第10片 傍観の魔女
第10片 傍観の魔女①
私はいつも見ていた。
「さすが古湊君だ。皆も彼女をお手本にするように」
「先生、それは無理です。稀代の天才と一緒にしないでください」
「それもそうだな、はは。先生にも無茶な話だ」
意識がある頃から、私の中には2人がいた。
『ツグ』の中に、彼女と私がいた。
「先生、そんな褒めないでくださいよ」
「いやいや、褒めるさ。今月提出してもらった課題も素晴らしかった。よもや新しい魔法を生み出してくるとは」
「単なる応用ですよ」
「それが簡単にできたら苦労しない。さすが『ハジマリの魔女の再来』だ」
そう、言われると彼女はいつも嬉しそうにしていた。
『再来』、その通りだった。
彼女はかつて『ハジマリの魔女』と呼ばれた凄い魔女だった。
そんな彼女が私の中に一緒に存在する。
いや、同列ではない。ほぼ彼女が『ツグ』であり、私は一部分だった。
私は凄い『ツグ』を見ているだけの存在。
紛らわしいので自分のことを『つぐみ』と密かに呼んでいた。
『見』ているだけの『ツグ』ということで、『ミツグ』にしようとも思ったが、語呂と印象が悪いので『ミ』を『ツグ』の後ろに持ってきて、『つぐみ』にした。
ツグの大部分を占める彼女と、『つぐみ』は違う。
私は暗い。
天才で、何でも持っていて、かっこよく、可愛く、愛想よく、誰にでも優しく、話し上手な彼女とは違う。先生も一目置くほどで、皆が尊敬してた。
彼女は人前で泣かないし、怒らない。楽しそうにしているが、悪くいえば揺らがない。彼女の心は平たんだった。
でも、それでも圧倒的な才能を持っていた。
さすが伝説と呼ばれた魔女だ。
彼女は何でも完ぺきにこなし、けど嫌味なく、沢山の人の中で光り輝いていた。
私はいつも見ているだけで、何もすることなかった。
『ツグ』の世界を鑑賞できるだけで私は満足だった。私の知らない世界を見せてくれた。ツグの一部として生きているだけでワクワクして、楽しかった。
彼女はよく私に話しかけてきた。
『なぁ、今日も楽しかっただろ』
「うん、空を勢いよく飛んだり、新しい魔法を生み出したり、楽しかった」
『魔法で何でもできる。私は何でもできる』
「そうだね、あなたは何でもできるよ。あなたがいるから、ツグは凄い魔女でいられる。あなたがいなかったら私は何もできなかった」
『それは違うよ。私も、君がいないと何もできないんだ。君の感情がないと、君の魔力がないと私は動けない。私と君がいて、はじめてツグでいられる』
魔法を使うには、魔力が必要で、その源は『感情』だった。
私の羨む気持ち、楽しむ気持ち、驚く気持ちが『魔力』に変わる。私が魔力の源であった。
私が上手く扱えない力を、彼女が行使する。
そうやって私たちは、一人の女の子の中で共存して生きてきた。中学生にしてその力は強大すぎて、魔女の中で1番の実力を持っていた。
私は、そんな凄い彼女の一部でいられることが誇らしかった。
本当の私は駄目な人間だ。隅っこで絵を描いているような暗い子。ツグにはなれない。敵わない。
そして、それは私だけじゃない。
誰だってツグに敵う人はいなく、誰も挑もうとすらしなかった。
――ただ一人彼女を除いて。
「負けないわ、ツグ!」
本多莉乃。
同級生の彼女だけが、何度もツグに挑んできた。
彼女は何度も負けた。一度も勝てそうなことはなかった。完膚なきまでに負けた。もう挑んでくることはないと、私は何度も思った。
それでも彼女は立ち上がり、何度もツグに挑戦してきた。
莉乃は違った。
ツグに何度負けても立ち向かう、強い女の子だった。
そんな彼女のことを、私はかっこよく思った。
勝てない、敵わないと諦めている私と、莉乃は違った。
「ほら、クッキーよ」
憎むべき相手のはずなのに、ライバルのはずなのに、莉乃はこうやってお菓子を時々くれた。優しい。彼女がつくるお菓子はとっても美味しく、ツグは「甘いのは好きじゃない」とあまり好みじゃなかったみたいだけど、私は大好きだった。
かっこよくて、料理が出来て、優しくて、表情がコロコロと変わる素敵な赤毛の女の子。
彼女が羨ましかった。
ツグに立ち向かい、対等の位置でいようと努力する強い女の子。
私は彼女になりたかった。
莉乃の姿が眩しかった。
――私は、彼女に恋をしていた。
魔力が生まれた。
『いいよ、私。最近どんどん魔力が強くなっている。どうかした? 何かあったのかい?』
「……どうもしないよ」
『恋でもした?』
「……してない」
『そうか、そうか。私は否定しないよ。恋はいいものだ。魔女にとって不可欠といってもいい』
「……教えない」
『残念。まぁ、思春期というのはそういうものだ。秘密があるから女の子、魔女は強くなる。いいことだ、とてもいいこと。そうだ、一日にだけこの体から出てやるよ。一日だけ、君の思う通りに行動していい』
「い、いい! それは望んでいない」
『たまにはいいだろう。これは私のためでもあるんだ。たまには違う体にも入っておかないと、いざという時に、ね。頼むよ、ワタシ。すぐに戻ってくるからさ』
「一日だけなら……」
そういって彼女は、妹のケイに一日だけ移動し、私は一人ぼっちになった。
その日は土曜日だった。学校もなく、普通にしていれば人と会わない。一人で静かに街を歩いて過ごそう。
そう思っていたのに、私は魔女に捕まった。
「いた、ツグ。勝負しなさい!」
「え」
本多莉乃に、私が恋する女の子に勝負を挑まれた。
「何よ、いつも通り勝負よ」
「きょ、今日は調子が悪いから……」
「らしくないわね。熱でもあるの?」
そう言って彼女が私のおでこに手をあてる。
莉乃が私に触れる。
触れる。
頭がショートする。
「莉乃さん、だ、大丈夫ですから」
必死に声を出すも、今度は怪しまれた。
「莉乃さん? さん? どうしたの今日のツグは可笑しいわね。頭でも打ったの?」
ヤバい。簡単に見透かされる。
バレたら私に怒られる。
演じろ。演じるんだ。
私が一番『ツグ』を見ているんだ、いつも見ている通りにやればいい。
「莉乃ごめん。寝不足でさ。昨日勉強しすぎて」
「そうなの?って、ぶっちぎり1位のくせにさらに勉強? 嫌味なの?」
「嫌味じゃないさ。ともかくごめん。今日の勝負はお預けでスマナイね」
私は1人だった。彼女がいたなら上手くやれたはずだった。
一人だとしても、莉乃が相手じゃなかったら軽くあしらうことができたはずだ。
けど、私は混乱していた。
ツグなら、ツグならこの後どうする? 勝負しない、となったらどうする? どうしたい? 私ならどうしたい?
混乱の末、とんでもないことを口にした。
「そうだ、莉乃。その代わりにデートでもしようか」
「はい!?」
言われた莉乃も、言った私も驚く。
はい!? 何っているの私!? 自分で言っといてバシバシとツッコむ。
「じょ、じょうだっ」
「い、いいわ、どこかに行きましょう」
「へ?」
今思えば、これが転換点だったのかもしれない。
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