第10片 傍観の魔女④

 私、本多莉乃は再び『つぐみ』と出会った。



 閉じ込められた心の中に、中学時代の『つぐみ』がいた。

 彼女は、『ツグ』と昔の私を見上げているだけの傍観者だった。


「……私は飛べない」

 

 と諦めていた。

 しかし、彼女は変わった。私に憧れ、私の夢に共感し、彼女は自身の夢を持った。やがて『つぐみ』は『ハジマリの魔女』と対立し、仲たがいした。『ハジマリの魔女』を追い出すことに成功したが、彼女は敵認定され、封じ込められていた。脅威でなくなった彼女は魔女の地から追いやられ、そして東京にやってきたのだ。


 ……というか、『つぐみ』の過去の想いを、私への憧れを知り、めちゃくちゃ恥ずかしい。え、何なの、過去の映像を、思い出を、全部全部見せられて心が追いつけない。美化されすぎだろ、私。顔が真っ赤で今なら顔の上で目玉焼きが焼ける。

 でも知りたかった事実だった。彼女の心に二人がいた。デートした時の女の子は、彼女だった。夢を語り、私のお守りとなったペンダントを渡したのは『つぐみ』だった。

 いや、本当なんなのだ。この仕打ちは。


「綺麗になったね、莉乃」


 過去の映像を一通り見せられた後、私に気づいた中学生の彼女はそう言った。

 あの時、私の言って欲しかった台詞をくれた。何で、今なのだ。彼女は思ってくれていた。ずっと考えてくれた。

 好き。 

 『つぐみ』は『つぐみ』だった。今も昔も変わらずに、好きな女の子だった。

 

「再現する」


 つぐみが自分に毎日施していた、あの魔法の再現はどうなるかと思ったが、無事に成功した。魔法陣は、つぐみの部屋で見た物をほぼトレースしたものだ。さすがに仕組みを解析し、覚える時間はなかった。彼女にはできたが、私にはできなかった。けど、そんなちっぽけなことなどどうでもいい。成功したなら、彼女が戻って来てくれたなら、それでいい。

 やっと見つけた。探していたものを、やっと見つけることができた。


 夢の世界への冒険は終わり、現実へと舞い戻った。



「ただいま、莉乃」


 久しぶりに聞いた声。

 聞きたかった声。名前を呼んでほしかった。ずっと呼んで欲しかった。

 ずっと答えて欲しかった。


 気づいたら抱きしめていたが、彼女は拒まず、受け入れてくれた。


「おかえり、つぐみ」


 私の大好きな彼女が戻ってきた。

 もう我慢しなくていい。溢れる涙を彼女は優しく指で拭きとる。


「莉乃、ありがとう。たくさん辛い思いをさせたね」


 首を振る。いいのだ、彼女がいるならそれでいい。


「全部覚えているよ。中学時代のこと、大学で絵を描いていたこと。莉乃と出会って、一緒に暮らしたのだってちゃんと覚えている。莉乃のつくってくれたご飯や、莉乃と一緒に川越に出かけたこと、あの、その唇の感触だって鮮明に……」

「い、言うな! 恥ずかしい! 恥ずかしいわよ」


 感動の再会も茶化される。

 せっかく戻ってきたというのに、こんな調子だ。


「だ、だって、私の人生においてかなりの衝撃的な出来事だよ!? 大学に入ったことより、魔法をはじめてつかった時より大事なこと」

「や、やめい……」


 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。つぐみの中でそんな良き出来事になっているなんて、恥ずかしすぎて……嬉しい。


「わ、私だって忘れられない出来事よ。でもその後悲しいお別れがあったから、思い出すのは辛くて」

「そ、そうだよね。ごめん、勝手にいなくなって。消えちゃって」

「でも、つぐみはいた。ずっといたんだ」

「そうだよ、ずっといた」


 いなくなっては、いなかった。失ったはずの彼女が私の絵を描いたのだって、おかしなことではなかった。

 彼女は微笑んで告げる。


「好きだよ、莉乃」


 うっ。


「ぐぬぬぬううう、か、軽々しく言うんじゃないわよ! ほ、ほら、そこ! 外で古日山家の人に聞かれているじゃない!」


 起きた私たちの騒がしい声に気づいたのか、古日山家の人がこっそりと襖の隙間から見ていた。1人ではなく、3人ぐらい、そこにいる。私たちの視線に気づいた女性の一人が「お気になさらず……!」と小さくこぼし、静かに去っていった。


「ねえ、何!? 気をつかわれたわよ!?」

「……そうだね、どこから見られていたんだろう。夢の中へ戻れるなら戻りたい」

「それはこっちの台詞よ。ああ、もう」

「まぁまぁ、これで二人きりになったわけだし、莉乃といちゃいちゃできるね」

「した……、している暇ないから!」


 したい!と言いかけた。危ない。全てを思い出したせいか、つぐみの言葉にブレーキが備わっていない。


「冗談はさておき」

「冗談だったの!?」

「莉乃のことを好きなのは冗談じゃないよ」

「うぅぅぅぅ」


 もう心臓が持たない。さっきから破壊力抜群なんですけど。待ち焦がれた分、ストレートの威力がズシンっと重く響き渡る。


 そんな私のことをお構いなしに、彼女は布団から立ち上がり、言葉にする。


「さて、ハジマリの魔女を止めにいこうか」


 戦いは終わっていない。

 私たちの仲間はまだ戦っている。


「ええ」


 真っ赤な顔の、しまらない表情で私も立ち上がった。

 ……そんな簡単に心は切り替えられない。

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