第8片 喪失の魔女⑥
ツグ?
ありえない。
そんなはずはない。あってはならない。
探していた。彼女をずっと探していた。彼女を求めて、東京まで行った。彼女に名前をまた呼ばれるために、ずっと一人で頑張った。
なのに、会えて嬉しいはずなのに、理解を拒む。
「3年以上ぶりだね、莉乃。綺麗になったね。びっくりしたよ。女子、三年会わざれば刮目して見よだね。あれ、男子だっけ? 三日だっけ? まぁ細かいことはいいや。見違えるほど綺麗だよ」
でも、話す度に彼女だと納得させられそうになる。
ツグの妹なら、中学生か、高校生になったばかりのはずだ。なのに出てくる言葉は過去の私を知っているかのようなため口。
違う見た目で、さも彼女かのように振舞う。
「……ツグのはずがない」
出た声は儚い願い。信じられないという否定。
でも、“彼女”は笑って答える。
「あれ疑っている? 私はツグだよ。ちゃんと覚えているよ。莉乃のクッキー好きだったな。何度も勝負したよね。そうだ! 久しぶりに勝負する? 莉乃は強くなったかな? 今なら負けちゃうかもね」
あの日と変わらず、無邪気に話す様子は演技には見えない。本当にツグなのか。どうして妹に“いる”のだ。
彼女は消えたのではない。いた。
どうしてかはわからないが、いた。いたのだ。ありえない。ありえない。あってはならない。そんなはずはない。何だったのだ、私が求めたものは。
どうして、を知るのが怖い。理解したくない。考えたくない。嫌だ。ありえない。
「そっちは災厄の魔女に、幻惑の魔女だね」
後から入ってきた弥生と日芽香に声をかける。名乗ってもいないのにバレている。魔女であることも当然わかっている。面識はもちろんない。調べられているのだ。
そして、日芽香の肩を借りて立つ“彼女”を見る。
「そして姉さんとでも呼べばいいかな。こんにちは、つぐみ」
「……」
つぐみはツグと名乗る女を見ても、何も反応しない。
虚ろな目は何も捉えない。
「あー、魔力が尽きちゃったんだね。うんうん、アイデアは悪くなかったよ。物から感情取り出し、疑似人格を作り出すなんて私にもびっくりの芸当だよ。いつのまにか育っていたんだね。いやいや~感慨深いな。私と学んだ時間は無駄じゃなかったってことだ。一度、私も目の前で姉さんのアートを見たかったな」
すべてバレている。
つぐみが感情を埋め込んで生きていたことも、東京で起きたことも把握されている。
「これはいったいどういうことだぜ、莉乃……」
「……私が聞きたいわよ。妹の中に、探していたツグがいたなんて思いつくはずがない」
さすがの災厄の魔女も狼狽える。日芽香の目もずっと泳ぎ、口を開くことはない。
そんな異様な空気だというのに、ツグと思わしき女は手を広げ、嬉しそうに話す。
「そうだよね、わからないことだらけだよね。混乱するのもわかる、わかるさ。きちんと説明するよ、ツグのこと、この体のこと、古湊家の目的。そもそも最初から説明する気だったんだよ? お迎えをよこしただろ? 素直に従ってくれればよかったのに。そうしたら、私がわざわざここに来る必要もなかったんだよ。まぁ彼女達にもいい勉強になったかな」
高松駅での魔女の襲撃は、目の前の女の仕業だった。わざわざと言いながら、ずっとニコニコと話し、上機嫌だ。
「ごめんね、親衛隊にしては歯ごたえ無さすぎだったよね。やっぱり閉じこもってばかりの実戦経験の少ない魔女じゃ敵わないな~。けど、これからはそういうわけにはいかない」
女は立ち上がり、私を見る。
そのまっすぐな、人を見透かすような青空のような瞳から逃れられない。
「少しだけ長い話になる。だから、ここじゃ莉乃のおばさんに迷惑だよね。それに私も古湊の家から黙って、独断でここに来たからね。今頃大慌てで、怒っているだろう。まぁ残念なことに、私を怒れる人間なんてほとんどいないんだけどさ。っていうことで、莉乃。古湊家まで付いてきてくれるよね?」
日芽香と弥生が私を見る。
古湊家に行くのは、当初からの目的だった。けど突然襲撃するのと、お呼ばれするのでは違う。あんなに意気揚々と立ち向かおうとした心が折れているのを実感する。行きたくない。知りたくない。
しかし、選択肢などない。
それでも私は回答する前に、女に問う。
「あんたは何なの? 本当に私に知っているツグなの?」
信じられない。そっくりだが信じられない。ツグが生きていて嬉しいはずなのに、信じたくない。認めたくない。
「ツグかと問われれば、今はケイだけどね」
今、は?
なら、元は何なのだ。
「あなたは何者なの?」
ツグであって、妹であって、けどそれだけじゃない。
この女はそんなカテゴリーに収まらない。
私の問いに、女は初めて困ったような表情をした。
「うーん、何者か。何者と言われると困っちゃうね。魔女だよ、じゃ納得してくれないよね? 名前を言ってもわからないだろうしな。この通り名なら君たちも知っていてくれるかな」
でもその困惑もすぐに終わる。
彼女はハッキリとした声で、言葉を口にした。
「ハジマリの魔女。私はそう呼ばれていたね」
息を呑む。
ここでその名を聞くとは思ってもいなかった。
『ハジマリの魔女』。
伝説の魔女の名が、ありえない名前が、目の前の女から告げられた。
「さぁ付いて来てくれるよね、莉乃」
私は頷くしかなかった。
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