第6片 災厄の魔女⑤
莉乃が災厄の魔女の攻撃を受け、宙に投げ出された。
「莉乃!」
箒も飛ばされ、空からただ落ちていくだけの彼女。
災厄の魔女の不気味な笑い声が響く。
「日芽香ちゃん、もっと早く!」
「これが精一杯です!」
日芽香ちゃんの箒に乗せてもらっている身だ。私が文句を言っても事態は変わらない。二人乗りでは十分な速度は出せない。
「このままじゃ莉乃が!」
「わかっています、わかっていますよ!」
距離は近くなるが、落ちる速度の方が早い。
落ちたらただでは済まない。いや、この高さだ。確実に死ぬ。
私は、莉乃を失う。
「つぐみさん、魔法は!」
「無理! 使いすぎた」
「……派手にやりすぎましたね」
観客を守るための蛍火、クレヨン、色鉛筆の遠隔攻撃と、オーロラ。たっぷりあった観客の感情を使い切ってしまった。もう魔力はからっぽだ。
この距離を縮めるほどの魔力も道具もない。
莉乃を救えない。ただこのまま見ているだけ。何もできない。
「嫌だよ、そんなの」
絶対に嫌だ。彼女を失うなんてそんな現実許さない。
莉乃は気を失っているのか、目を閉じている。彼女の自力には期待できない。
なら、やるしかない。方法も、手段もなくてもやるしかないんだ。
「私が、助ける」
「どうやって」
前にいる女の子から戸惑いの声があがる。魔力もない。都合よく、他に味方もいない。花火のお客も皆眠っているので感情は生まれず、奪うこともできない。
でも、二人を助けたい。
どうする。どうすればいい。
考えろ。考える時間はない。でも探せ。助けるんだ。
「あ、そうか」
そして気づいた。
まだ魔力の源はある。
感情があればいいのだ。
そう、それは器に植え付けた、“偽り”の感情だっていい。
私の感情を消費し、魔力に変え、魔法にする。
――そんなことして私はどうなる?
いいさ。どうなったって。
今は莉乃を助ける。それだけだ。
迷いはない。
「日芽香ちゃん!」
「何ですか!」
「今から無茶をする。私を支えてくれると嬉しい」
「わ、わかりました!」
何をするとも聞かず、私の指示に従う。
さぁ、うまくやれよ、私。
胸に手をあて、『ツグ』の感情を引きずり出す。全部抜き出しちゃ駄目だ。8割。少し残しておかないと魔法を発動できない。
感情を抜き出すと同時に、魔力に転換する。
手が光り出し、力が漲る。
莉乃が地上に迫る。
間に合え。
「届けーーー」
地面に向かって、魔法を放つ。
真っ白な直線。
あっという間に地面に魔法がぶつかり、白く広がる。
それは祭で見かけた、フワフワの食べ物。
ぱっと頭に浮かんだお菓子だ。
「お願い、綿飴!」
柔らかなクッションが瞬時に出来上がる。
と、同時に真っ白なフワフワに2人が突っ込んだ。
× × ×
地面に足を着き、日芽香ちゃんとの箒の二人乗りが終わる。
慌てて彼女の元へ駆け寄る。
「莉乃!」
無事でいて。どうか、無事で。
「もう何よこれ。ベタベタなんだけど!」
彼女の愚痴が聞こえる。莉乃がいる。
災厄の魔女との攻撃でダメージは負っているが、落下による怪我はないみたいだ。彼女が生きている。助けられた。
「莉乃!」
私の呼びかけに、彼女が気づき、こちらを向く。
勢いそのままに、私は彼女へ飛び込み、抱き着く。
「つ、つぐみ。や、や、やめい!」
「やめない。よかった、よかった。莉乃が無事だ。無事で良かった。よかったよ」
「やめなさいよ、恥ずかしい。やめて、まだ傷跡痛いんだから」
「ご、ごめん。怪我しているよね」
そう言われ、密着するのは止める。
距離はまだ近く、視線が合うとちょっと恥ずかしくなった。
「なんで、綿飴なのよ。落ちた瞬間はすっごく柔らかったけど、今はベタベタで特に髪の毛がひどいんだけど」
「花火大会の時に、ちょうど屋台で見て。って、そんなことはいいんだよ。無事だった、助けられた」
「……またつぐみには借りをつくっちゃったわね」
嫌そうに言いながら、莉乃が微笑んだ。
「情けか」
近い距離にいる、綿飴の上で寝たままの『災厄の魔女』が声をかける。
魔女へと顔を向け、反論する。
「違うよ。誰にせよ、私は救うんだ」
「優しい奴だ」
「止めようと思ったけど、あんたを殺そうとは思ってない」
「はっ、私は全員殺そうと思ったんだよ」
そう、この魔女は殺す気できた。魔女でない、一般人の観客のことなんて気にせず、災害レベルの大事故、事件を起こそうとした。
それはとても許せることではない。結果的に被害はゼロだが、やろうとしたことは悪だ。
私が言い返す前に、先に莉乃が言葉にした。
「どんな悪い敵でも、凶悪犯でも全員救う。罪を償うなら、それは死である必要はない。別のやり方で償わせる」
「甘いんだよ、正義の魔女。そんな甘ちゃんだといつか裏切られるぞ」
「そうかもね、あんたの言う通りかもしれない」
それでも莉乃は怯まず、毅然とした態度で答える。
「裏切られたら、また信じさせればいい。信じてくれないなら、何度も話せばいい。納得するまで、信じてくれるまで私は構い続ける」
正義の魔女の真っ直ぐさに、災厄の魔女が狼狽える。
真っ直ぐすぎて、鬱陶しい。自分の言うことは曲げず、ひたすら追い続けてくる。それでこそ、莉乃だ。
「けっ、話にならねえ。あー、負けだ、負け。完璧に、完全に私の敗北」
「弥生ちゃん……」
ゆっくりと近づいてきた幻惑の魔女、日芽香ちゃんが元・仲間の魔女を憐れむ。
「名前で呼ぶな。やっぱりお前はそっちの味方したか。裏切られるとなるとやっぱきついな。なぁ日芽香」
「ごめん」
中学生の女の子が大人な女性に謝り、誤りを告げる。
「裏切ったつもりはないよ。私は一貫してこうだもん。笑顔のために私は魔法を使う。あなたの方法は間違っているよ。笑顔がない」
「そう、そういう奴だよな、お前は」
弥生、と呼ばれた女性が嘆く。
「もう終わりだよ、弥生ちゃん。皆に謝ろう」
「馬鹿言うな。するか、そんなこと!」
負けは認めた。けど償い、謝るつもりはない。
魔女は寝転がりながら、両手をあげ、惨めに声を上げる。
「さあ煮るなり、焼くなりしてくれ。もうどうでもいい!」
自暴自棄。この世に絶望した魔女。
「……」
「……」
莉乃と顔を見合わせる。どう声をかけたらいいのか、わからない。
はたして私は、私たちは救えたのだろうか?
災厄の魔女を倒した。私たちは3人の力で確かに勝ったのだ。
でも、この人を救えたのか?
否だ。
私は、まだ救えていない。
立ち上がり、手を差し出し、莉乃をゆっくりと起こす。
やがて魔法の綿飴は消え、元の地面に戻った。
「……どうする?」
正義の魔女が私に問いかける。
今夜は、災厄の魔女はもう暴れないだろう。怪我だらけで、魔力も空っぽ。今日は一安心。だが、これからどうする。
警察へ連れていっても意味が無い。司法も通じない。
何もできないのだ。今日は勝つことができた。でも次、また暴れたら私たちは勝つことができるのか?
魔女の本拠地、四国なら魔女による、魔女のための法律が存在するが、東京の一般の世界では通用しない。何の権限もない私たちが勝手に裁くこともできない。
「見守るしかないかね……」
「わかった。とりあえず説教ね」
莉乃がそう言い、災厄の魔女に近づいていった。
莉乃の説教は長そうで、可哀そうだ。少しだけ災厄の魔女に同情する。
力で抑えても、負けを認めても、救えなかった。なら今は言葉で説得し、少しでも心を入れ替えてもらうしかない。
そう思い、私も追いかけようとした。
したが、
「あれ?」
急に視界が狂う。
体がよろけた。傾く。
足で踏ん張ろうとしたが、力が入らない。
ヤバい。
気づいたときはもう遅かった。
どさっ。
地面へそのまま倒れた。
「つぐみ? ……つぐみ!!」
前を歩いていた莉乃が振り返り、慌てて駆け寄る。
「どうしたの、つぐみ。いったいどうしたのよ!」
彼女が必死に私の名前を呼ぶ。
原因はわかっていた。
感情の枯渇。
器へ込めた感情が切れた。エネルギー切れ。
莉乃を助けるために使った魔法で、自身を利用したせいだ。
こうなることはわかっていた。
尽きる。終わる。『つぐみ』でなくなり、ただの容器になる。
こうならないために、いつも細心の注意を払っていたわけだが、やむを得ない状況だった。こうするしか、莉乃を助けられなかった。後悔はない。
家に戻れば、まだ少し、あと一日分は残っているはずだ。
でも、そんなことしたら莉乃にバレる。
この状態で一人では戻れない。かといって莉乃に私の部屋まで運んでもらったら、秘密を知らすことになる。
莉乃に知ってほしくない。莉乃だけには知られたくない。
けど、だけど、このまま何も言わずに消えるわけにはいかない。
言うんだ。また言いたいことがある。そのためには諦めるしかない。
秘密がバレることを選ぶ。
「り、の、お願、い」
「どうしたのよ、ねえ、つぐみ!」
「連れてい、って、私、の部屋、に……」
「つぐみ!」
そういって意識を失った。
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