第4片 幻惑の魔女

第4片 幻惑の魔女①

 彼女が、彼女でないことを受け入れた。

 完全には納得していないけど、彼女の名前を呼んだ。

 つぐみ。

 久しぶりに呼ぶ似た名前は、私に熱を与えた。

 可笑しい。間違っている。

 けど、今はそれが彼女なら、私は―。


 

 × × ×


 青空の下、悪い魔女を探す。

 探しているはずなのだが、


「ふーん、ここには色々な店があるのね」


 すっかりと観光、ショッピング気分だ。

 訪れた場所は、中野ブロードウェイ。雑貨屋を巡りながら、街の異変を探す。

 つぐみが大学に行っている間、中野に訪れること3日目になる。不可思議な現象が多発しているとSNSで話題の場所だ。

 

『人が眠ったまま倒れている』、『お酒に酔っているわけでもないのに、道で熟睡している』、『可笑しい。この街は何かに取り憑かれている』、『急に意識を失ったんだけど、よくわからない。でも幸せな気がした』


 噂が噂を呼び、一種の都市伝説のように情報が拡散している。

 絶対に何か裏がある。不可思議なことには魔女が関わっている可能性が大きいだろう。

 しかし、1、2日目は特に何の成果もあげられず、中野の地理やお店に詳しくなっただけの私がいた。朝、ベンチで倒れている人を見かけもしたが、ただの酔っ払いだった。紛らわしい。


 アーケード街は駅から続いており、吉祥寺や荻窪よりも大きいと思う。そしてアーケード街を抜けた先に、この中野ブロードウェイがある。漫画専門の本屋や、レトロな店、メイド喫茶、マニアックな店などが並び、オタク以外の人も楽しめる、飽きない場所だ。

 けど余分に使えるお金は無い。魔女の手がかりを探すといいつつ、お金を使わない気晴らしに興じている。


「正義の魔女ね……」


 働きもせず、勉強もせず、ただ街を散策している。あくまでパトロールなのだが、結果が出ないので気分は落ちていく一方だ。

 ぐぅ……。

 そして何も成し遂げなくても、お腹は空く。

 ショーケースにうっすらと写るのは髪色を通常時より抑えた私。外国人の多い街でも、赤髪のままでは目立つのだ。それに私の姿はバレているといってもいい。堂々と赤髪でいるわけにはいかない。

 それにしても、

 

「冴えない顔をしているわね、私……」


 何も手掛かりのない現状を嘆く。

 ため息をつき、ブロードウェイを後にした。

 


「ずるずるー」


 若者や会社員に挟まれながら、ラーメンを食べる女子が1人。私だ。

 ラーメンは基本的に「ご飯のおかず」として食べるもの。という徳島の教えから、ラーメンとライスはセットの印象だったが、中野はつけ麺が主流で、ライスがセットであることはほとんどなかった。追加で頼むこともできるが、麺の量がそもそも多く、それなりに食べる私でも躊躇した。ともかく美味しいので何も問題はない。

 バイトもしていないので、お昼代はつぐみから毎日1000円札を2枚借りている。節約しよう、節約しようと心に誓うものの、見たことない、食べたことのない味につい野口さんが消えてしまう。東京って怖い街だ。

 駅前で大番焼きを食べ、小道に入ってはつけ麺を食べ、ブロードウェイでは巨大すぎるソフトクリームを食べた。うむ、今なら中野でデートするには困らないグルメ情報を手に入れているぞ。って、デートの予定なんてないわ!?


 お腹を満たし後は、食後の運動でぶらぶらする。

 南口を一通り、北口はアーケード街からブロードウェイ付近、サンプラザまわりを巡ったが、特に異変はなく、次は西へ攻める。

 少し歩き、公園を通り過ぎると、大学を発見した。


「人の多い所はいちおチェックしようか」


 というわけ大学に潜入。

 つぐみの通う芸術大学より、格好や、話し方が若く、お洒落だ。皆、綺麗で、可愛い。さすが東京の私立の大学だ。ジャージや、スウェットばかりだった芸術大学とは違う。芸術って、いったい何なのだろう。

 普通の格好の私は浮かないように、気配を消しつつ、構内をまわる。

 暇なので、途中で授業も受けてみたが、すべて英語でさっぱりと意味がわからなかった。魔法で翻訳はできないのだ。魔法も万能ではない。


 お腹もいっぱいだったが、食堂に向かう。

 これまた芸術大学より広く、綺麗だ。


 そこでようやく異変が起きた。


 ドンガラガラ。


 座っていた男子学生が急に倒れた。


「おい、どうした」

「大丈夫か」


 周りの人が心配し、倒れた学生に近づく。私も不審に思われないように、気配を消し、近づく。

 

「おい、どうしたんだよ」

「ご飯食べながら寝るってどうしたよ?」

「これって病院にいったほうがいい系?」


 友人と思われる人が倒れた学生を床から起こす。

 男は眠ったまま、反応はない。

 そして、ものすごく笑顔だった。


「……」

「……」


 笑顔。

 不自然なほどの満面のスマイル。

 周りの学生たちは顔を見合わせていた。


「何で笑顔なの?」

「さ、さあ?」

「テスト前で徹夜でもしたのかなー」


 寝息も立てており、安らかな笑顔。普通に見れば異常は感じられず、ただ夢を見て、寝ているようにしか見えなかった。

 周りの学生も彼の顔を見て安心したのか、「エッチな夢見ているんだー」、「やらしいー」と囃し立てている。

 徐々に、混乱は収束していく。

 「昨日オールだったんじゃね?」という結論に落ち着き、倒れた学生は、並べた椅子の上で寝かされていた。幸せそうな顔をしているが、起きた後は弄られる未来が待っているだろう。


 私は距離を詰め、手を一瞬かざす。

 指が、少し震えた。

 ニヤリと笑みがこぼれる。

 魔法の残滓。いや、魔法が今もなおかかっている状態だ。

 いる。魔女はいる。

 心は急きながらも、表情は変えず、辺りをゆっくりと見渡す。

 怪しい人間はいない。感知を強めるも、魔力は感じない。


「ちっ」


 逃げられた。いつまでいた? 学生なのか? そもとも遠隔魔法だろうか?

 どちらにせよ、もうここにはいないだろう。慌てて学食を飛び出す。


 大学の外まで出たが、怪しい人は見当たらない。

 くそ、勘付かれたか。でも近くにはいるはずだ。結界の準備をする。半径1km内を閉じ込める強力な魔法だ。相手に勘付かれはするが、今は逃がさないことが最優先だ。

 視界に人はいない。目を閉じる。

  

 どすっ。


「いっ」


 足に衝撃が加わり、倒れはしないが、よろける。敵からの攻撃かと警戒したが、目の前には誰もいない。

 目線を下げる。

 そこには子供がいた。


「ご、ごめんなさい」


 小さな女の子。小学生ぐらいだろうか?

 私は優しく声をかける。


「大丈夫?」

「うん!」

「前を見て、歩かなきゃ駄目よ?」

「急いでいたの!」


 女の子は元気に言葉を返し、笑う。

 あどけない笑顔に癒されるが、今は子供に構っている暇はない。魔女に逃げられてしまう。


「じゃぁ、お姉さんは急いでいるから、またね」

 

 手を振り、その場を後にしようとする。

 仕切り直し、もう一度結界魔法の準備をする。


「お姉さん」


 呼び止められる。

 もう急いでいるのに! と思いながらも、嫌な顔をしないで、振り返る。

 女の子は笑顔のままだった。

 でも、その言葉は子供らしくなかった。

 

「お姉さんは幸せですか?」

「え?」


 どういう意味?、そう返答する前に意識を失った。

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