第5片 君と夏④

 鰻を満喫した後は、また神社を訪れていた。


「風鈴の数凄い!」

「これは凄いわね!」


 目の前に広がるは大量の風鈴。

 やってきたのは、氷川神社だ。

 駅から距離はあるが、1500年前の古墳時代に創建されたと伝えられる立派な神社だ。多くの浴衣の観光客が訪れているパワースポット。五柱の神々がおまつりされており、神々はご家族であることから「家族円満の神さま」、またご祭神に二組のご夫婦神様が含まれていることから「夫婦円満・縁結びの神様」として信仰されているとのことだ。恋人の欲しい人や、結婚したい人、付き合ったばかりのカップルが訪れる、恋多き場所である。

 神社側も「縁結び」を声高に主張し、恋愛について書かれた「あい鯛みくじ」、御朱印帳も縁結び仕様、限定お守り「縁結び玉」、赤鉛筆ならぬ「赤縁筆」などグッズのバリエーションも豊富だ。

 そんな乗り気な氷川神社の夏季限定の催し物がこの「縁結び風鈴」である。


「2000個も江戸風鈴があるらしいわ」

「これは凄いね、アートだね」

「そうね。さすがの私も驚くわ」


 風鈴回廊に並べられた風鈴を見ながら、歩いていく。周りにはカメラを向ける姿が多く見られる。フォトジェニックな場所だ。たくさん「いいね!」を貰えるに違いない。

 幻想的な光景に、異様とも思えるほどの音の連続。

 1個の風鈴なら夏の切なさを感じ、涼しさを与えてくれるが、こうも数があると儚げな印象はなく、主張が激しい。ただ「やかましい!」とも思わず、不思議な感覚に襲われる。

 

「へー、願い事を書いて好きな風鈴に着けるんだね」


 目の前で、カップルが仲良く短冊を掛けている。


「私たちも何か掛ける?」

「熊野神社で祈りすぎたんで、これ以上神様には縋りたくないわね」

「そっかー」


 風鈴の下を通るだけなのに、パワーがある。

 恋。愛。縁。

 魔女でなくとも、人はこの気持ちに動かされ、求め、時には壊し、消してしまうことだってある。

 恋は人を変え、人を動かし、人を壊す。

 それほど強大で、だから魔力の源にはうってつけなのである。魔女は恋をする。恋をする魔女は強い。


 そしてそれは私にはない。

 ……はずだった。つくられたものには生まれない感情のはずだった。ありえない。

 なら、この気持ちはどう説明する?

 求め、奪い、生きたいと思う気持ちは。


「……何、ぼーっとしているのよ。また考え事?」

 

 隣の女の子に嗜められ、意識を戻す。

 

「ごめんごめん、何でもない」

「そう」


 彼女はゆっくりと私の手を握った。


「へ?」


 そして私の手を掴んだまま、歩いていく。


「り、莉乃?」

「ぼーっとして気づかなかったら置いていっちゃうでしょ。迷子にならないためよ、迷子にならないため!」


 早口でちょっと怒りながら彼女が話す。

 手を繋いだだけ。

 それだけなのに、体が温かくなり、感情が溢れる気がする。

 ないものがつくられる。あるはずないものが存在する。


「ありがと」


 小さく溢した声は届いたのかわからないが、彼女は嬉しそうな顔で小さく微笑んだ。

 例え、それが偽りだとしても、一時的なまやかしだとしても、説明できなくともこの感情は本物だと思いたい。


 私は、莉乃に恋をしている。



 × × ×

 

「ここも凄いね!」


 絵馬がトンネル状に奉納されている「絵馬トンネル」。約3万枚ある中を手を繋いだ私たちが歩いていく。


「すごいわね。どれもこれも恋愛関係の願いよ」

「本当だ。結婚したい。彼女欲しい」

「運命の人みつけたい。あんまりじろじろ見たら悪いわね」

「すごい、すごいね。感情だらけだ!」

「……あんたの魔力に変えるんじゃないわよ」

「さすがにそんな罰当たりなことはしないよ。こんなにも激しい感情の渦だと、逆に飲み込まれちゃうね」

「見えるの?」

「色として認識できるよ。こうやって片目だけで見ると」

「どんな色?」

「赤と黒」

「聞かない方が良かったわね」


 純粋な感情から、真っ黒な感情まで混ざる。

 私は慣れっこだが、普通の人が見たら怖くて逃げだしてしまう光景かもしれない。

 すべてが正しいわけでない。間違いもいけないことだと否定できない。

 その人の感情次第。

 託すも、縋るも、魔法にするのもその人次第。

 正解なんてない。

 けど、取り返しのつかないことはある。それはわかっている。わかっているつもりだ。

 


 感情だらけの絵馬トンネルを歩き終え、最後に向かったのは神社内を流れる小川。ここで『人形流し(ひとがたながし)』、いわゆる厄払いが行われている。


「川に紙の人形を流して、身に着いた汚れを清めるんだって」

「何よ。私が汚れているっていうの。正義の魔女の、この私が」

「そんなことは言ってないけど、誰だって汚れは持っているよ。動物を食べるのも、植物を食べるのさえも、殺生で汚れること。積み重なったものをここで浄化してくれるんだって」

「そういっちゃキリがないわね」

「色々な考えがあるからね。その時代、人の考え次第。悪魔だって時代によっては天使になるし、神様だって災いとなる。誰だって汚れや、裏や、闇を抱えているんだ。例えそれが超越したものだとしても」

「あんたもそうなの?」

「私は……どうかな」


 きっとそれは私にだってあるもの。


「で、やるの、やらないの?」

「せっかくだからやろうか」


 100円で人形を購入し、説明を読む。

 

 1.三度息を吹きかける。

 2.体に撫でつける。厄、穢れが人形に移ります。

 3.「払えたまえ、清めたまえ」と唱えながら水に浮かべる。


「息を吹きかけ、体に撫でつけたら、自身の念が人形に移るだって。面白いわね」


 莉乃が無邪気に話すも、私はこの小さな紙に感情移入してしまう。

 小さな紙に、念を移し、祓う。

 それはまるで私のようで、同情してしまう。器に感情を移した人形。


「ふー、ふー、ふー」


 息を吹きかけ、紙を手に撫でつける。


「これでいいかな。莉乃もできた?」

「ええ。あとは水に浮かべるだけ」


 しゃがみ、水につける。7月だが小川の水は冷たい。

 莉乃と顔を見合わせ、一緒に唱える。


「「祓えたまえ、清めたまえ」」


 手を離し、ゆっくりと紙の人形は動き出す。じっくりと見ちゃうほどに、動きはのろのろで、徐々に紙は水に溶けていく。

 何とか人形はしめ縄の下を潜り、やがて見えなくなった。 

 残ったのは川の静かなせせらぎ。心がスッキリとし、落ち着いたような気がした。


「よし、綺麗になったわ!」


 高らかに宣言する彼女を見て、つい笑ってしまう。


「何、笑っているのよ」

「いやいや、そんな堂々と宣言するなんて清くないって思って」

「綺麗じゃないって言うの?」


 まっすぐで、ちょっと怒りっぽくて、でも私のことを思ってくれて、表情がすぐに変わる同い年の女の子。たまに見せる仕草は大人っぽくて、見とれてしまうこともある。つぐみの中で、どんどん大きな存在になってしまった人。


「莉乃は綺麗だよ」


 真面目な口調で話した言葉に、彼女は目を大きく見開き、やがて私から目を逸らした。


「そろそろ待ち合わせ時間だね、行こう」


 話しかけるも、顔はまだ背けたまま。

 でも差し出した手を彼女は静かに握った。



 × × × 


 待ち合わせ場所に行くと、待ち合わせ時間の10分前だがすでに日芽香ちゃんは来ていた。


「つぐみさーん、莉乃さーん」


 日芽香ちゃんは浴衣を着ていた。髪も結い、白いの生地の中、赤い金魚が泳いでいる。


「浴衣なんだね、日芽香ちゃん。かわいいー」

「いいわね、風情があるわ!」


 古風な街並みにピッタリな格好で、日芽香ちゃんだけを見るとタイムスリップしたみたいだ。一方で、日芽香ちゃんはちょっと不満気だ。


「逆に聞きたいです。何で二人とも浴衣じゃないんですか?」

「動きやすい」

「戦いやすいからよ」

「バレないように周りに溶け込むように、浴衣にしよう!って考えなかったんですか?」

「どうせ姿はバレているでしょ? 正面からぶつかるまでよ」


 風情のない私たちだ。


「それにしても」


 日芽香ちゃんがニヤニヤしながらこっちを見てくる。


「お二人は仲良しですね」

「はい……?」

「うん……?」


 最初言われた意味がわからず、顔を見合わせる。

 そして、二人とも気づいた。

 手を、繋ぎっぱなしであると。

 慌てて離すも、もう遅い。


「あらあら」

「こ、これは違うわ! つぐみが迷子にならないように!」

「そう、そうなんだ! 私方向音痴だから」

「仲がいいことは素敵です」


 聞く耳持たず、日芽香ちゃんが私と莉乃の間に駆け寄ってくる。

 右手は莉乃の手を握り、左手は私の手を握る。


「わーい、私も仲良しの仲間入りです」


 無邪気な女の子の前では何も言えない。

 3人で横並びに手繋ぎ。並ぶと日芽香ちゃんだけ背がひと際小さく、何だか私と莉乃が両親で、日芽香ちゃんが子供みたいな構図だ。

 「親子みたいだね」、そう口には恥ずかしくてできなかった。

 

「ではでは、災厄の魔女を止めに行きましょうー!」


 こんな能天気でいいのだろうか。

 横を見て、嬉しそうな日芽香ちゃんと、莉乃がいる。

 うん、きっといいんだこれで。



 日は落ち、決戦の場である花火大会へと私たちは向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る