第5片 君と夏③

 都合よく梅雨は明け、本日は晴天なり。


「あっっつ」


 Tシャツ、短パン姿にリュック。周りを見渡すと浴衣姿の人が多い中、比較すると私の格好には風情もへったくれもない。

 けど、これでいい。戦いに来たのだ。動きやすい格好が1番だ。

 

「多いわね、人」


 隣に立つ莉乃も、ノースリーブに、スカートと軽装だ。逆に肌が焼けないか心配になるが、「しっかりと日焼け止め塗っているわ。あんた塗ってないの?」と言われ、逆に塗ってもらった始末だ。正義の魔女は面倒見がいい。

 

「昼からこんなに集まるもんなんだね」

「せっかくだから観光も兼ねているのかも」


 新宿から1時間かからず、乗り換えも少なく行けるとはいえ、頻繁に行ける場所ではない。観光名所でもきっかけがなければ、なかなか行かないものだ。


「じゃあ私たちも周ろうか」

「遊びに来たんじゃないのよ」

「下調べだよ、あくまでも。何か問題あったら見つける。いいでしょ?」

「……それなら仕方がないわね」


 川越。

 東京から北西に位置し、江戸時代に城下町として栄え、今もその名残が残っている蔵造りの町。風情ある街並みは、「小江戸」と呼ばれ、老若男女、国内外問わず多くの観光客が訪れるらしい。私も来たのは初めてだ。


「まずはどこから行こうか」


 そう言って彼女がリュックから出してきたのはガイドマップだ。


「やる気満々じゃん」

「戦いのためよ」


 素直に認めない。付箋が何か所も貼ってあるが、指摘してもきっと否定するのだろう。真面目で、面倒な女の子だ。

 だからこそ、彼女といるのが楽しい。

 

 彼女と過ごした学生生活はさぞ楽しかったのだろう。

 それは『ツグ』の知っていることで、私は知らない。


「ほらぼーっとしてないで行くわよ、つぐみ」


 彼女が名前を呼んでくれる。


「ごめんごめん、待って~」


 それだけが、私がここにいることを証明してくれる。


 × × ×


 最初にやってきたのは駅から近い、熊野神社だ。

 そこで面白いものを彼女が発見した。


「輪投げの運試し?」

「やってみようよー」


 境内の中にある輪投げ舎。そこでお祭りのようなユニークな運試しが、神社の公式?として行われている。

 お賽銭を入れ、その上でかごの中に入った輪を3つ取り、既定の距離から投げる催し物らしい。投じられる輪は3つ。5つの棒が設置され、恋愛運、仕事・学業運、健康運、金運、心願成就運とそれぞれ書かれている。恋愛運に輪を全部投げるも良し。バランスよく投げるも良し。そもそも輪が引っかからなければ駄目だ。お賽銭を多く払えば、課金すれば、何度も挑戦することはできるが、それでは意味が無い。

 やり直しがきかないから運試しの意味がある。


「私の力を見せつけてやるわ」

「莉乃はどこを狙うの?」

「教えたら面白くないじゃない」


 そう言って、彼女が一つ目を投げる。

 投げた先は金運の棒だ。


「おー」


 見事に引っかかる。


「やった」

「お金にがめつい」

「誰かさんのせいで路頭に迷いかけたのよ」

「その誰かさんが助けてあげたんだけど」


 お金大切。何をするにもお金がなければ成り立たない。

 莉乃の二投目は心願成就運に向かって投げるも弾かれた。


「……」

「何かいいなさいよ」

「どんまい!」

「うざい」


 彼女の手に握られた輪はあと一つ。ラストの運試しだ。


「次は入るよ」

「……よし」


 莉乃が真剣な目をして、輪を投げる。

 ふんわりと投げられた輪は仕事・学業運に向かっていく。


「あ」

「あー」


 しかし、輪は弾かれ、横に逸れる。


「お」


 弾かれ輪は運よく、隣の恋愛運の棒に引っかかった。

 

「おー、やったじゃん。恋愛運アップじゃん」

「ね、狙ったんじゃないからね! 狙ったのは仕事・学業運でっ!」

「いいじゃん、いいじゃん。神様の粋な計らいだよ。これで彼氏ができるね!」

「彼氏なんていらないから!!」


 莉乃の結果は、3本中2本成功。金運と、恋愛運アップだ。

 ちなみにこの後投げた私は、全部外れた。狙っていたのは健康運。


「見事に全投外れたわね……」

「いやー、まいったね……」


 本当にまいってしまう。

 神にまで「どうにもならない」と結論づけられたみたいで、少し嫌になる。


「まぁ魔女が神様を信じるのも変な話だけどさ」

「対立するものではあるわよね。神の奇跡と、魔法は。でも気楽に考えていいと思う。ご都合主義でラッキー、アンラッキーぐらいでいいのよ」

「軽く考えるぐらいでいいよね。占いみたいなもんだよねー」

「そうよ、落ち込むんじゃないわよ」


 何だかんだで優しい子だ。落ち込んでいると手を差し伸べてくれる。さすが正義の魔女だ。

 ううん、違う。 


「次、行こうか」

「ええ」


 違うと、いいな。


 × × ×


 少し先に歩くと、また面白いものを発見した。


「蛇!」

「白蛇ね」


 境内に鎮座する白蛇神社。

 2体の『撫で蛇様』と、周りには小さな白蛇の置物が所狭しと並んでいる。


「願いを込めて白蛇様を撫でるとご利益が得られるんだって」

「なるほど。でも蛇、蛇ね……」

「莉乃は蛇苦手?」

「得意な女の子は少ないと思うわ」


 得意な人は少ないだろうけど、苦手ではない。虫よりはマシだ。

 それにこの像は神様。目の前で悪口なんて言えやしない。


「撫でる場所によってご利益変わるんだって。ねえ、せっかくだからご利益の場所知らずに、直感で思ったところを撫でてみようよ」

「いいわね、のったわ」

「じゃあ私は左の蛇さんで、莉乃は右の蛇さんね」


 お互いの撫で蛇様の前に立つ。

 さて、どこを撫でようか。

 頭? 巻き付いている卵? それとも体か。


「莉乃、決まった?」

「ええ、いいわ」

「「せーの」」


 蛇を撫でるシュールな光景だが、互いに真剣だ。

 私が撫でているのは、蛇神様の体部分。


「莉乃は卵を撫でているの?」

「うん。こんなに大切そうに守っているのよ。きっと一番いいこと書いてあるに違いないわ」


 賢いことで。

 一通り撫でたところで答え合わせをする。


「なになに、体は『身体健康』、『病気平癒』だって」

「良かったじゃない。さっきの運試しの分取り返したわ」

「ありがと、そうだね。えへへ」


 素直に嬉しい。神頼みとはいえ、長く健康が続くならそれがいい。


「頭は『学業成就』と『合格必勝』だったのか。受験生用だね。莉乃はどうだった?」

「卵は『金運・商売繁盛』、『出世・開運』……」

「ははは、本当莉乃はお金にがめついね」

「いいのよ! 商売繁盛してやるわ! 魔女としてバンバン出世してやる!」


 魔女の出世とは何だろう。スーパー魔女? 何じゃそりゃ。


「あ」


 莉乃が看板を見て、声をあげる。


「え、どうしたの?」


 私も気になり、看板をもう一度よく見る。

 撫でた場所それぞれの御利益は間違っていない。

 問題は最後に書かれた文だった。


 二匹同時 → 「良縁」「夫婦円満」「家内安全」「職場安全」


「……」

「……」


 思わず無言になってしまう。

 良縁に、夫婦円満。

 顔が熱くなるが自分でもわかる。気まずいので、私から茶化す。


「あ、ははは、夫婦円満だって」

「こ、これ、カップルや、夫婦がやるものじゃない! だ、騙された!」

「べ、べ、別に騙したわけじゃないって! 私も知らなかったから!」

「これだと、それぞれの御利益も打消しよね? 良縁と夫婦円満のせいで金運取り消しだわ!」

「まあまあ、落ち着いて。職場安全も入っているから、これからの私たちの安全も保障されたと思って~」

「ううう、やられた」


 仲が良いのはいいことだ。

 これからも円満がずっと続けばいいのに。

 そう願ったら、撫で蛇様だって困ってしまうだろうか。


 × × ×

 

 神社のあとは街の散策だ。

 川越一番街の小江戸の街並み、風情を楽しむ。

 歩いていると、『時の鐘』の音が聞こえた。


「おー」

「ちょうど聞こえたわね」


 「時の鐘」は周りの建物より少し高い鐘つき堂で、川越のシンボルである。

 午前6時・正午・午後3時・午後6時の1日4回しか音が聞けない。狙ってでもないとなかなか聞けない、レアリティの高いものだ。

 時の鐘。名前から魔術的な要素を感じるが、そういうことはないらしい。タイムスリップしたり、時が止まったりはしないみたいだ。


「ねえ、莉乃知っている?」

「知らないわよ」

「まだ何も言ってないんだけど」

「何よ」

「時の鐘を一緒に聞いたカップルは末永く幸せになるんだって」

「うなっ!?」

「嘘だけど」

「ど突き倒すわよ」


 怖い顔で睨まれたと思ったら、ぐーと音が聞こえた。


「莉乃の鐘から音が」

「くううううう」


 軽く肩を叩かれた。


「ご、ごめんって。ちょうど正午だもんね。莉乃ちゃんもお腹すいちゃうよね」

「子ども扱いすんな」

「大人も子供も関係ないよ。何か食べようか」


 歩いている途中におさつチップや、ポテトパイ、生どらなど見かけたが、それらは食事というよりはデザートだ。

 何が食べたいか聞こうと思って彼女を見ると、俯きがちに呻いていた。

 

「う、う」

「う? もしかして鰻?」

「う、うん。うなぎはさすがに高いわよね……」


 鰻。莉乃の言う通り川越は鰻が有名だ。

 しかし、高い。安くても3000円以上はくだらない。平気で5000円は越していくだろう。

 でも、値段を気にしている場合ではない。


「いいよ、いいよ。せっかくだから行こうよ」

「ふへ? い、いいの」

「うん!」


 彼女の笑顔が弾ける。


 これが最後かも―。

 そう思って、後悔のないようにしていくんだ。


 × × ×


 せっかくだからと、私の奢りで1番高いうな重を頼んだ。

 戦いの前の食事なのだ。エネルギー補給は大事だ。

 うな重を前に、莉乃は目を輝かせ、頬はあがり、嬉しそうに食べている。


「莉乃ってご飯嬉しそうに食べるよね」

「いいじゃない。美味しいものを美味しいと思うのは良いことでしょ」

「悪くないよ。見てて楽しい」

「……見てないで、食べなさいよ」


 鰻を食べた記憶はあるような、ないようなで曖昧だが、こんなに美味しい鰻を食べたのは初めてと言えよう。


「美味しいね、莉乃」

「ええ、美味しすぎるわ。大満足よ」

「良かった」


 彼女の笑顔に”無い”心が満たされるのを感じる。

 幸せ。

 きっとこれが幸せっていうのだろう。


 ごめんね、『ツグ』。

 あなたの知らない莉乃を私は知っている。あなたの方が過ごした時間は多いかもしれないけど、私の方がずっと濃い。

 同棲に、デートに、共闘。 

 こんな刺激的な日々は中学生のあなたには送れなかっただろう。


 ……なんて、『自分』に嫉妬してみたり。


「次はどこ行こうか」

「まだ時間はあるわね」

「すっかり目的を忘れちゃうよ」

「忘れるなって言いたいけど、この美味しさを前には忘れちゃうかも」

 

 けど嫉妬なんて無意味だ。

 だって『ツグ』、私はあなたの部分を彼女から奪うことができるから。無かったことにもできる。

 私だけの思い出にすることだってできてしまう。


「まだまだ今日は長いね」


 忘れられない、忘れたくない一日は続く。

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