第11片 決戦の魔女③
一人の女性を生き返らせるために、人の魂を、たくさんの命を捧げる。
許されない計画に1番先に異議を唱えたのは、私たちではなく、ハジマリの魔女の仲間であるはずの古湊家当主、古湊あおいであった。
「そ、そんな話はきいていません!」
「ああ、言ってない」
「言うわけないだろ?」と表情も変えずに言う。その通りだ。そんな無茶で、残酷なことを行うと知っていたら誰も賛同しないだろう。
「私たちに、古湊家に語った夢は嘘だったのですか……? 魔女が人々を導き、より良い世界にすると話した夢は!」
「嘘はついていない。今でも良い世界にするつもりだ。なに、全人類を犠牲にする必要はない。選ぶんだ。選別する。魔女の世界に必要な人間か、必要じゃない人間か。必要じゃない人間は、利用させてもらう。ただそれだけだ」
選ぶ。何の権利があってそんなことを……、と問うても無駄だろう。
「それだけって……。止めます。私たちが間違いでした」
仲間の裏切り、それも当然だ。本当の目的を知らなかったのだ。
「古湊家当主として、いや一人の魔女として全力であなたを止めます」
当主に続き、激昂した仲間たちがハジマリの魔女を襲う。
しかし、イオは眉一つ動かさない。
「そうか、今までありがとう」
イオが手を横に振る。
それだけで突風が起き、向かってきた魔女たちは前へ進むことを拒まれる。そして風に負け、箒が飛ぶ。悲鳴と共に、体が投げ出される。
それをぼーっと眺めているだけの私たちではない。
「つぐみ!」
「わかっている!」
救う魔法。
絶望、恐怖の感情が集まり、瞬時に魔力と化す。イメージする。あの祭の日に使った、綿飴のようなふわふわ。
「広がれ」
魔法を発動し、地面、海の上に綿飴のような柔らかな絨毯を張る。落下する前に間に合った。絨毯が、そのまま落ちた魔女の速度を吸収する。
失敗したことにイオが私を睨んでくる。苛立ちを隠さず、感情むき出しで。
「また、お前か」
「そうだよ、誰も犠牲にさせない」
「邪魔だ」
「犠牲の先には何も生まれないよ。たとえ救ったってそれは偽り。真の救いではない」
「なら、救われなくていいのか? 無残に死んだ人はそのまま死ねばいいと? お前は死を許すのか?」
話が飛躍する。死を許すか、否か。
人が生き返る世界、死なない世界。世界の真理の変換。
……そんなの屁理屈だ。だって彼女は目的のために人を犠牲にしようとしている。それは一部の人のための世界。生き返る世界は、誰かが犠牲になる世界。
「私は……」
けど、犠牲も無しに可能だとしたら?
永遠に生き続けられる世界。はたして、それは幸せなのか?それはかつての魔女が、王が、支配者が目指した理想。
ハハ。笑ってしまう。
それでも私の答えは変わらない。
「私は、死を許す」
「ほう」
「終わりがあるから、必死に生きるし、泣くし、怒る。たぶんこの命が永遠だったら、感情は平たんになっていく。生きる目的を失う。人形のような人生は嫌だ」
それは私自身が知っている。
見ているだけの生活。
心を失った日々。
それは、生きているとは言えない。
一瞬しかないから、彼女を好きになるし、簡単に手に入らないから躍起になる。だから相手が答えてくれたら嬉しいし、彼女がいなくなったらどうしようも絶望するだろう。私は、私たちはそうやって限りある時間を生きていく。
「……ナツさんが亡くなった理由、事情は知らないよ。あなたの恋した人の死を、良かったとは言えない。しょうがないとも片付けない。でも、それでも私は否定する。ナツさんは生き返るべきじゃないと」
だって、
「魔女は神じゃないし、奇跡を生み出せない」
否定とばかりにイオから火が放たれるが、私は花火へと変え、避ける。
「何も知らないくせに!」
「知らないよ、だってイオが何も言わないから! 一人で抱えているから!」
「……うるさい。誰もわかってくれないだろ。現に古湊家も理解してくれなかった」
「決めつけるな。わからないよ。人を犠牲にする、導く、そんなの正解じゃない。そんなのはわかる。でもイオの気持ちが本気なのも知っている。この辛い繰り返しを、救いのない地獄を何度も何度も味わっている。それは普通の人ではできない」
諦めた方が楽だ。受け入れた方が楽だ。
それなのに彼女はもがく。
一人の女性のために、彼女の恋のために必死に足掻き続ける。どこまでもまっすぐで純粋で、歪んだ願い。
「落ちろ」
イオが直接殴ろうと向かってきたが、莉乃の箒の動きの前に当たることはない。私たちの話を聞いていた莉乃も、否定する。
「あなたは止まったままなのよ」
「本多莉乃、お前だってそうだろ。止まったままだった」
「そうね、私たちは似ているわ。好きな人のために全力過ぎる。私も彼女が心を失って、自分の正義を捨ててでも生き返そうとした。何を犠牲にしてでも。同じなのよ、一歩間違えたら私もあなただった。だからこそ私が、私たちが責任持って止めるわ」
強烈な光とともに、莉乃が繰り出すのは催眠魔法。
「そんなの効くか!」
しかし、イオにぶつかっても眠ることはない。
けど、それでいい。
「効くと思ってない」
莉乃が笑う。
イオは見ただろう。笑う莉乃の箒の後ろに私がいないのを。
イオが上に向いたときには遅い。
本命は私。
空に投げ出された私。
「奪う。奪いつくす」
上空からハジマリの魔女に迫り、そして“イオ”に触れる。
「な」
体に攻撃するのではない、直接干渉する。
体を通り抜け、心らしきものを掴む。そのまま引きずり出そうとするが、ハジマリの魔女も必死に抵抗する。
「やめろ、やめろ」
接近した私に攻撃魔法を浴びせるが、威力は弱い。抵抗するのに、魔力の消費が激しく、攻撃にまわらないのだ。
けど、私もうまくいかない。
「く、限界か」
心を引っ張り出すのを諦め、空へ戻る。すぐに箒に乗った莉乃が来て、私を拾う。
「はぁ……、ぐぁ」
イオをケイの身体から出すことは失敗したが、今の攻撃で魔力のほとんどを失わせた。
「もう、終わりにしよう……イオ」
イオの魔力は、戦う力はもうない。
「はははははっははっはっはははは」
けど、魔女は笑う。空気を読まない笑いに底知れぬ恐怖を覚える。
「……失敗した」
失敗。
彼女はそう言った。
「残念ながら私の負け。今回は失敗だ。なら、全部闇に沈んでしまえばいい。また次だ。また次の時に期待する」
「な、何を言って……」
「いや、そのままの意味だよ。失敗したんだ。お前たちは凄い。ハジマリの魔女に勝ったんだ。誇っていい。でも、ここで終わりだ。いったんすべてを闇に帰す」
勝った。勝つことができたが、止められない。
「なぁ、ナツは死んだのか?」
ハジマリの魔女の急な質問に、私は答えることはできない。
死んだから、生き返らそうとしているのではないのか?
答えは質問した人物から返ってくる。
「いや、死んでない。生きている、化け物として」
彼女が手を上げると、“それ”は現れた。
真っ黒な物体。
竜と呼べばいいのか、クジラと呼べばいいのかもわからない。何処から来た?いつからいた?
ハジマリの魔女の後ろに50mはあろう怪物が存在した。
確かにこの地は、禍々しい魔力で溢れていた。これが、その元凶だと言うのか?
禍々しい真っ黒な物体に、体がこれは危険だとアラートを出す。
「これが私が作り出した、ナツだ」
「え」
「そう、禍ノ河の正体がこれだ。ナツを生き返らすために、あらゆる魔法をかけ、そして死体、瀕死の人間を媒介にした。その結果、何百、何千の呪い、怨念が詰まった化け物が出来上がった。足りなかった。感情が、魔法が足りなかった。何回も注ぎ足したが、いまだ成功していない」
一人の女性だけではない。一人の闇であるはずがない。見ているだけで鳥肌が止まらない。
闇が闇に吸い寄せられ、具現化した呪いのような物体。
「ち、違う、足りなかったんじゃない。無理だったんだ、人は生き返らない!」
「ああ、そうだ。今の時点では人を生き返らすことはできない。でもな、魔女なら何でもできる。今は駄目でも、きっと未来なら可能だ」
なおも諦めない魔女に私の言葉は届かない。
「私は何度でも繰り返す。ナツが生き返るために、ナツが生きられる世界をつくるために!」
一人の魔女の決意と共に、闇が吠えた。
震えるセカイ。
視界は一瞬で暗闇に包み込まれた。
それでも私は……。
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