第3片 暗闇の魔女②
電気が点き出すのを見て、BGMをフェードアウトさせ、やがて魔法を完全に止める。光のパレードも終演だ。
パチパチ。
見ていた1人が手を叩く。
そして、隣の人も叩き出す。パレードを讃える連鎖は続き、そして街全体に拍手が鳴り響く。
「……っ」
その光景に思わず、じーんとくる。
達成感? 感動? 何でもいい。感情を名付ける言葉は何だっていい。人を救い、今日も私は救われた。
「ありがとう」と大声で言いたくなる。
「って浸っている場合じゃないわよ。元凶の魔女を探さなきゃ」
本多さんが私の手をぐいっと引っ張り、現実に戻す。
「少しぐらい余韻に浸らせてよ~」
「犯人が逃げてもいいわけ?」
「うっ」
その通りなので反論できない。
正義の魔女としては、プロジェクションマッピングまがいの魔法パレードの時間も無駄なはずだった。すぐ犯人を捜すこともできたのに、わざわざ時間をとって、鑑賞してくれたのだ。その気遣いに感謝しなくてはいけないし、もうこれ以上我儘は言えない。
「さぁ行くわよ」
「わかったよ、うん?」
手を掴まれる。
「逃げるなということ?」
「そ、そうよ! それ以外ないじゃない」
「信用のないことで……」
「信用されていると思っているの?」
「ですよねー」
掴んだ手を離さずに、私は引っ張られ、その場を後にした。
走る先は、駅とは逆方向。
電気がつき、再び歩き出した人々の群れを掻き分け、アーケード街を抜ける。
「何処に向かっているの?」
「停電を仕掛けたってことは、その状況を楽しめるところにいるはず」
「そうかなー、皆が戸惑う姿見て楽しいかな」
人が怯える姿や、あたふたする姿を見て楽しいものか。趣味の悪い魔女だ。思う存分、魔力を使わせてもらった私がいうのもなんだけど。
「ええ、悪趣味な奴なのよ。ただただ破壊するヤバい奴なら、もっと損害が出ていたはず。でもしなかった。停電程度で済んだの。魔女の目的は、革命でも、社会への反抗でもない。ただのストレス発散なの。小悪党よ」
ストレス発散で、人々を混乱に陥れるのは、どっちにせよヤバい奴だと思う。
「人々が慌てふためくさまを見て、ゲラゲラ笑うつもりだったはずだわ」
「うーん……となると近くにいるってこと? 見える場所だよね? アーケード街にいたとか」
「さすがにそこまで強気じゃないと思うわ」
「遠くから監視カメラを使っていたとか」
「その線も十分にあるわね。でも、その場合でもあまりに遠くから制御はできない」
遠距離ではなく、かといってアーケード街ほどの近距離ではなく、でもよく見える場所。
そこは、
「上よ」
彼女が空を指さす。
「そして、おそらくここらへんで1番高いビル」
彼女の視線の先には、家電量販店のビルがあった。
「高みの見物ね……」
「ええ、私を見下ろすなんて許せないわ」
私だけでなく、誰にでも負けず嫌いな隣の女の子だ。
足を止めず、家電量販店へ向かって走る。
「お店に入って、エレベーターであがる?」
「そんな面倒なことしないわ」
「え、じゃあどうやって?」
「飛ぶわよ」
「は?」
片方の手に持っていた買い物袋を私に投げる。
「持って」
「え、ちょっと待って」
抗議しようと彼女を見ると、すでに空いた手には箒を握りしめていた。
驚くほどに手際が良い。
ニヤリと彼女が笑う。
いきなり角を右に曲がり、人がいない路地に私を連れ込む。
「飛ぶよ」
「だから、ちょっと待って、心の準備を、あああ」
そして私の手を掴んだまま、一気に空に飛び立つ。
足が浮いた。
「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ」
忘れていた空を飛ぶ感覚。
地面が遠ざかる。
「怖い、怖い、怖い」
「うるさいわね、少しの間黙ってなさい」
やばい、本多さんの手を離したら、死ぬ。まじでこの高さは死ねるわ、これ。
久々のフライトは、何も楽しくなかった。
「ぜえぜえ」
時間にして10秒もない。一瞬で、家電量販店の屋上に辿り着いた。
「と、飛ぶなら早く言ってよ……」
「言ったら、あんたは付いてこないでしょ?」
荒療治にも程がある。少しは心の準備をさせてくれ。
「けど、ハズレだったわ」
息を整え、ゆっくりと立ち上がる。
辺りを見渡す。私たちのほかに誰もいなかった。
「いないね」
魔女はここにはいなかったのだろうか。
彼女が何も言わず歩き、ビルの端で止まる。
「何かあった?」
「見なさい。缶コーヒーとスナック菓子が置いてあるわ」
私も彼女の方へ向かう。
確かにポテトチップスの袋と、缶コーヒーが置いてあった。
「誰かが捨てたもの? 店員さんや工事現場のおじさんが忘れていったとか?」
彼女が缶コーヒーを持ち上げる。
「いや、きっといたんだわ。まだ半分以上入っているもの」
たまたまだ、と思い、缶コーヒーを触るとまだ冷たかった。
それにポテトチップスもまだほとんど残っており、丁寧に箸まで置いてあった。普通ならこんなに残したまま、放置しない。片付ける余裕がないほど、急いでいたのだろう。
それに普通の人間では瞬時に逃げることはできない。確定ではないが、十分な証拠だった。
元凶の魔女はいたのだ、おそらく。
本多さんが地面を蹴る。
「くそっ、私たちに気づき、急いで逃げたのね」
「よく気づいたね」
半目で私を睨む。
「あんな派手にサンタクロースが踊れば誰でも気づくでしょ?」
「うっ」
私のせいだと言いたげだ。
魔女が見れば1発でわかる。光のパレードは普通ではありえない光景で、どうみても魔法で、そこに魔女のがいることを示すものだった。
「あー、誰かさんが目立ちたがり屋じゃなかったらなー」
「ご、ごめんって」
「春にサンタって季節外れじゃないかなー」
「それはそうだけど……」
「それにあの踊りはセンス無さすぎなんじゃないかなー」
「それは言いすぎじゃないかな!?」
犯人を捕まえられなかったストレスを私で発散しないでくれ。皆、拍手して喜んでくれたじゃないか。まぁ、そのせいで魔女を取り逃がしたわけだけどさ。
「他に何か残ってないか探そう」
「そうね」
その後も必死に痕跡を探すも、残念ながら他には何も残っていなかった。魔法の形跡は何もない。
「隠れるのに長けている魔女だね」
「うん、でも絶対捕まえてやるんだから」
正義の魔女の火をつけてしまったようだ。
けど残念ながら、悪の魔女?の追跡はここまでだ。痕跡もなく、何処に行ったかもわからない。今日の所は試合終了。
「仕方ない、帰ろうか。お腹ペコペコだよ」
スーパーの帰りにたまたま起きた事件で、いまだ何も食べていないのだ。お腹が早く何か食べさせろ!と主張している。
彼女も空腹なのか、素直に応じる。
「わかったわ、帰るわよ」
そういって、彼女は床に置いていたビニール袋を持つ。
「うん?」
本多さんがビニール袋の中を覗き込み、硬直していた。
「どうしたの?」
何事かと、私も近づき、同じように覗き込む。
「あっ、あぁ……」
パックの卵が見事に割れていた。10個入りが全部パーだった。
「おら、一気に空を飛ぶから割れるんだよ」
攻守交替。
「卵と私のことをちゃんと考えることだね!」
「うぅ……」
「卵も守れないで、何が正義の魔女だよ、あはは」
本多さんが袋を床に置き、力なく、地面に膝をつく。
ポロ、ポロ。
瞳から涙がこぼれ、地面を濡らす。
「えっ」
「ご、ごめんなさい」
「ご、ごめん。そんな責めるつもりはなくて、じょ、冗談だって、冗談!」
「ううううううううう」
「割れる卵が悪いんだって!」
「卵、500円の卵……」
メ、メンタル弱くないですか? 強気だと思ったら、脆い。こんなに崩れるとは思っていなかった。
あー、もうしょうがないな。揶揄った私が悪い。一芝居うつ。
「そうだ、あれ買っていなかった!」
「あれ?」
「そう、あれ! あれはあれだよ! もう1回、もう1回スーパー行かないと!」
彼女がゆっくりと私を見上げる。
涙ぐんだ瞳は、月に照らされ、綺麗だと思った。
「本多さん、さぁ行こう! もう1回スーパーに!! 私が払うから、卵を買おう!」
涙を拭きながら、コクンと頷く。
強気でも、弱気でも、とても手のかかる魔女だった。
× × ×
ズレた眼鏡を直す。慌てて飛んだので、髪もぼさぼさだ。
「ちっ、ポテチまだ全然食べていなかったんだぜ。もったいねー」
せっかく準備して、特等席を用意したのに、あそこはもう使うことができない。バレてしまった。双眼鏡を魔法で強化し、監視カメラと連動し、人々を見下ろすには絶好の場所だった。
「まぁ、いいか」
こんな近くに他の魔女がいるなんて思わなかった。それも大胆不敵。堂々と魔法を見せつけてきた。かなりの強者だ。なぜ、サンタが踊っていたかはわからないが、きっと私への挑発だろう。
「楽しくなりそうだぜ」
この街にいる限り、また会うことになるだろう。
それもおそらく1人じゃない。空を飛んできたのは2人だった。
楽しみは2倍。
「はははっ」
通行人にぶつかり、足がよろける。
「ごっ、ごめんなさい」
「前を見てちゃんと歩けよ」
「すみません、すみません」
無様に謝り、急いでその場を逃げ出す。
「きぇろ、ぃなくなれ、ぅせろ……」
ぶつぶつと小さな呪いの言葉を残して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます