第2片 忘れられた魔女

第2片 忘れられた魔女①

 深夜の公園で一人、ブランコに座りながら下を見る。


「ありえない、ありえない」


 計画は順調だった。完璧だった。

 題して、『つぐとドキドキ!? キャンパス同級生ライフ☆』。

 変装して、つぐに近づき、彼女と普通の大学生活を送る。

 変装が気づかれたら、それはそれでいい。「さすが私のライバルね。さぁあの時の決着をつけるわよ!」と勝負を吹っ掛けるつもりだった。

 気づかれなくても、魔法の証拠を掴み、問い詰める。「こんな簡単な変装も見破れないなんて落ちぶれたわね。さぁ勝負よ」と勝負せざるを得ない状況を作り出せる。

 どちらにせよ、私は『つぐ』と勝負し、そして感動の再会を果たすはずだった。


『り、莉乃なの!? 本当に莉乃なの。嬉しい! 私を探すために東京まで来てくれたんだね! 勝負? そんなことはいいよ。もう君の勝ちだよ。君がいればいい。うん、一緒に帰ろうか、莉乃』


 こうなるはずだった。

 または一緒に四国に帰らないにしても、


『莉乃、私はここでやることがあるから帰れないんだ。勝負は受けるよ。でも君と一緒に帰る約束は無理なんだ。莉乃、私の側にいて欲しい。こっちで一緒に暮らそう。毎朝私のためにお味噌汁を作ってほしい』


 こ、こうなるはずだったのだ!

 せめて、


『莉乃、綺麗になったね。びっくりしたよ』


 これぐらいは言って欲しかった、言ってくれ!

 しかし、現実は、「ごめん、誰だっけ?」の無情な台詞であった。


「何であいつは何も覚えていないわけ!?!?!?」


 ブランコから立ち上がり、大声を出す。

 中学生の時は、私のことを確実に知っていた。つぐは何度も私の名前を読んでくれた。「莉乃の赤い髪は綺麗だなー」、「えっ、クッキー? ありがとう! ぱくっ、うん莉乃の作ってくれるものはいつも美味しいね」、「莉乃、一緒に帰ろうよー」、「莉乃は笑った顔の方がいいよ、ほら笑顔」。色褪せない私の大切なメモリーにしっかりと保存されている。

 それなのに『つぐ』は、名前を変え、私のことを忘れていた。都会の生活が楽しくて、芸術に没頭しすぎて、過去のことなど記憶の奥底にしまい込んでしまったのか。

 まさか記憶喪失? でも魔法の知識はあり、魔女の事情も理解していた。となると記憶喪失の線は考えづらい。都合よく私だけ忘れるなんて無理だ。

 私は毎日、いなくなったあいつのことを考えて、心配していた。なのに、あいつは私のことなんか、すっかり忘れて元気に暮らしていた。私がいなくても楽しい。私なんて必要ない。うぅ、少し涙が出るんですけど……。

 そして私を忘れたこと以外に、許せないことは別にもある。


 それは魔法を、芸術なんかに使ったことだ。


 魔法は、人のために使うものだ。魔法は救済。人々を救うために私たちに与えられた、天賦の才なのである。神聖にして、高潔。悪事に利用するのはもってのほかで、私欲のために使用するのは愚かなことであった。

 そんな由緒正しき魔法を、彼女は芸術などという『お遊び』に使っている。許せない。芸術という名の道楽にうつつを抜かしている彼女を理解することができない。おふざけのために魔法は存在するのではない。

 正義の魔女として、彼女の間違った行いを正さなくてはならない。

 けど、そんな気力もすっかりと失ってしまっている。


「ありえない、ありえない……」


 そして、本当にありえないのが、


「お金がない」


 通帳を手に持ち、嘆く。本当は1週間で四国に帰る予定だった。けれども私の思いつきから、一緒の大学生活を送ることにし、その間はずっとホテル暮らしをしてきた。そしてお金が尽きそうになり、この生活を続けていたら不味いと感じ、彼女にぐっと近づいて、正体を暴いたわけだ。それでこの計画は終わりのはずだった。お金は何とかなるはずだった。

 でも計画は破綻した。連れ帰ろうとしていた女の子はもう東京にはいなかった。彼女の心に『私』はいなかった。


「うぅ……、つぐ、つぐに会いたいよ」


 あの時のつぐに会いたい。私の名前を呼んでほしい。私に微笑んでほしい。私の作った料理を美味しく食べて欲しい。

 これからどうすればいいのだろうか。

 ……もう結論は出ている。つぐのことを諦めて、四国に帰るしかない。つぐが私のことを覚えていない以上、何をしても無駄なのだ。

 私の恋は、


「あれ、本多さん。……大丈夫?」


 あの時と同じ声で、しかし親しくない呼び方で彼女は私を呼んだ。

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