第1片 飛べない魔女③

「何にも、いない……」


 大きな水槽に何かいるのか、と目を凝らしたが何もいなかった。かつては何かいたのかもしれないが、展示写真も、名前も書かれていないのでわからない。

 小さな水槽には魚が数匹いたがその程度だった。ペンギンもいないし、イルカも、アザラシもいない。

 人もいないけど、魚も存在しない。

 でも蛙はいた。蛙だけは30種類いた。何故、蛙?誰が蛙を見るというのか。カエルマニアがいたら申し訳ないけど、仮にも水族館と名を売っているのだから、せめて魚をだね。


「駄目だこりゃ」

「そうだね古湊さん……」

「地方でも、もっとまともな水族館あるよ!」

「そうかもだけど」

「これなら熱帯魚のスクリーンセーバー眺めている方がマシだよ!」

「言いすぎですよ、古湊さん」


 VRゴーグルをして、スキューバダイビングのゲームをしている方がよっぽど有意義だ。うちにゲーム機器はないけどな!


「私は、こうやって古湊さんと歩いているだけで楽しいですよ?」


 さっきからため息ばかりの私といて楽しいだなんて、変わった子だ。


「そうかなー? せめてデートなら、話が膨らむ展示があるべきでしてね」

「で、デートって古湊さん、そんなぁ……」


 うん?前島さんが足を止めてもじもじしていた。

 よくわからない子だと思ったが、ちゃんと話したのは今日で2度目。よくわからないのも仕方がなかった。


 話も膨らまず、30分もせずに館内を見終わってしまった。

 見る所も、やることもなくなったので「とりあえずお昼タイムにしましょうか」と前島さんが提案してきたのだが、


「お店もない、購買もない」


 かろうじて自販機はあったが、ほとんど売り切れだった。奇跡的に残っているのはサイダーのみ。炭酸水では空腹をしのぐことはできない。朝、地元のコンビニで買ってこなかった自分を恨む。ここまでのひどさは想定外だ。

 へこむ私に彼女が声をかける。


「こ、古湊さん!」

「何? お前はそこら辺の雑草でも食ってろよって?」

「そんなこと言いません!」


 だんだんと前島さんを揶揄うのが楽しくなってきた。反応が良い。イジルとなかなかに面白い子だ。

 大きな声を出した彼女はバッグをがさごそ漁り、そして少し大きな箱を取り出した。


「お弁当持ってきました」

「おー、さすが前島さんだね、女子力が違う。じゃあ私は昼寝をしているから、ゆっくりお食べ」

「たくさん作ってきたので、一緒に食べましょう!」

「何ですと!?」


 天使。

 天使がいた。白いワンピースなので、さらに天使に見える。


「い、いいの?」

「もちろん、早速食べましょう!」


 友達っていいもんだ、と思う現金なやつ。私だけど。


 早速木陰のベンチに座る。包みを開くと、中にはけっこうな数のサンドイッチが詰まっていた。


「おお、凄い。前島さんが作ったの?」

「味に自信はないけど、そうです」

「偉い、凄い、天使!」

「天使?」


 彼女が首を傾げる。その仕草にも天使のいじらしさが垣間見える。


「さぁ古湊さん、食べてください」

「うん、それじゃあ遠慮なく。いただきます」


 手をそっと前にかざす。前島さんをちらりと見る。見た目は何も怪しくない。けど、彼女に気づかれないように、念のためお弁当の上に手をすっと走らせる。

 うん、変な魔力は感じない。 


「では、いただきます」


 食べる合図をし、手にしたサンドイッチを口に運ぶ。

 もぐもぐもぐ。


「美味しいー」

「ほ、ほんとですか?」

「ほんと、ほんと。レタスがシャキシャキとしていて、トマトも新鮮でいいね。野菜って上手いんだな……」


 バランス悪い食事をしているので、野菜の素材の味に感動を覚える。


「よかったぁ……」

「こっちも食べていいかな?」

「もちろん! そっちはツナサンドです」


 種類も豊富で、お店で食べる以上の充実度だ。

 普段はそんなに食べるキャラではないが、美味しすぎて私が半分以上も食べてしまった。


「ごめんね、私ばかり食べちゃって」

「いえいえ、美味しく食べてくれて私こそ感謝です」

「普段から料理作るの?」

「ええ、小学校の頃からよくつくっていたんですよ。友達にクッキーを配ったりしていました」

「いいなー、私も同じ学校だったら毎日食べたのに」

「そうですね、大学だけじゃなく昔から会っていたらもっと仲良くなれたのに」


 彼女が優しく微笑んだ。

 


 すっかりお腹いっぱいになり、「ピクニックも終わりだ。さぁ帰ろう!」という気分だったが、まだ13時を過ぎたばかりだった。18時までは長い。

 「次は別々で館内をもう1周してみましょうか」と前島さんが提案してきたので、私はその案に乗り、個別に行動を開始した。

 けど、2周目でも新たな発見はなく、さらにどうしようもない場所であると悲壮感が募るばかりだった。せっかく来たのだから1つぐらい企画アイデアを出したいと思うも、ただの学生には何もできることはない。


「もう駄目だ」


 私もその言葉に同意だ。

 ……え、どっから声が?

 あたりをキョロキョロと見渡すと、いた。

 石の階段に女性が座っていた。私よりは年上そうだが、まだ20代半ばぐらいの見た目。短めの茶髪に、デニムのショートパンツ姿はアクティブな印象の格好だが、うなだれる姿はネガティブだった。


「どうしたんですか?」


 私の呼びかけに女性が顔を上げる。


「どうもしないよ、どうにもできないんだ」


 諦めモードな女性は、ここの水族館の館長であった。

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