第3片 暗闇の魔女

第3片 暗闇の魔女①

「きゃー」「わー」


 人々が悲鳴をあげる。

 アーケード街の電気が消え、真っ暗になった。

 その場で頭を抑え、屈む人。訳も分からず、走り出す人。大声で事態をおさめようとする人。何もできず呆然と立ち尽くす人。

 突然の出来事に街はパニック状態だった。


「何? 突然停電?」


 魔女の本多さんは一般人より冷静ではあるが、それでも普段より焦りが見える。


「そうだね」

「まさか魔女の仕業なの?」

「どうだろうか」


 天候は悪くはなく、雷の音もないので、落雷が原因とは考えづらい。台風が来ているわけでもなく、自然災害ではないだろう。

 なら、変電所でトラブルが起きたのか。事故、事件。しかし平和なこの国で、その線はなかなか考えづらい。

 そうなると、この停電を起こしたのは、

 

「うん、魔女かもね」


 原因がないなら、それは魔女の仕業だ。

 彼女が予想した通り、この街に悪い魔女が実際にいたのだ。


「何で、あんたはそんなに冷静なのよ」


 それは心がないから。……なんて冗談を口にはしない。


「何とかしないと、皆怖がっているわ。まず電気を復旧させないとだけど、どうやればいいか。あー、でも原因の魔女も探さないと」


「落ち着こうよ、本多さん」


 自称・正義の魔女さんが慌てて飛び出していこうとするのを止める。


「何よ、何かいい案があるっていうの?」

「うん、ちょっと待って」



 目を瞑り、耳を澄ます。

 聞こえてくる。

 戸惑う声、子供の泣き声、誰かに電話する声、怒る声、人々をなだめようとする声。


「早く! 正義の魔女として、皆を救わないと」

「だから、落ち着けって!」


 強い口調の言葉に彼女が黙る。

 再び目を瞑り、心を落ち着ける。


 より鮮明に浮かび上がる。


 焦り。

 恐怖。

 怒り。

 戸惑い。

 不安。


 感情は膨大にあって、魔力として利用するには十分すぎるほどだった。

 目をパチリと開き、私は宣言する。


「さぁ、心を躍らせようか」

「急に何を言って」


 本多さんの声も無視し、私は天井に向かって手を真っ直ぐに上げる。


「×#〇*%」


 言葉にならない呪文を唱えると、私の手に黒い霧が集まってくる。黒い霧は私のまわりを渦巻き、やがて凝縮していく。

 膨大な感情、大きすぎる魔力に、思わず笑みをこぼしてしまった。凄い。こんだけ集まれば余裕だ。


「あんた、……何をする気?」

「何、って」


 決まっている。

 私は魔女で、芸術家だ。やることは決まっている。


「芸術で、人々を救うんだよ」

「救うって」


 救済の言葉に似つかわしくない、集まった黒いエネルギーをさらに圧縮させる。

 そして、


「一致した」


 広げていた手を、ギュッと握りつぶす。

 黒いエネルギーが弾けた。

 弾けた黒の中から光が生まれ、その光は天井へ注がれる。

 光の雨が地球の重力を無視し、逆流する。

 

「な」


 真っ暗だった舞台の幕が上がる。

 突如、音楽が流れ始め、アーケード街の屋根に光で描かれたサンタクロースのイラストが登場する。

 サンタクロースは1人。プレゼントの袋を持ちながら、困り果てている。

 そこに急いでトナカイがやってくる。寝坊でもしたのだろうか、トナカイは懸命に走ってくる。

 その様子にサンタクロースは気づき、振り向き、安心した顔を見せる。

 しかし、トナカイはサンタクロースの横を通り過ぎ、見えなくなってしまう。

 

「あはは」


 子供がこの光景を見ていたのか、笑い出す。母親が何事かと天井を見上げ、驚きの表情に変える。

 人々が徐々に気づき始める。

 光の演劇は続く。

 慌てたサンタクロースはサーフボードを取り出し、トナカイを急いで追いかける。

 音楽がコミカルなBGMに代わり、サンタとトナカイの追いかけっこを演出する。

 街を駆けるトナカイ。障害物にことごとくぶつかるサンタ。サンタは途中でどうでもよくなったのか、突如踊り出す。狂ったサンタを心配したのか、トナカイも心配そうに戻ってくる。そしてトナカイも踊り出すのであった。

 気づけば、怯えていた人たち、怒っていた人たち、心配していた人たち、アーケード街の人たち全員が、天井の光景に釘付けになっていた。

 季節外れのサンタのパレード。

 私は白々しく、大きな声を出す。


「すごーい、これがプロジェクトマッピングっていうのか!」


 私の言葉に納得がいったのか、周りの人たちの緊張も解ける。


「なんだ、停電だと思ったら演出だったんだ」

「すごい、綺麗……」

「こんなの初めて見た」

「もう驚かせやがって」

「サプライズっていうやつね」

「あー、最初からムービーに撮っておくんだった。絶対いいねたくさん貰えたのに!」

「お母さん、凄かったねー!」

「そうね、お母さんも感動しちゃった」

 

 本多さんもだらしなく口を開け、光を見つめていた。

 

「どう?」


 彼女が振り向く。


「どうって」

「楽しい?」


 「何言っているんだこいつ?」と言いたそうな不機嫌な顔で、言葉を返す。


「はい? 楽しいって、えっ、確かに凄いけど、こんなことしたら相手の魔女にもバレるし、今回は気づかれていないけど、こんなこと続けていたらいずれあんたが魔女だってバレるわよ。大胆不敵にも程があるわ」


 違う。聞きたいのは批判ではない。私の芸術に対する感想だ。

 だから私は本多さんに問う。


「悪くないでしょ、芸術も」


 彼女は言葉の代わりに、むすっとした表情を私に見せた。

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