第12片 魔女と魔女④
「莉乃」
もう一度彼女の名前を呼ぶ。莉乃は柔らかな表情で微笑んだ。
「また勝手に一人で行ったわね」
けど咎める言葉はちょっと強めで、
「ごめん、ね」
「毎度のことだから私も学習したわ。またこうやって会えてよかった」
でも優しさはにじみ出ていた。ちょっと怒ったような口調は相変わらずで、つい口元が緩む。
「すぐ終わらすつもりだった」
でも終わることはないと知った。
「よく私がこの場所にいるとわかったね」
「各地で活躍しすぎなのよ。さすがの私も気づくわ。『正義の魔女』の代わりを、そして『ハジマリの魔女』の覚悟をあなたが背負い、行動していると」
報道でもされているんだろうか。確かに各地でこれだけ大騒ぎすれば公には魔法映像は流れないかもしれないが、噂は広まっているはずだ。いや、噂で済むならまだいい。色々な国や集団に気づかれ、マークされている可能性だってある。
だから、彼女とは一緒にいられなかった。危ないことに巻き込みたくない。だって1番大事で、失いたくないから。
「全部背負わないで。正義の魔女も、伝説の魔女の所業も、魔女界の間違いも、正しさもぜんぶ、全部あなた一人の手じゃ収まらない」
けど、莉乃は私を否定する。
「知っているよ。でも私は……」
「私を傷つけたくない、とか言うんじゃないわよ。私だってつぐみに傷ついてほしくない。ずっと笑顔でいてほしい」
「莉乃……」
「でも、あなたが選択を変えないのはわかっている。それがあなただから。魔女としてのあなたで、私が大好きなあなただから」
私を肯定する言葉が嬉しい。
「……私じゃ戦力にならないのは知っているよ」
「そんなこと」
ない、とは言えない。
私はもう化け物だ。あの日、力を全部奪ってしまった。実のところ『禍ノ河』をすべて変換したのではない。あの竹灯り、プラネタリウムだって力のホンの一部を利用しただけだ。全部吸収したのだ。無害なように、無害に見えるように。イオと、ナツさんのために、私が全部受け入れた。
禍々しい感情を必死に閉じ込め、魔法として力を行使し続ける。自分の中に闇を背負い続け、救い続けている。
「莉乃と生きたい。けど駄目だよ。不幸にしてしまう。私はあの幸せな時間だけで生きていけ」
言い切ることはできなかった。
頬が痛い。痛さの後に、莉乃にビンタされたのだと気づく。
「私は、つぐみの彼女よ」
「……」
「別れてなんかやらない。不幸とか、幸せだとか勝手に決めつけるな。決めるのは私だ」
叩かれた頬以上に心に痛い言葉。
そうだ、その通りだ。
私はまた勝手に思い込んで、抱え込んで、一人で動いていた。
「……いいの?」
一致しないと思い込んで、諦めていた。
「どこまでもついていく。それがたとえ戦地でも、宇宙でも、地獄でも何処だって追いかけていってやる」
「……そっか」
「そっかって何よ」
私は間違える。間違え続ける。
「ごめん、嬉しくて」
「な、泣いているの?」
「泣いてなんか、ない」
それをいつも莉乃が正しい方向にしてくれる。彼女がいて、明るく照らしてくれる。莉乃がいたから、私であろうとした。莉乃がいたから、どんな無茶なことでもできた。私の目標で、支えで、救世主で、そして大好きな人。
「無理じゃないわ。終わりはある」
そういってハンカチで私の涙を拭う。
「少しずつだけど、世界は変わっているわ。あなたのおかげで、争いは減っている」
私を励ますための言葉かもしれない。
でも、その言葉は私の頑張りを肯定してくれる、欲していたものだった。誰かに褒められたかった。
「ほら、莉乃、前を見なさい」
夕暮れだった空はいつの間にか暗くなり、街には子供や、親子連れ、カップルが多くいる。
「あなただけの魔法を見せなさい、『空間の魔術師』」
久しぶりに聞いた呼び名に私は答える。
涙は力に変わり、私は世界を彩る。
……そうだ、今日はクリスマスが近い。もう季節外れじゃないんだ。
まずは雪を降らせよう。
「わー、雪だよお母さん」
子供たちが空を見上げる。「雪だ、雪だ」と騒ぎ始める。
そこからが私の本領発揮だ。
雪の色をカラフルに染める。
赤、黄、青、緑。
ざわめきが止まり、見入っているのを感じる。
でも、これで終わりじゃない。
道路に現れたのは、急に出来上がった雪だるま数体。
足は無いが、その場でくるくると回ったり、手を振ったりして、踊り出す。
子供たちが一緒になって踊っているのが見え、思わず笑顔になる。
そして街全体をライトアップさせる。
イオが生きた魔女の街を、盛大に染め上げる。
そこに恐怖や、悲しみはなく、「アメイジング!」やら、「ワンダホー」など嬉しさや驚きの言葉が飛び交う。
これが私の魔法、古湊つぐみの芸術だ。
「やり遂げた」
私が発動する魔法は以上だが、光は当分消えない。あと2時間は光り輝くだろう。
彼女が私の手を握る。
「綺麗ね」
「ありがとう、莉乃」
やっぱり喜ばれる魔法を披露するのは気持ちがいい。皆の笑顔できっと私が1番救われていた。
「つぐみ」
私の名を呼び、彼女が一度は繋いだ手を離す。
鞄をごそごそといじり、そして私の前に立つ。
「私はいつでも一緒よ」
そういって彼女が箱を開いた。
綺麗な色のリング。
煌びやかに光る宝石はおそらくダイヤモンドだろう。
驚きで言葉が出ず、その誓いの輪にゆっくりと伸ばす。
手が震える。
じれったいのか、「もう!」と言い、莉乃が指輪をつかみ、私の指へと持っていった。
薬指に嵌めるとピッタリだった。
「よく知っているね、サイズ」
「あなたのことは何でも知っているわ」
「ちょっと怖い」
「いいのよ、お嫁さんになるんだから」
生意気な彼女に口づけする。
答えはもう決まっている。彼女ではなくなる女の子に、さらなる永遠を誓う。
私の心は、永遠にあなたのものだと―。
周りの人たちにプロポーズ成功を勘付かれたのか、私たちは囃し立てられ、街中がお祭りであるかのように祝福してくれた。恥ずかしい気持ちも、嬉しさと愛しさの前では勝つことはできなかった。
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