第7片 偽りの魔女④

 私へのお説教タイムを切り上げ、急いで日芽香ちゃんと合流した。

 駅前の人の少ない公園。日曜だというのに日芽香ちゃんは制服を着ていた。


「ごめんなさい。莉乃さん、つぐみさん……、つぐみさんでいいんですよね?」

「うん、私はつぐみだよ」


 自分でそう言い聞かせる。


「良かった、無事だったんですね」


 隣の莉乃がご立腹なので無事とは言えない。それにあと1日しか持たないのだ。


「うん、無事だよ」


 無事とはいえない。


「で、どういうことよ。災厄の魔女を逃がしたって」

「莉乃、そんなに責めないであげようよ」

「責められるのも仕方がないです。きっと理解されないでしょう」


 落ち込んだ表情で日芽香ちゃんが話す。


「どういうことよ」

「災厄の魔女、藤元弥生の夢の中に私は入りました」


 『幻惑の魔女』の力で、夢の中へ介入した。災厄の魔女を笑顔にしようとしたのだ。


「不気味な夢でした。弥生の事情を少しは察していましたが、ここまで真っ黒とは思いませんでした」

「真っ黒」

「ええ、でもつぐみさんみたいにただただ真っ白なわけじゃありません。黒。色々な物が混ざり合って淀んだ場所」


 光りはなく、真っ暗だった。

 夢の中は醜い言葉で溢れていた。

 天変地異が繰り返され、足場は何度も崩れていった。

 人がたくさん死んでいた。血で溢れていた。

 闇。

 人が見る夢とは思えないほどの地獄。


「そんな救いのない夢に私は介入できませんでした。どうしたらいいのか、私にはわかりませんでした。私では笑顔にさせられない。そう思ったのは、二度目ですね」


 1回目の私の顔を見てお道化る。そんなやり取りも気にせず、莉乃が問い詰める。


「だから逃がしたの?」

「弥生は可哀そうでした。彼女の感情は壊れていました。壊れ続けていた。例え、笑顔にしようとしても拒む。かといって闇を増幅させても意味が無い。彼女が立ち直るには、現実でどうにかするしかない。都合の良い夢を見せても駄目なんです。悪だとしても、間違っていたとしても、災厄の魔女である時の弥生は生き生きとしていました。彼女が笑うのは、間違いを犯すとき」

「可哀そう? それで災厄の魔女を見逃せって? 世間を騒がし、人が死ぬかもしれないのよ?魔女は救いでしょ?」

「それがあの人の笑顔のためなら、仕方がないことなのかもしれません」

「ふざけるな」


 莉乃の高まっていた感情が爆発する。


「迷惑な奴のために社会が犠牲になっていい? そんなのは違う。つぐみがこんなにボロボロになって止めたのよ」

「莉乃。気持ちは嬉しいけど、でもね笑顔に差はないよ。一般人でも、魔女でも。それが悪でも、正義でも」

「弥生が皆を不幸にしたら、私が責任を持って笑顔にしてまわります」

「しっかりしなさいよ、日芽香! それじゃ遅い。何か起きてからでは遅いの。取り返しのつかないこともあるのよ!」


 激昂する彼女の肩に手を置き、止める。


「日芽香ちゃんを説得するのは後だよ」

「後って、あんたはもう……」


 後はない。今日一日で終わる。

 それでも私は戦う。


「災厄の魔女を倒した。けど救えなかった。なら、また救えばいい」

「救うって、また戦いになるわよ」

「協力してくれるよね、莉乃」

「……ずるい。こういう時にだけ頼りにしてずるい」


 もう一度戦う。今度こそ救う。


「日芽香ちゃん、災厄の魔女も私達との対決を望んでいるんだよね」

「はい、つぐみさんの言う通りです。場所を指定してきました」


 携帯を出し、地図アプリを見せる。


「今夜、ここで待つ、と」

「ここって」


 東京駅からも近い場所。都会の中に存在する大きな公園。

 日比谷音楽ステージ。


「屋外のライブ会場?」

「ええ、そうです。ちょうど本日、この場所でライブが行われます」


 花火大会に続き、人の集まる会場で騒ぎを起こすつもりだ。

 彼女の悪事は人がいてこそ成立する。

 災厄。人に災いをもたらす魔女。

 それが彼女の笑顔のためだとしても、止めなくてはならない。


「戦うよ、莉乃」

「あんたは戦っている場合じゃないでしょ」

「それでも戦う。莉乃は見逃せないよね。私は莉乃の力になりたい」

「頼らせない奴がいう台詞じゃないわよ」


 最もなツッコミだ。都合のいい時だけ利用する。

 でも、これは私の決意だ。つくられたものじゃない、私の意志。


「莉乃が安心して生きられる未来を選ぶ」


 私がいなくなっても、莉乃が一人で無茶しないようにする。

 最後に、本当の最期に私ができること。


「勝手に決めるんじゃないわよ」


 呆れ口調で彼女が答える。私が折れないとわかっていても、口では抵抗する。


「私の心は決まっているわ。心以前に決まっている、『正義の魔女』としてなすべきことをする。さっさと災厄の魔女を止めて、あなたの結論を出しましょう」


 言葉にはせず、頷く。

 

「何もできずごめんなさい」

「いいんだよ、日芽香ちゃん。私たちがどうにかする。日芽香ちゃんは、どうにかした後を頼むよ。災厄の魔女の今後を頼む」

「わかりました。お任せください」


 今日初めて彼女の笑顔が見られた。

 彼女は逃がした。自分では何もできないと思って、逃がした。被害が出ようともそれが災厄の魔女の救いになると。

 考え方の違い。相談してくれればよかったなど、私からは言えない。人には人の事情があり、気持ちがある。わからないなら、話すしかない。理解できるまで、ずっと続けるしかない。

 ―ずっと続ける。そうできたらいい。終わりはある。終わりがくる。ずっと、は託す。二人に託していく。私が今できることをする。


 莉乃と目が合う。

 覚悟は決まった。

 

「止めるよ」

「ええ」

 

 これで最後にしよう。 


 × × ×


 上空からライブ会場を見下ろす。

 人が沢山いる。まだ昼過ぎだというのに馬鹿みたいに騒いでいる。


「呑気なことだぜ」


 完全に回復したわけではない。普段の5割も魔力は満たないだろう。でもそれはあっちも同じこと。『空間の魔術師』もあの様子だ。ここに来るかもわからない。


「来たら楽しいが、来なかったら仕方ない。天才が来なくても、正義の魔女は止めに来るはずだ」


 例えどんな状況でも、『正義の魔女』は私を倒しに来る。彼女が『正義』を掲げる以上、悪である私を許すことはないだろう。


「今度こそ潰してやるんだぜ」


 次は負けない。私の絶望を止めさせない。


「そして、ここを血で染める」


 さぁ、終わりにしよう。

 終わりの始まり。悪夢の始まり。今日から世界は一変する―。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る