第8片 喪失の魔女⑤

「どうする?」


 日芽香と弥生に問いかける。

 相手は三人。真っ黒なフードを被り、表情は見えない。


「戦ってもいいぜ」


 弥生は戦う気満々だ。

 人数的にはこっちが有利だ。だがこっちにはつぐみがいる。彼女を守りながら戦うとなると思うように戦えないだろう。

 まずは交渉だ。


「ねえ、あなたたちは誰?」

「答える必要はない」


 偉ぶった物言いだが、声は若い。高校生、もしくは私と同じぐらいの歳だろう。


「何が目的?」

「行けばわかる」

「何処に連れていく気?」

「ついて来い。悪いようにはしない」


 話しては否定ばかり。埒が明かない。


「どこの差し金? 四国全体の魔女の考え?それとも」


 なら、こっちから提示する。


「古湊家の差し金かしら」


 先頭の魔女は動じないが、後ろ二人の魔女は動揺した。

 甘い。

 それともこれぐらいの魔女で私たちを止められると思ったのだろうか。舐められたものだ。

 しかし、狙いははっきりとした。

 敵は古湊家。

 意図はわからないが、古湊家から仕掛けてきた。後ろに聞こえるように大声を出す。


「逃げるわよ。飛ぶわ」

「待ちくたびれたぜ」


 敵が構える前に災厄の魔女が唱える。


「ライトニング」


 光が炸裂し、辺りが真っ白になる。

 一瞬の間で髪留めを外し、箒に変え、空に飛び立つ。手にはつぐみを抱えて、だ。

 体が浮き、空に浮く。

 後ろを振り返ると、しっかりと日芽香と弥生がついて来ていた。合図もしていないのに息がピッタリだ。動きやすい。


「援護頼むわ」


 つぐみを抱えているので、私は飛ぶのに精いっぱいだ。


「わかったぜ。攻撃は任せな」

「あんまり被害出すんじゃないわよ!」

「それは相手次第だぜ?」


 敵は遅れながらも、箒に乗り、こちらを追いかけてくる。


「莉乃さん、どこに向かいますか」

「当初の目的通り、徳島。私の実家よ。ついてきて」


 そう言いながらもつぐみを抱えているので、速度はあまり出せない。後方の敵の距離が着実に迫ってくる。


「弥生」

「わかっているぜ、任せな」


 災厄の魔女が手をかざす。


「ヘイル」


 唱えると、雲が出現し、広範囲に氷の刃が飛ぶ。

 後方の魔女たちは慌てて避けようとするも避けきれない。


「何よこれ!」

「こんなに強いって聞いてないわ」


 敵から嘆きが聞こえ、同情してしまう。敵対した時は厄介だったが、仲間となった今は頼りになる強い魔女だ。

 それでも刃を恐れず突っ込んでくる敵も一人いる。


「任務を遂行するのみ」


 リーダー格と思われる魔女は攻撃を受け、真っ黒なマントも破け、肌から血が流れるもスピードは弱めない。

 

「すべては魔女のために」


 その瞳には強固な意志が宿っている。


「はは、狂っているな」

「あんたが言うんじゃないわよ、災厄の魔女」

「私にお任せください」


 日芽香がそう言うもすぐに行動はせず、敵のリーダー格の魔女がどんどん近づいてくる。

 追いつかれる。


「日芽香!」


 彼女の名を呼ぶと、ニッコリと笑い、敵を見た。


「よい夢を」

「な」


 『幻惑の魔女』の夢へ入るための、強制睡眠の魔法をモロにくらった。


「う、ぅわ……」


 飛んできた魔女は一瞬で眠りにつく。ここは空の上。当然、跨った箒は離れ、魔女は空から落ちていった。


「えぇ……」

「えげつない」


 災厄の魔女も引いている。


「だ、大丈夫ですよ! 下は海、海ですから!」

「下が海でもこの高さなら軽く死ねるぞ」

「それに瀬戸内海を甘く見るんじゃないわよ。もう少し先の鳴門付近だと渦潮が発生していて、飲み込まれるわ」

「わ、わたし、助けてきます!」


 今すぐにでも助けに駆けだしそうな日芽香だったが、どうやら後方にいた二人の魔女が落ちた魔女の救出に向かったみたいだ。仲間を見捨てるほどの忠誠心はなく、良かった。敵が海に落ちる前に無事助けられたのを確認できた。

 

「……結果オーライね」

「すみません、やりすぎました」


 ただ日芽香のおかげで、追手は撒けた。


「もう少しよ、私の実家は」


 風に逆らい、空を駆ける。


 × × ×


 高度を下げる。

 目立つ魔法飛行だったが、あの追手以来何も動きが無く、徳島市まで問題なく辿り着くことができた。


「かわいい家ですね」

「いかにも魔女の家って感じだな」

「ありがと。周りにはお洒落な家と褒められているわ」


 久しぶりの実家だ。市の中心からは少し外れた、自然豊かな場所に私の実家はある。父と母と、私の3人の家。

 たまに連絡はしていたけど、勝手に一人娘が東京に行ったことは怒っているだろう。

 扉に手をかけるもなかなか開けられない。


「早く入ろうぜ」

「わかったわよ、あーもう!」


 玄関に入る。懐かしい匂い。変わっていない実家の光景。


「ただいま」


 私の声に反応し、駆けてくる音がし、母が姿を現した。


「急に帰ってくるなんて、どういうことなの」

「ごめん、今は説明している暇がなくて」

「お邪魔します」

「お邪魔するぜ」


 そう言って、後ろの二人も上がる。


「あらあら、大勢で賑やかね」

「ごめんなさい、急に押しかけちゃって」

 

 日芽香が謝るも、母親は上機嫌だ。


「いいのよ。賑やかな方が楽しいもの」

「悪いわね、連絡せずに」

「ツグちゃん、調子悪いの?」


 日芽香にもたれ、無言なままのつぐみを見て、母はそう言う。


「長旅でお疲れなのよ」

「あらそうなの。あんたは元気そうね」

「……どうかしらね」

「まぁいいわ。さぁお客さんが増えたから私も張り切らなくちゃ」


 母の言葉に引っかかりを覚える。

 客が、増えた?嫌な予感がする。


「増えたって、他に誰か来ているの?」

「そう、あんたにお客さんが来ているわよ」

「客? 誰よ?」

「ツグちゃんの妹さんよ」


 は?


「ケイちゃんだって」


 慌ててリビングへ駆ける。

 そこに彼女は座っていた。呑気にクッキーを食べながら、こっちを向く。

 ツグの妹。背は小さく、華奢な体。会ったことは何度かあった気がするが、話した記憶はない。

 でも、やはり似ている。振り向いた顔は、ツグの中学時代にそっくりだ。そりゃ妹だ。似ているに決まっている。


 そして彼女は口を開く。


「やぁ久しぶり、莉乃」


 顔も声色も違う。

 でもあまりにも似た調子、似た様子。

 その穏やかな表情はあの人を思い出してしまい、私は自然と問いかけてしまった。


「……ツグ?」


 彼女は目を細め、微笑んだ。

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