶対に開けないこと」
「開けないわよ!」
「絶対だよ!」
「フリじゃないわよね?」
注意喚起も済ませ、さらに奥へ進む。
隣の部屋も空いているのだが、気持ち的に奥の部屋を案内する。
「はい、この部屋使って」
「うん」
部屋を開けると何もない。誰も使っていないので、少し埃っぽい。
「あとで掃除機かけるね、それに布団も持ってきてっと」
「いいわ、自分でやるから」
「そんなそんな」
「いいの。お世話になりっぱなしも悪いわ」
彼女に嗜められ、自分でも少し浮かれているのがわかる。
1人でいるのが当たり前だった。東京に来て、私は1人で、友達も作らず、ただ芸術と魔法を極め、探求していくだけだった。
……寂しかったのかもしれない。
彼女が微笑む。
「ありがとう、まずはお腹空いちゃったわ。ご飯をよろしくね」
「うん、下に行こうか!」
誰かといるのが楽しい。それも同じ魔女で、秘密を持つもの同士なら尚更だ。
「ご飯頼んだのはいいけどさ」
机の上に並ぶのは、インスタント食品の数々。ラーメンに、焼きそばに、うどんに、蕎麦に、選り取り見取りだ。
「お好きなものをどうぞ!」
「えー……、もっとマシなのないの」
「失敬な! うちの高級食材です」
「……」
「……駄目?」
「…………」
本多さんはお気に召さないようで……。
「しょうがないな、店長からもらった、このコンビニ弁当をあげよう」
「はぁ」とため息をつかれる。
「泊めてもらっているんだから、文句は言えないわね……」
そう言いながら、カップ焼きそばを手にする。
「お湯入れるよー」
「うん、任せる」
「任された!」
文句を言いながら、カップ焼きそばを選んだ彼女であったが、食欲には勝てず、開封と同時に「いただきます」と言い、勢いよく食べだした。お腹がよっぽど空いていたのか、あっという間に完食したのであった。
「何よ、じろじろ見て」
「いや、美味しそうに食べていたなって」
「……ごちそうさまでした」
先にお風呂に入ってもらい、その間私は料理の片づけをする。片付けといってもコップを洗って、ゴミを捨てるだけなんだけどさ。
「お、お先にいただきました」
ぶかぶかのTシャツを着た本多さんがお風呂から帰ってくる。風呂上りだからか、顔は紅潮し、少し湿っぽい髪に色気を感じる。
「服は大丈夫?」
「うん、センスは悪いけど、サイズは大きいから大丈夫」
「な!? クロクマちゃん、可愛いでしょ?」
「いやいや、パンダや白クマならわかるけど、黒い熊はない!」
「性格もブラックで可愛いんだよ!」
「そのどこが可愛いの?」
「そう言うなら脱いでよ! 今ここで!」
「ぬ、脱がないわよ!? 変態!」
私から距離をとる彼女。これ以上揶揄うと、魔法が飛んできそうで怖い。
それにしてもだ。湯上りの女の子が、私と同じ家にいる。
「自分の着ているシャツを他の人が着ているのを見ると、ちょっと、その背徳感があるね……」
「やっぱ変態じゃない!」
友達と遊んだ記憶、仲良くした記録がないので、距離感がわからず、ドギマギする。慣れないと不味い。自身の不適合者っぷりを実感する。ボッチに慣れすぎた。
「洗濯機も借りて悪いわね」
「いいよ、大変だったでしょ」
「誰かさんのせいでね」
「うるせー。まぁ今日はゆっくり寝なよ」
「うん、そうね。明日からはあんたを探す必要がないものね」
「おやすみ、本多さん」
「おやすみ……、つぐ、いや古湊さん」
ぎこちないやり取り。
元には戻れない。つぐはもういない。
でも私と本多さんは新たに出会って、また友達になっていくんだ。
朝起きると、食事が作られていた。
「冷蔵庫ほとんど入っていないのね、勝手に使ったけどこれしかできなかったわ」
白いご飯に、味噌汁、目玉焼き、ソーセージ。
朝食を抜くことがほとんどな私にとって、それはご馳走で、
「結婚しよう」
「はあ!?」
なんだか新婚生活みたいだなーと思ったりするのであった。
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