第7片 偽りの魔女③

「あとはだいたいわかるかな」


 大学生になった。芸術を学んだ。取り戻す方法を必死に考えた。


「上手くいかなかった。莉乃も見たよね? もう『ツグ』の物は残っていない。これが最後の偽りの姿。戻る方法は見つからなかった。芸術を学んでいれば何か変わると思ったけど何も変わらなかった」


 変えられなかった。芸術で人と感動させると意気込んでいたが、自分の心さえ変えることができなかったのだ。

 元に戻る鍵は違ったのかもしれない。でも3年費やしたのだ。戻れるはずがなかった。空っぽだった私の努力を、かすかな希望を否定することはできなかった。


「所詮、まがい物なんだ」


 偽りの感情。絵は上手いかもしれないし、見る目はあるかもしれない。けど、本気で芸術する人には敵わなかった。心の底から湧き上がる感情を具現化する人に敵わなかった。

 

「私は何にもなれなかったんだ」


 そして、消える。

 黙って聞いていた彼女が口を開く。


「何で言わないのよ」

「何でって……、心配すると思って」

「一緒に探せばよかったじゃない。説明してくれれば良かったじゃない。つぐみでいられるように頼ればよかったじゃない」


 でも、それはできない。


「だって、それはツグを否定することだよ。莉乃はさ、ツグを探しにきたんでしょ?私の存在は、偽物は受け入れてくれないって」

「馬鹿にしないで!」


 彼女の大声に、私の言葉は止まる。


「考えるのは私よ。勝手に決めつけないで。私がどんな思いでいたのか、わかっているの? わかっていないよね、だからこんなことになるのよ」

「……ごめん」


 首を横に振る。


「違う、違うわ。つぐみだって辛かったのよ。ごめんの言葉を聞きたかったんじゃない。ごめんなさい。あなたを責めたくなかった。何もできない私が悪い、気づけなかった私が憎い」


 莉乃が辛そうな表情を浮かべる。

 騙していたのは私。偽っていたのは私だ。

 なのに、彼女は自分のことのように責任を感じている。


「ねえ、つぐみ。私は、確かに『ツグ』を探しに東京に来たわ。私のことを覚えていないあんたにカチンときたわ。事情も知らなかったから、芸術に魔法を使っているのも間違いと思ったわ」


 それでも彼女は心を痛めてくれる。


「でも、でもね。あなたと一緒にいる時間は楽しかった」


 『私』を否定せず、認めてくれる。


「ええ、楽しかったわ。この数ヵ月は辛いこともあったけど、生きていた中で1番楽しかった。1番充実していたわ」

「莉乃……」

「あなたは偽物というけど、私にとっては確かに存在した時間よ。つぐみはここにいた。私と一緒にいた」


 力強い口調で彼女が言葉にする。それはどんな魔法よりも強く、

 

「あなたは強かった。あなたの魔法は綺麗だった。あなたの心はまっすぐだった。私よりもまっすぐなのよ。つぐみが一番つらいはずなのに、他の人を芸術で感動させたいってどういう神経よ。自分のことを1番に考えなさいよ」

「自分のこと……」

「あなたは立派な魔女よ」


 私の“心”に響き渡る。

 立派な魔女。私は確かにいた。いたのだ。彼女の言葉で正当化される。あやふやな私が確立される。それが偽りだとしても、存在していた。


「……ねえ、感情があればいいのよね?」


 ツグの感情があればいい。ツグに纏わる思いがあればいい。


「なら、私から奪えばいいじゃない」


 最悪の手段。

 莉乃から『ツグ』への感情を奪う。

 私のことをこんなに思ってくれる彼女の心を奪う。


「そ、それはできない」

「何で」

「そんな都合よく、ツグだけの感情を奪うなんてできない……と思う。色々な思い出ごと奪っちゃうと思う。私に出会う前とか、ここでの暮らしとか、それに魔力だって根こそぎ奪ってしまうかもしれない」

「いいじゃない」

「良くない! 莉乃が空っぽになっちゃうかもしれないんだよ!」


 これは私の問題だ。莉乃が犠牲になる必要はない。

 それなのに彼女は私を説得し続ける。


「でもつぐみは生き延びれる。ツグのこと、つぐみと一緒にいたことを忘れてしまうのは嫌だけど、また一から思い出をつくればいい。あなたは支えてくれるでしょ?」


 簡単に莉乃は言う。簡単に自分を差し出す。


「できない、そんなことできない! 延命させてもいつかは終わりが来るよ。どんなに強い感情でも、戻る方法が見つからなければ意味が無い」

「見つければいいじゃない」

「無理だよ。ずっと探した」

「それは一人だったからよ。一人は無理。でも頼って。私は忘れてしまうかもしれないけど、手伝うわ。困っている人を見逃せないもの。感情や思い出がなくなったってそこは変わらない。きっと見つかるわ」

「無理だって」

「でも可能性はゼロじゃない。日芽香だって協力してくれるよ。笑顔大好きだもの。喜んで協力する」


 正義の魔女は折れない。話は平行線だ。

 私から目を逸らさない。真実を知ってもなお、私と向き合う。

 そんな彼女に偽ることはできない。


「私は嫌なんだ。莉乃が莉乃じゃなくなるのが嫌なんだ。莉乃は生きていて欲しい。変わらず笑っていて欲しい。例え、私がいなくなっても」

「どうしてよ。私がツグとつぐみを覚えているから? 2人のことをこれからも覚えて欲しいとか言うんじゃないわよね?」

「違うよ」

「なら、何よ」


 言葉に詰まる。

 たった2文字が言えない。口にしたら、それは事実となってしまう。この想いを残していくことは、酷だ。


「……そういえば、災厄の魔女はあの後どうなったの?」

「露骨に話を逸らすな。災厄の魔女なら日芽香が見張っているわよ」

「大丈夫、かな」

「大丈夫よ。あんだけ死闘を繰り広げたのよ。一晩寝ても回復しないわ。……もうわかったわよ、電話するわ。電話すれば安心なんでしょ」


 莉乃が携帯電話を耳にあて、日芽香ちゃんに電話する。電話にはすぐ出た。


「え」


 莉乃が驚きの声を上げる。


「逃がしたってどういうことよ!?」


 戦いは、まだ終わっていない。

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