第5片 君と夏②
「こちらから連絡しようと思っていたのでちょうど良かったです」
夕方、待ち合わせした日芽香ちゃんと入ったのは、パンケーキ屋さん。4名席に、私の隣に莉乃が座り、対面に日芽香ちゃんが座る。
私服姿の私たちと、1人制服姿の彼女。どういう集まりだろうと周りから見たら不審に思われるかもしれない。魔女のお茶会、とは誰も思わないだろう。
目の前には分厚いパンケーキが並ぶ。「バイト先で聞いた」と莉乃チョイスで選んだお店だったが、評判以上に美味しい店だ。この甘さ、量、見た目。これこそ真の芸術なのかもしれない。
「ごめんね、学校だったんだよね」
「いえいえ、今日は部活が休みだったのでちょうど良かったです」
日芽香ちゃんがパンケーキをもぐもぐしながら答える。
「部活? 何やっていっているの?」
「演劇部です」
「へー、面白そうじゃない。役者?」
「うーん、だいたいは裏方ですね。たまにシナリオ書いたりもします。皆を笑顔にするのが楽しいですね」
「そうなんだ、いいね~」
日芽香ちゃんは、小学校までは香川に住んでいたが、中学1年生の頃親の仕事の都合で東京都に引っ越しをしたらしい。ご両親は魔法は使えない一般の人で、日芽香ちゃんは魔女としての素質は隔世遺伝とのことだ。なので、家庭内では魔女のことを話さず、中学校も普通の学校に通っている。魔女であることは隠し、普通の学校生活を送っている。
「お二人は今日何をしていたのですか?」
「私はお昼の最初の授業が終わって、その後莉乃と合流したよ」
「そうね。私は朝からこの街のパトロールをしていたわ。困っている人を助けるのと、異変がないかの調査。お昼過ぎにはつぐみと一緒に街を歩いたわね」
「美術館に1時間ぐらい行って、面白い建物探して」
「クレープ食べて、古着見て」
私と莉乃の話を聞いて、日芽香ちゃんがこう答える。
「デートですか?」
「うーん、デートかもね」
「違うわよ!」
莉乃がムキになって否定する。あくまで『正義の魔女』によるパトロールらしい。律儀なことで。
「で、本題に入ろうか、日芽香ちゃん」
パンケーキを食べ、仲良く世間話をしにきたのではない。
欲しい情報は、『災厄の魔女』の動向。
「あの人からメッセージが届きました。これを『空間の魔術師』と『正義の魔女』に届けて欲しいと」
「空間の魔術師って私のことだよね? いつの間にそんな名で呼ばれるように……」
「アートアクアリウムに、プロジェクションマッピングのようなアート。確かに空間を操っているわね、あんたは」
魔術師、マジシャン。魔女ではない、何か。中途半端な私には、彼女の言う通り、ピッタリなのかもしれない。
「メッセージ開きますね」
そう言って、外部に音が漏れないように結界を張る。
『やあやあ、お二人の魔女さん。お待たして悪いね。仕事が忙しくて、悪い悪い。本当にやんなっちゃうぜ』
流れる声は、以前聞いた声と同じだった。
『明後日、行動を起こす』
緊張が走る。隣の莉乃も背筋を伸ばす。
『どこで起こすかは教えたらつまらんだろ? けど、気づかれないのもツマラナイと思うんだぜ。なので、ヒントを出そう』
楽しそうに話す魔女。楽しいのだろう。ワクワクする気持ちを抑えきれないのだろう、欲望を、自身の我儘を。
『私の嫌いなものを教えてやろう。人混み、カップル、花、イベント、音、光。……ヒント出しすぎか? 気づかれるぐらいでいいか』
気づかれてもいい。余裕だ。
『まぁいい。待っているんだぜ。絶対に来いよな。楽しいものを見せてやる』
音声が終わり、沈黙が流れる。
最初に口を開いたのは日芽香ちゃんだった。
「何かが起きるのは明後日、土曜日です」
「そうだね……、土曜日」
用意する時間はあるが、十分とは言えない。
「だいぶヒントを出したわね。見つけてくださいとばかりに」
「人混み、花、イベント、音」
思いつくのは空に咲くアート。
「花火大会」
「ええ、おそらくその線でしょう」
「ちょうどあるの?」
「事前に調べてきました」と言い、日芽香ちゃんがノートを取り出す。可愛らしい字だ。
「花火大会、3つあるんだね」
「はい、でも仙台は外していいでしょう」
「熱海もさすがにないわね」
「となると残ったのは」
川越。
「7月だったっけ?」
「今年は諸事情もあり、早めの月になったららしいです」
「なるほど。ともかくここでほぼ確定だよね」
埼玉なら東京からも近い。『災厄の魔女』が行動を起こすにはちょうど良い場所だろう。
ふと隣の彼女を見ると、静かに俯いていた。
「莉乃、どうかした?」
顔を上げ、こちらを見るが、焦点があっていない。
「……ううん、何でもないわ」
ここを見ていない。どこか遠くを見ている目。
戦いを前に怯えているのだろうか。
それとも。
「各自準備して、当日現地に集合ってことでいいかな」
「はい、大丈夫です」
「……ええ」
決戦の日は決まった。
『災厄の魔女』が何を考えているか、わからない。けど、大勢の人が危険に及ぶ可能性がある。それに人々の楽しみにしている心、感動を奪う。そんなことを私が許してはいけない。
「止めよう」
私の声に、二人が力強く頷いた。
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