第9片 ハジマリの魔女⑤
「後戻りはできないかもしれませんよ」
「それでも私はやる」
得ノ姫につき、古日山家への交渉は成功した。
眠っている彼女を見る。
「……」
いつものように眠っているのではない。彼女の夢の中へ入るために眠らせたのだ。
「日芽香、行ってくるわ」
「絶対に帰ってきてくださいね」
「ええ、絶対に帰ってくる。つぐみと一緒に、ね」
「はい!」
彼女から教えてもらった魔法を唱える。
瞬間、私の意識も吹っ飛んだ。
× × ×
……ここは何処だろう。
ゆっくりと目を開けるが、何も目に入ってこない。
真っ白。
世界は真っ白だった。
体を起こす。
地面もないが、どうやら地面という認識はできるらしい。立つことができる。
「ここが日芽香の言っていた、つぐみの夢の中」
本当に何もない。
自分がどこにいるのか。生きているのか、ここが本当に夢の中なのか、頭が可笑しくなりそうだ。
「……ここから探すなんて無茶な話ね、本当なら」
けど、無茶なんかじゃない。
日芽香との一日の特訓の成果を思い出す。
× × ×
移動の最中も彼女の教えを請うた。
「夢に入るのは危険なんです」
普段はのほほんとした彼女も、今日ばかりは真剣な顔で話す。
「確かに危険な魔法だけど。人の心を変えることだって悪用すればできるわけだし」
「人の考えを変えるのが危険、ということではありません」
「魔法をかける側が危険だっていうの?」
「そうです、その通りなんです。夢へ介入するのは一種の自分の魂を飛ばしている、仮死状態といっても違いありません」
「日芽香は恐ろしいことを繰り返していたのね……」
魂の移動。それはハジマリの魔女もやっていたことだ。そう、伝説の魔女とほぼ同じ原理の魔法をこの小さな女の子は多用していた。
「といっても、自分の魂の全部を飛ばしているわけではありません。一部、自分の意識を別個体で共有している、分かち合っているといった方が近いかもしれません」
なかなかに難しいことを言う。魂、意識、共有。魔法を習っているとは思えない時間だ。
「大事なことは、夢であるということを自覚しづけることです。自己を保ち続ける。そうしないと夢に影響され、のまれます」
のまれる。
介入しにきたはずなのに、逆に意識を染め上げられる。影響を受ける。自分が自分でなくなる。
「もし、仮によ、のまれた場合はどうなるの?」
「現実に帰って来れなくなります。つまり、それは」
「死です」、彼女は表情も変えずに言ったのだ。
生半可な覚悟でやってはいけない禁忌の魔法。
それでも私は実行した。
× × ×
手をグー、パーと繰り返す。動く。きちんと感覚がある。
意識がある。
自分が『本多莉乃』であることがわかる。
「第一関門は突破ね」
そして一緒にペンダントも、携帯電話も持っている。
忘れない。
自分であることを忘れない。
彼女のことを思い続ける。
「でもまだ序の口」
ペンダントを手に持ち、力を込めて、握る。
ツグの写真が入った、彼女からもらったプレゼントである、それを利用する。
「示せ、導け」
魔力と想いを込めると、ペンダントは浮いた。
そして、動き出す。微力ながら方位磁針のように、方角を示した。
真っ白で何も見えないけど、こっちに何かある。
その希望を信じて私は歩き出した。
「……わからない」
真っ白な中なので、自分が進んでいるのか、近づいているのかは不明だ。どこまで続くのだろう。5分ぐらい歩いた気がするが、30分な気もするし、3時間経った気もする。
時間も、場所もわからないことがこんなにも不安になるとは。いや、揺らぐな。落ち着け。一瞬の揺らぎですぐに自分を失ってしまう。
頑張れ、自分。
自分を必死に励まし、一歩ずつ進む。
「……つぐみ、いるの?」
それでも終わりのない白に不安は襲い、言葉にでもしないと心は折れそうになる。
その時、
「いてっ」
壁にぶつかった。
何も見えないが、もう一度手を前に出し、確かめる。
物体がある。少し横に移動するもそこは壁で、私の目の前だけではないみたいだ。
行き止まり?、だろうか。
それとも……。どちらにせよドアノブは無いし、軽く叩いてみてもあちらから開くことはない。
ペンダントは変わらず、この先を指す。間違ってはないらしい。
なら、やることは一つ。
「壁をぶっ壊す」
来た道、道ですらない道を戻っても心が持ってかれるだけだ。
それならば、真正面からぶつかる。
ぶち壊す。
「……あとでいくらでも怒られる覚悟は持っているから」
「人の心を勝手に壊すなー」と頬を膨らます彼女が見られたらいい。
右手を水平に掲げ、力を込める。魔力を一点に集中させる。
膨れ上がろうと暴れる力を手の中に抑え込む。
そして、後ろに手をゆっくりと持っていき、
一気に前に突き出す。
「開けゴマ!!」
格好のつかない言葉で、物理を繰り出す。
ベキッ。
手ごたえはあった。
見えない壁に亀裂が入り、光が差す。
白の中に、さらに明るい白が差し込まれる。
眩しくて、目が開けられない。
それでも、開け放たれた大地に私は足を運ぶ。
色が生まれた。
実景に変わる。
透き通るほどに青色の空。
地面にきちんと立っている。きちんと地面という色がある。
「ここは何処?」
辺りを見渡す。
見覚えがあった。
白い建物。3年間通った場所。
そこは私の中学校だった。
そして、
音が響き、風が吹く。
魔女が空を飛んでいた。
「待ちなさい、ツグ。今日は負けないわ!」
「はは、待たないよ。楽しいね」
二人の魔女。
それは15歳ぐらいのツグと、私。
そして、それを見上げる女の子がいた。
「凄いな、二人とも」
そこにはいなかった女の子。
でも私は知っていた。
近づく。
ずっと見えなかったけど、ずっと近くにいた。
ツグと瓜二つだが、その立ち姿、その表情は違う。
見つけた。
「私はあんな風になれないな……」
つぐみがそこにはいた。
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