第11片 決戦の魔女②
「やあ久しぶりだね、ツグ」
私の登場に最初は驚いていたハジマリの魔女であったが、すぐに冷静になり、余裕ある表情に戻る。私の身体に入っていた頃しか知らないが、今は妹の『ケイ』の中に入り、コントロールしているらしい。見た目は違うが、確かに“それ”はハジマリの魔女だ。『ケイ』の感情は、きっと私と同じように閉じ込められているのだろう。
「ああ、久しぶり私。でもね、違うよ。私はツグじゃない、つぐみだよ」
ツグではない。ツグだったかもしれないが、今の私は違う。
対峙する魔女が嫌そうな表情になる。
「屁理屈はいい。私を止めに来たのか?」
「止めに来たよ、イオ」
その名前に、ハジマリの魔女の余裕はなくなる。
「その名前で呼ぶな」
「呼ぶよ、『私』とは区別するために」
「……本当に嫌な奴だ」
イオ。
ハジマリの魔女の本当の名前。彼女は私に教えることはなかったが、私は知っている。何度も『イオ』と呼ぶ“彼女”の姿を思い浮かべていたことを。
「何でもバレてしまう。いくら隠しても同じ体だと隠し切れない」
「そうだね、私の莉乃への気持ちもバレていたように」
「きゅ、急に私の話をしないで!?」
私の前にいる彼女が揺らぐ。莉乃の箒に乗っているので、彼女が操縦をミスると海へと落下コースだ。……うん、気を付けよう。
「イオ、あなたの思い通りにさせない。莉乃!」
合図と共に、莉乃が飛び出し、一緒に箒に乗る私も移動する。
ハジマリの魔女へと迫り、魔法を放つ。
「拘束しろ」
私が唱えると光の紐が現れる。意志を持った蛇のように、ハジマリの魔女へ向かっていき、彼女を捕えようとする。
「燃えろ」
しかし、イオのその一言で紐はあっさりと燃え、灰と化す。
「こんな攻撃で私に勝てる気か」
「勝てるとは思っていない」
「なら、どうして戦う?」
答える前にイオが生み出した大きな火球が私たちに襲い掛かる。
「つぐみ!」
「任せて」
瞬時に魔法を変換する。
「蛍火」
火球は姿を変え、蛍の光が辺りを漂う。
私の得意な魔法、感情の変換。自身の魔力はまだ不安定であるが、こうやって人の魔力を利用する技術は健在だ。
「くそ、忌々しい。轟け」
空が急に真っ暗になり、雷が私たちを目がけ、落ちてくる。
しかし、それも受け流す。
「空を飾れ」
雷が電飾アートに変わる。商店街でやったプロジェクションマッピングまがいのもの。季節外れのサンタ、トナカイが踊り狂う。
「ちっ。なら、こうだ。すべてを流せ」
イオの手から、水流、いや水柱とでも呼べばいいほどの、分厚い水の圧が向かってくる。けど、それでも莉乃と私は揺るがない。
「一致した」
その掛け声と共に、迫ってきた水が「光の魚」へと変化する。
赤。
青。
黄。
緑。
色鮮やかな魚たちが、水でなく、空の上を自由に動く。
「なんだこれ」
「でも、綺麗ですね」
「すごい……」
日芽香、弥生だけでなく、古湊家側からの感嘆の声が聞こえる。
現実ではありえない光景。それでも私なら作り変えることができる。
何度も攻撃を止められ、さすがのイオも渋い表情をしている。
「イオ、私はあなたに勝てない。けど負けないよ。何度でも変換する。あなたの力をアートに変える。皆の笑顔の糧にする」
私たちの戦いは無意味だ。
受け流すだけ。魔力、体力が切れるまでの消耗戦。一瞬でも気を抜くと私の負けだが、受け流され続けるイオの方も精神的にダメージは大きそうだ。普通の魔女ならとっくに勝っているほどの強力な魔法、魔力。それが私には効かない。傷の一つもつけられず、彼女が無駄だと非難する芸術へと変える。
「……」
黙ってしまったが、私は続ける。
「私は一人では飛べない」
莉乃の後ろに乗らなければ、満足に空も飛べない。魔女としては致命的な欠陥だ。
「一人では笑顔は虚しい」
一人なら笑顔にすることなど無意味だ。誰かがいるから、意味がある。笑ってくれる人がいる、だから私がいる。時にはぶつかることもあるが、私は他者を求め続ける。
「……諦めよう、イオ」
「諦められるか」
やっと彼女が反論してきた。
「人は愚かだ。何度だって間違える。私は見てきた。この100年ずっと。5回ほど移り変わってきた。けど、全部失敗した。人はいつになっても変わらない。間違え続ける」
「あなただって人だよ。特別じゃない。ちょっとだけ力のある人」
「違う、私は特別なんだ! 私がいれば世界は変えられる。愚かな人も、正しく、清く生きることができる」
「人は愚かかもしれない。失敗だってする。でも押し付けじゃない。皆が考えるのが必要なんだ。時間がかかっても、その人たちの想いが必要。こっちの強制ではいけないんだ。それはあくまで洗脳で、支配。人が変わったわけじゃないんだ」
私とイオの意見は合うことはない。同じ体にいて、一緒に育っても、その心は混ざり合わない。
「まぁ、分かり合えないんだ。一つの身体にいたんだが、別の人間だった。古湊の人間でも、いちから育てても、私の崇高な考えは理解できない」
彼女はそう言うが、私は否定する。
イオの考えが、本当の目的が違うのを私は知っている。
「ナツ」
莉乃や、他の魔女が何を言っているのだろうと不思議な顔をする。けど、ただ一人、違う反応をした。
イオの表情が歪む。
「口にはしたくないけど、そうなんだね」
「……」
沈黙は肯定。
やっぱりだ。崇高だ、人々のためだとイオは自身に必死に言い聞かせていた。
違う。
私にはわかる。彼女が恋をしていたことを。命を賭しても、何度生まれ変わっても、他の人を犠牲にしてでも、救いたいと思っていることを『私』だけが知っている。
「あなたの目的は違う。魔女による導きではない。ナツさんの復活。そのためにたくさんの人の命を捧げるんだよね」
すべては一人の女の子の笑顔のために。
嘘を隠すのを諦め、イオは苦笑いしながら、
「あぁ、その通りだ」
私の言葉を肯定した。
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