第1片 飛べない魔女⑥

 前島さんが携帯の画面をスライドしていく。

 魚が泳いでいる写真。水槽の中ではなく、水槽の『外』を泳いでいる。

 存在しない色鮮やかな魚の、ありえない動きをした写真が何枚も撮られていた。

 中には館長と、私の写真もあった。

 証拠写真。犯行現場。

 決定的証拠。


「これはどういうことなのかな、古湊さん」


 いなくなった、と思ったらバッチリと撮られていた。

 盗み撮り。

 ただ今追及すべきはそこではない。言い訳を、必死に誤魔化しの言葉を探す。


「す、すごーい!最近のCGは凄いね! フォトショで加工? いやー、凄い、凄い!綺麗だな、私にもこの技術教えてよ~」

「嘘」


 冷たい口調で、すぐに否定される。つ、次!


「あ、バレちゃった? 実はAR技術、うん? VR技術?で、浮かばせていてね。これは全て仮想現実なんです、ドヤっ」

「嘘」


 言い逃れできない。


「あー実は照明をうまい具合にあてていてね、凄いでしょ? 昼でもプロジェクションマッピングできるんだよ!」


 そして決定的な言葉を彼女は口にする。


「嘘、これは魔法でしょ」

「な」


 まだ夏にもなっていないのに額から汗がだらだらと流れる。

 あ、これは不味い。本格的に不味い。

 バレた、バレた!? 魔法だと、私が魔女であるとバレた!?

 何故、バレた? 確かに、あんな大々的に魔法を使えばバレるリスクもあった。けど、あの時は人が来ないように結界は張っていたし、周りに他の人がいることを感知していなかった。私と館長さん以外に誰もいなかったはずだ。

 普通の人間ならば気づかない。気づけないはずなんだ。

 つまり、前島さんは普通じゃない!導き出される答えは、


「もしかして同業者?」


 彼女、前島さんも魔女であるという可能性。私と同じであるということ。


「やっと」


 彼女がニヤリと笑う。


「やっと気づいたのね」

「前島さんも魔女……」


 正解だった。目の前の彼女も魔女であった。

 まさか東京の地で会うとは思っていなかった。この都会にも何人かは確かにいる。でも記録上10人も東京にはいないはずだ。現に、この3年間以上会うことはなかった。しかも同じ大学、同じ学生。

 何故、私は今まで気づかなかったのか。


「いったい、いつから大学にいたの?」

「今月からよ」


 私は大学2年生なので、1年生の時はいなかったことになる。


「ちゃんと入学試験受けたの?」

「受けるわけないでしょ! 魔法で潜り込んだのよ。あんたの姿を暴くためにね。すぐいなくなるつもりだったわ」


 なるほど、まだ会って1カ月も経っていない。それならば前島さんを知らなかった私はおかしくない。だって前島さんは元々、大学にいない子だったのだから。全て偽装。前島さん(仮)の仕組んだ罠。間抜けな私はまんまと引っかかったわけだ。


「さっさと気づきなさいよね。そもそも携帯に、普通の携帯ごときに魔法は撮影できない。私が力を使ったからに決まっているでしょ?」

「そ、そういえば」


 魔法は感情の具現化。

 感情は、写真には写らない。だから、魔法も写すことができない。物体に干渉することもできるが、今回撮られたのは魚のパレードだ。現実にも具現化できるようにするには、かなりの魔力を消費する。

 そんな当たり前のことを失念するほど、私は動揺していた。

 いや、だっていまだに距離が近すぎませんか?


「そ、それで前島さんが同じ魔女で、どうしてこんな追い詰め方をしているのかな?」


 こっそりと教えてくれるだけで良かった。わざわざ大学に忍び込み、決定的証拠を掴んでからの行動。そして脅し。嫌な予感しかしない。あれ、やっぱり私の貞操が危ない?


「あんたの今の暮らしを見極めるためよ。というかいい加減気づきなさいよ、つぐ」

「はい?」


 つぐ。

 名前を呼ばれる。懐かしい、と思われる名前。


「あなた、本当につぐよね? いつからそんなに衰えたの? 始まりの魔女の再来と呼ばれた天才のあなたが、こんな簡単な魔法も、変装も見破れないなんて落ちぶれたものね」


 図星であるから否定できない。それに彼女は私の事情を知らない。

 きっと『つぐ』なら簡単に見破ることができた。


「都会の生活で鈍っているんじゃないのかしら。それになんで『つぐ』は『つぐみ』という偽名を使っているの?そこに意味はあるわけ?」


 痛い所も突かれる。『つぐ』は昔の名で、『つぐみ』は今の私の名前。その訳は簡単に話すわけにはいかない。

 しかし、はっきりとしたこともある。前島さん?は昔の『つぐ』を知っている。


「ごめん、私達知り合いだった? 同級生? 友達?」


 彼女は「はぁ」とため息をつき、あきれ顔で答える。


「もうしょうがないわね」


 そう言い、やっと彼女が私から少し距離をとる。

 彼女が両手を合わせると、びゅっと強い風が吹いた。そして長い黒髪が、赤く染まった。長かったストレートの髪は、ふんわりとした、肩ぐらいの長さのミディアムスタイルに。前髪には星型のヘアピンがきらりと光る。大きな目に、整った顔。眉はきりっとしていて、強気な表情。

 身長はさほど高くない。そう、元の前島さんと同じ。

 でも、彼女は前島さんではなかった。


「やっと見つけたわ、つぐ。忘れたとは言わせないわよ」

 

 さっきまで前島さんだった女の子は不敵に笑った。

 そして、私は彼女にこう答える。


「ごめん、誰だっけ?」


 前島さんだった女の子は、石も無いのにその場で見事にズッコケた。

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