第11片 決戦の魔女
第11片 決戦の魔女①
それは、私が私の身体にいた時の出来事。
出会わなければ良かった。
戦地でたまたま見かけた。考えるより前に体が動いていた。
「ありがとう」
この時代に、この場所に相応しくない金色の髪を見ても、彼女は怯えなかった。
「……気まぐれだよ」
「それでも私は助かった。あなたは私の救世主よ」
本当に単なる気まぐれだった。普段なら人が死んでも、ここは戦場だからと諦めていた。けどこの日だけはこの女を助けてしまい、そして懐かれた。
それは兵器として生きてきた私の小さな"故障"。
しかし、それは私にとって運命の出会いだった。
――戦争の道具としての生き方を私はこの日捨てた。
極東の地を単騎で攻略する任務を請けていたが、放棄し、私は彼女と一緒に暮らすようになった。
「イオ」
「何、××」
「私はね、人々を笑顔にしてあげたいの」
そう言って彼女は歌う。何度も彼女が口ずさむので覚えたメロディ。
「あんまりうまくない」
「これから成長の余地があるでしょ?」
私がマイナスをことをいっても、彼女からは前向きで、明るい言葉が返ってくる。戦いがずっと続く中で、そのような明るさを持っているのは稀有だった。
彼女は特別。
私にとって特別になっていった。
攻撃を受けた際はたまたま都の近くにいた彼女だが、普段は小さな島で、小さな集団で暮らしていた。
「念じて、火をつけるなんてできないよ」
「心で考えるだけでいいんだ」
「そんなのイオしかできないよ」
彼女たちの世話になる代わりに、私は魔法を教えていた。中には簡単な魔法を覚えた子供もいたが、彼女はさっぱりだった。
「私は才能がないんだわ」
「魔法なんてできなくても、××には良い所がたくさんあるよ」
「そんなことあるわ」
「そこは否定するところだろ?」
「あはは」と笑うの彼女の顔は何よりも眩しく、私が教える魔法以上に彼女は私に色々な感情を教えてくれた。
人と一緒にいる楽しさ。
話せば分かり合えるということ。
ささいな小さな夢。
握った手が温かいこと。
質素なご飯でも、一緒に食べたら美味しいこと。
喜び。
生きる活力。
彼女は
「イオは優しい人だね」
「優しくない」
たくさんの人を殺めた。戦いに勝利するために多くの血を流した。国に忠誠もなく、信念もないのに、私はただただ破壊していった。
「ううん、イオは私の救世主だよ」
そんな私を彼女は言葉で救ってくれる。
彼女に褒められると、心がむず痒くなった。
「イオ、ずっと一緒に生きよう」
「……どうかな」
「ここにずっといて。私はあなたがいないと嫌なの」
そう言われ、初めて自分の人生が肯定された気がした。生きていて初めて良かったと思った。
恋、を超えた何か。
人を好きになる感情は私をこんなにも明るく照らす。
「そうだね、私も××がいない世界なんて嫌かも」
「ふふ、ありがとう」
そっと口づけを交わし、彼女が耳元で囁く。
「大好きよ、イオ」
けど、私はけして救世主などではない。
彼女を守ることができなかった。
「××、死なないで!」
辺り一面が燃える。真っ赤に燃える。
漂うのは血の匂い。たくさんの人が、言葉をかわした人たちが地面に伏し、死んでいた。
そして、彼女も瀕死の状態だった。
「イ、オ」
「ごめん、私が私がいなかったから」
「ありが、と、イオ」
「ありがとうじゃないよ、感謝しないで。私はもっともっと」
「生きて、笑、って、生き」
戦争は終わっていない。
なのに、私は目を離し、彼女を守ることができなかった。
自分はあまりに無力だった。
「やだ。死なないで、死なないでよ、××」
私の願いも虚しく、彼女は息絶えた。
叫び。嘆き。待つのは闇。
死んだ人を生き返らすことはできない。
私は無力だった。
……いや、無力ならよかった。
私は、魔女だった。
「まだ、まだ××を生き返らすことができる、私なら私なら」
できると信じてしまった。
必死に魔法を使った。ありとあらゆる魔法を使った。魔法を生み出した。魔女史において、初めてとなる魔法の数々をここで何個も編み出した
「生き返れ、お願い、お願いだから、私から、私から奪わないで」
そして、私は彼女を“化け物”に変えてしまった。
「一緒に生きたい」。
そう、望んだ彼女の願いを不幸にも叶える形で、彼女は大きな、人ならざる闇と化した。
「違う、違う」
私が生み出した、彼女だった化け物は、敵も味方も殲滅した。真っ黒に飲み込み、私だけが生き延びた。
不幸にも生き延びてしまった。
そして破壊しつくした化け物は、姿を変え、地上に大きなズレを生み出した。そこに淀んだ感情の河が出来た。
時が経ち、禍々しい感情の地脈は現在、『禍ノ河』と呼ばれている。
それは彼女が生きている証。
私の罪の形。
私は謝り続ける。そして、今度は間違えないと必死に繰り返す。
× × ×
「ははは、さすがの災厄の魔女も限界じゃないかい?」
箒に乗った、余裕綽々の『ハジマリの魔女』が腹立たしい。
1日目の奇襲は成功し、古湊家では対応できないほどの損害を与えた。しかし2日目にこいつが来てからは一気に劣勢になった。それでも古日山、古河の援軍が来たことで2日目は何と堪えしのんだ。
そして3日目。さすがにもう限界だ。
相手の魔女は眠らずにずっと戦い続けている。
天才、いや化け物と呼んだ方が相応しい。
しかし、そんな化け物と私がまだ戦っていられるのもおかしな話だ。とっくに体の限界は来ている。けど、魔力は尽きない。
この地、『禍ノ河』が闇を強くさせる。
母親の仕打ち。
同級生からの悪口。
幸せを奪った災害。
『イオ』との日々。
自殺した先輩。
そして、何もできなかった私。
……ん? ノイズが混じる。イオ? 誰だ、それは。
私があの時ちゃんと魔女だったら、魔女だったら全部救えたんだ。無力が悪い。力が無いのが悪い。
『イオはまだ囚われている』。
私の心と、誰かの声が混じる。
そして不思議なことに、魔力がぶわっと跳ね上がる。
対峙する敵も驚いている。
「へー、まだ持つか。それにしてもこの禍々しい魔力。どっちが敵か、正義かわからなくなってくるね。なあ、災厄の魔女」
「うるさいぜ。お前の目的は良いとも悪いともわからんが、ともかく気に食わない」
「そうか、残念。君とは分かり合えると思ったのに」
魔女が構える。
「なら、落ちろ」
攻撃が来ると思い、身構えるが何も来ない。
違う。
手を前に突き出しているのは私。私が先に魔法を撃っていたのだ。しかし、すんでのところで、ハジマリの魔女は避けていた。
「へー、やるじゃん。まだまだ楽しませてくれる」
痛い、頭が痛い。私が体を動かしたのではない。
何かが、何か。
闇。
「はは、囚われたか」
敵が迫ってきた。
落とされると思ったが、逆に力を与えられる。
「闇を増幅させる。もっと堕ちろ」
「や、やめろ」
怒りが支配する。
見捨てた父。憎い同級生。裏切った先輩。私は救われてはいけなかった。
そう、あの女の子も手を差し伸べるべきではなかった。
「弥生!」
「く、来るな日芽香」
私の様子がおかしいと感じたのか、日芽香が寄ってきた。しかし、今は来てほしくない。闇に支配される。
そうだ、彼女も邪魔だ。
そんなことない。彼女は救ってくれた。
手がいうことをきかない。
「や、弥生?」
「逃げろ、日芽香」
言葉とは裏腹に、手を構え、魔法が発動される。
必死に止めようと日芽香が私に向かって催眠魔法をかけるも、きかない。
攻撃は止まらない。
日芽香を襲おうとする。
「や、やめろ。私」
氷の刃が日芽香へ向かう。
「あ、あああ」
自分の魔法が彼女を襲う。
そんな絶望が、私をさらに闇へ墜とす。
日芽香は必死に避けようとしたが、避けきれず、体に直撃、
する前に、粒子となって消えた。
「え」
日芽香も何が起きたのか、不思議な顔をしている。私が放った魔法が消えた。キラキラと光り輝き、写真のエフェクトかのように彼女を縁取った。
芸術と呼ぶには、簡単すぎるもの。だが、こんなことできるのはアイツしかない。
「お待たせ。日芽香、弥生」
声の方向を見ると、箒に乗った赤髪の魔女がいた。
そして、後ろには憎いアイツがいる。
「ありがとう、災厄の魔女。ただいま?でいいかな」
頼りになる仲間、『つぐみ』が帰ってきた。
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