第6話 妖精騎士団集う

 和多ヶ浜ステージは、砂浜及び砂浜近くの浅い海域をバトルフィールドとしている。深い沖には、結界に阻まれ出ることができない。

 今日の梓の対戦相手は、ピエロのような衣装を着てハリセンを武器に使う魔法少女である。

 近距離武器使いの相手に対し、梓は徹底して遠距離から攻める。魔力によって生成された光の矢を弓に番えては射ち、相手の接近を許さない。

 ある程度相手のHPを削ったところで、梓は構えを変えた。あえて相手本体から狙いを外し、その上空に矢先を向ける。対戦相手の頭上目掛けて放たれた矢は、空中でぱっと光り魔法陣へと姿を変える。そして次の瞬間、無数の光の矢が魔法陣から降り注いだ。舞い上がる砂煙が晴れると、バリアに包まれ変身解除された対戦相手の姿が。

「いい勝負だったわ、ありがとう」

「あんた強すぎ……手も足も出なかったんだけど」

 礼儀正しく一礼する梓に対し、対戦相手はがっくりと肩を下げていた。

「いやあ、実に見事な勝利だったよ。流石は私の見込んだ魔法少女だ」

 試合の立会いをしていたホーレンソーは、拍手をしながら光に包まれる。馬のぬいぐるみから一転、美しい容姿の男性へと姿を変えた。下睫毛が長く中性的な顔立ちをしており、髪は緑色の外跳ねミディアム。着ている衣服はさながらヨーロッパ貴族のよう。

「うそっ、あっちの妖精超イケメン! うちの担当なんてモヒカンのオジサンなのに……いいなー羨ましいー」

 対戦相手の魔法少女はホーレンソーの容姿を見てそんなことを言うが、梓は「こいつの本性を知らないからそんな事が言えるんだ」とでも言いたげに彼女を見ていた。

「やれやれ、私は顔がいいものだからモテてしまって困るのだよ。妖精と人間の恋愛はご法度なのだがね。おや三日月君、どうしてそんな白けた目で私を見るのだね?」

 梓はホーレンソーを無視してスマホを操作し、さっさと自宅に帰ってしまう。

「やれやれまったく、つれないだ」


 カニミソに右腕を切り落とされた拳凰は、悲鳴を上げて地に膝をついた。

「ぐあああああ!」

 切り口から発せられる耐え難い激痛。己の何よりの武器であった右腕を失ったことへの精神的ショック。絶望する拳凰を、カニミソは見下ろしていた。

「俺とて前途ある若者を死なせるほど無情ではない。これに懲りたら二度と魔法少女バトルに関与するな」

 カニミソは拳凰に背を向け、その場を立ち去ろうとする。が、その時、カニミソの頬を拳凰の拳が抉った。

「!?」

 普通に考えたら有り得ない事だった。地に膝をついた状態から、ここまで腕を伸ばすことなんて普通の人間にはできやしない。

 バランスを崩し前のめりに転びそうになったカニミソは力強く踏み込んで体を支え、倒れるのを阻止する。そして顔だけを後ろに向けると……足下に先程切り落とした拳凰の右腕が落ちていた。

「ロケットパンチだ。まだ終わっちゃいねえぞカニホスト」

 拳凰が言う。拳凰は左腕を使って、自らの右腕を投げつけたのだ。この信じ難い行動に、カニミソは目を丸くする。

 拳凰はゆっくりと立ち上がると、力強く息を吐いた。

「気がふれているのか……? 馬鹿なことはやめろ。それが貴様自身のためだ」

「るっせえな、まだ終わっちゃいねえっつってんだろ。腕一本持ってかれようが関係無え、俺はまだ戦えるぜ」

「そんなに死にたいか。殺したくはないが、貴様がその気である以上仕方があるまい」

 一気に駆け出し、左拳で殴りかかる拳凰。カニミソはそれを左手の甲で受けた。鍛えられたカニミソの手の甲は傷一つつかず、そればかりか衝撃波によって拳凰の拳を逆に傷つけた。

「ちっ、やっぱ右ほど威力は出ねえな」

 カニミソは拳凰の手を弾き、反撃の手刀を繰り出す。後ろに跳んで避けようとする拳凰だが、左の手刀は右の手刀とは比較にならない速度で拳凰を切りつける。衝撃波は拳凰の顔面に当たる。右目がざっくりと切り裂け、鮮血が噴き出す。

「次は左の目を潰す。早めに降参するのが貴様のためだ」

「それがどうした!」

 右腕に続き右目まで失っても、懲りずに放たれる拳凰の拳。先程の拳凰が後ろに跳んでかわそうとして避け切れなかったことへの当てつけのように、カニミソもまた後ろに跳ぶ。

 だがしかし、今度はその拳はカニミソの鼻面を真正面から抉った。クリーンヒットを喰らい吹っ飛んだカニミソは、後ろにあったブランコの柱に背中を打つ。

 カニミソは確実に避けられる自信があった。万一にもあんな遅い拳を自分が喰らうなどとは思ってもいなかった。まさか自分が間合いを見誤るなどあり得ない、そう信じたかった。

 怯んだカニミソへと、一気に突進する拳凰。その左手に握られているのは、先程カニミソがちょん切った拳凰の右腕。拳凰は手に持った右腕をヌンチャクのように振り回し、カニミソを何度も叩く。

 左手でのパンチだと思っていたのが、左手で持った右腕でのパンチだった。それこそカニミソが間合いを見誤った理由。

「千切れた右腕を武器にするなど……何なのだこの男はーっ!」

 拳凰の気迫に圧され防御が間に合わないカニミソは、右拳の連打をまともに喰らってしまう。

「流石は俺の右腕だ、千切れてようが威力健在だぜ!」

 笑いながら攻撃を繰り返す拳凰に、カニミソは恐怖を覚える。たまらず衝撃波を地面に叩きつけ、空中へと飛び上がり退避。拳凰から距離をとるも受けたダメージは大きく、足下がふらつく。

「バカニ、いや馬鹿な、奴のどこにそんな力が残っているというんだカニ!」

 拳凰の出血量は、本来であれば立っていることさえ難しいほどである。にも関わらずこうも元気で向かってくるのは、不気味という他無い。

「あ? もしかしてお前、カニカニ言ってる方が素かよ」

「しまったカニ! 威厳を出すために語尾抑えてたのにカニ!」

 焦るあまりつい素が出てしまったカニミソは、益々焦り出した。

「くそーっ! 近づくなカニーっ!」

 遠距離から連続で衝撃波を飛ばして攻撃するカニミソだが、拳凰はそれを右腕で次々と叩き落としながら突っ込んでくる。叩き落せず体に当たった衝撃波もあるが、どんなに血が出ようとお構いなしである。

「カニイイイイィーッ!」

 結界内に響き渡る悲鳴。カニミソの顔面に突き刺さる、必殺の右拳。大きく吹き飛ばされ結界に叩きつけられたカニミソは、力なく倒れた。その拍子にポケットから、妖精界の携帯端末と思わしきものがこぼれ落ちる。

「勝った……勝ったぞ俺は!」

 勝利の悦びに肩を震わせながら、拳凰はおぼつかない足取りでカニミソに歩み寄る。

「妖精騎士……凄まじい強敵だったぜ。こんな強い奴があと十一人……まだまだ世の中には強い奴が沢山いる……! ハハハハハ、最高だァ!」

 戦いの悦びにこの上ない笑顔を見せる拳凰。血まみれで月光に照らされるその姿は、さながら人を貪り食う狼男のよう。

 ふと拳凰は、足下に落ちているカニミソの携帯端末に気がついた。

「こいつは……」

 端末を拾い上げ、画面に触れる拳凰。その画面には、今後の魔法少女バトルの試合予定がびっしりと映されていた。拳凰は再び笑顔になる。

「いいものを拾った……こいつがあれば魔法少女と戦い放題じゃねえか!」

 携帯端末をポケットに入れ、千切れた右腕を肩に担ぎ拳凰は帰路を歩む。カニミソとの戦いが終わったにも関わらず、傷口の痛みが気にならない程に拳凰は興奮していた。これから始まる更なる戦いに、胸は大きく高鳴った。


 拳凰がカニミソを倒したのと同刻、妖精騎士団の人間界拠点にある転送用魔法陣にホーレンソーが戻って来ていた。

「おうホーレンソー、わざわざ緊急招集をかけといてその本人が遅く来てんじゃねーよ」

 机に足をかけながらそう言うのは、肩下まであるボサボサの金髪に鋭い目つきの青年。妖精騎士団の一角である獅子座レオのハンバーグだった。

「すまないな、私にも仕事があったのだ。ところで、集まっているのはこれだけか?」

 現在この部屋にいるのは、ホーレンソーを含め六人。妖精騎士団総勢十二名の内、半数しか出席していない。

「ムニエル様とハバネロさんは妖精界ですから来られませんし、ポタージュは仕事が忙しく出られそうにないと連絡がありました。カニミソは連絡がとれません。ビフテキさんはもうじき到着されるそうです。カクテルさんはオフのはずですが……」

 モニターの前に腰掛けそう言うのは、黒い髪を七三分けにして眼鏡をかけた男。天秤座ライブラのザルソバであった。

「カニミソに仕事を頼んだのは私だ。彼に関しては問題無い」

 そう答えながらホーレンソーが席に着いたところで、魔法陣に別の姿が現れる。

「来たか、カクテル」

「ええ、来ましたよ。せっかくオフを楽しんでいたというのに、嫌々ね」

 水瓶座アクエリアスのカクテルは、白衣を身に纏い不健康な程に痩せた青髪の男である。その腕にはレンタルDVDショップの袋を提げている。

「おや、またいつものですか」

「ええ」

 カクテルが袋から取り出し他の騎士達に見せたのは、スプラッタ映画のDVDである。

「やはり人間界のスプラッタ映画は良い。私はこれを見るために人間界に来ていると言っても過言ではありません。せっかく今日はこれを観て楽しみたかったのに、ホーレンソーさんも酷な方です」

「仕方が無いだろう。今は一大事なのだ」

 嫌味ったらしく言うカクテルに対し、ホーレンソーはそう返す。

「相っ変わらず気持ち悪ぃ趣味してんなあの変態野郎」

「あら、貴方も人のこと変態呼ばわりできるような趣味なのかしら」

 ハンバーグに対してそう言うのは、乙女座バルゴのミルフィーユ。足下まである白いロングスカートを穿き、ウェーブがかった桃色ロングヘアの美女である。バストは非常に豊満であった。

「んだとコラ! 俺をあいつと一緒にすんじゃねえよ三十越えのババアが!」

「……怒りますよハンバーグ」

 年齢のことを言われ頭にきたミルフィーユは、笑顔のまま額に青筋を浮かべる。

「喧嘩イクナイ、マターリしようよ」

 そこに入って二人を宥めるのは、忍装束を纏い覆面で顔を隠した男。双子座ジェミニのソーセージであった。

「まったく、喧嘩っ早いのも大概にするぜよ」

 奥の方に腰掛け腕を組んでそう言うのは、左目に眼帯をし甲冑に身を包んだ男、山羊座カプリコーンのミソシルである。

「ちっ、るっせーな」

 ハンバーグは不機嫌そうにそっぽを向いた。

 丁度その時、魔法陣に別の妖精騎士が姿を現す。

「遅れてすまない。して、用件を言ってもらおうかホーレンソー」

 現れたのは焦茶色の髪に髭を蓄えた顔の老騎士、牡牛座タウラスのビフテキである。背丈はハンバーグより更に高く、恰幅がよく筋骨隆々のがっしりとした体格をしている。

「これで今回来られる者は全員揃ったな。それでは本題に入ろうか。本日召集をかけたのは他でもない、例の不審者のことだ」

「例の不審者……『乱入男』のことか。私も昨日知ったのだが、三日前から出現していたそうだな」

「ええ。最初の一回は田中山たなかさんに、二回目と三回目は加門公園に出現しています。最初二回は試合開始前の出現だったため映像には記録されませんでしたが、昨日の三回目で試合中に乱入したため初めてその姿がカメラに映りました。当然妖精界のお茶の間にその様子は流され、SNSでは『乱入男』と呼ばれ話題になっています」

 ザルソバはキーボードを操作してモニターに拳凰の情報を映しながら言った。

「生憎私は昨日の映像をまだ見ていない。噂には聞いているが、乱入男の見た目等は何も知らないのだ」

 ビフテキが言う。

「私はリアルタイムで昨日の映像を見ていましたが……彼が何者かわからないのは我々皆同じです」

「まったくけしからん輩ぜよ。一体何が目的なのか……」

「どうして結界内に侵入できるのか、調べる必要がありますね」

「ドキュソ逝ってよし」

 ザルソバとビフテキの会話にミソシル、ミルフィーユ、ソーセージが口を挟む。ザルソバは眼鏡を指でくいっと上げ、モニターに映像を映した。

「こちらが、先日放送された映像です」

 妖精界の魔法カメラによって撮影された、拳凰VS朱音&美波のバトルである。

「これは……!」

 その映像を見たビフテキは、目を丸くした。

「どうかされたのですか、ビフテキさん」

「いや……何でもない。それでホーレンソー、もしやこの男について何かわかったのか?」

「わかった、というわけではないのだが……先日私はカニミソから、担当する魔法少女が不審者に襲われたとの相談を受けたのだよ。そしてSNSを見てみれば、乱入男なる不審者が妖精界で話題になっている。既に奴の被害を受けた魔法少女は四人、これは由々しき事態と考え、私の独断でカニミソを乱入男討伐に向かわせたのだ。丁度彼は今日他に仕事が無かったようだからな。もし今日も加門公園に乱入男が現れたなら、今頃カニミソに倒されている頃だろう。どれ、一つ電話でもしてみるか」

 ホーレンソーは携帯端末を取り出し、カニミソの番号に電話をかける。

「……?」

 先程までいつものように軽い表情をしていたホーレンソーだったが、携帯から流れるメッセージを聞いて険しい表情になる。

「どうしたホーレンソー」

「カニミソが……負けた……」

 携帯から流れたメッセージは、魔力が無いので通話できないことを知らせる旨のものであった。妖精界の携帯端末フェアリーフォンは、所有者の魔力によって通話を可能とする物である。そのため所有者が魔力切れを起こした場合や所有者から遠く離れた位置にある場合は、通話自体ができなくなるのである。

「所詮あやつは妖精騎士団最弱。実力も無い癖に親のコネだけで妖精騎士団入りした雑魚ぜよ」

「カニミソが弱いのは承知の上だったが……まさか人間に負けるほど弱かったのは計算外だったのだよ」

 ホーレンソーは俯きながら言った。

「こうなっては仕方あるまい。次はこの射手座サジタリアスのホーレンソー自ら、責任を持って落とし前をつけてくるのだよ」

「いや、待て」

 顔を上げ拳凰を倒すことを決意したホーレンソーを、ビフテキが制止した。

「乱入男については、このまま放置すべきだと私は思う。我々は通常通り魔法少女バトルの運営を行い、乱入男には手を出さない方針で行こう」

「何を言っているのだね!? いくらカニミソといえど妖精騎士の一人を倒されているのだぞ!」

 ビフテキがあまりに意味不明なことを言い出したので、ホーレンソーは慌てて反論した。カクテルはそこに割って入る。

「乱入男の出現した先日の試合は、とんでもない高視聴率を叩き出したそうです。放送局からは彼を退治しないで欲しいという要望も来ているのですよ」

「な、何と身勝手な! ビフテキよ、貴方はそれに従うというのか!? あんなもの放送事故ではないか!」

「……あくまで、魔法少女バトルはエンターテイメント。視聴者がそれを求めているならばそうするのが道理だろう」

「彼は魔法少女と違って血を流してくれます。やはり民衆も魔法少女同士のヌルいバトルより、彼のような血生臭いバトルを求めているということです」

「+激しく同意+」

「ビフテキがそう言うなら俺もそっちにつくぜ」

 カクテルに続いてソーセージとハンバーグも、拳凰を放置することに賛成する側についた。

「とにかく、妖精騎士団が乱入男に手を出すことは今後禁止とする。奴はこのまま泳がせておくのだ。よいな」

 ビフテキはそう言うと振り返り、再び魔法陣へと向かいこの場を去ってしまった。

(どうなっているのだ……カクテルやソーセージやハンバーグがおかしいのはいつものことにしても、何故ビフテキまで……普段の彼ならば即刻討伐せよと言いそうなものだが……)

 ビフテキの様子に不信感を覚えたホーレンソーは、その背中をじっと見つめていた。ミルフィーユやザルソバ、ミソシルらも同じように思っている様子だった。


 帰宅した拳凰は、一昨日と同じく玄関でぶっ倒れる。そしてこれまた一昨日と同じく、出迎えた花梨が悲鳴を上げた。

「ケ、ケン兄、腕が……」

「ああ、見りゃわかんだろ。さっさと魔法でこの腕くっつけろ。あと右目が見えなくなってんのと……血が足らねえのもだ」

「う、うん」

 花梨は慌てて結界を張り、魔法少女に変身。魔法の縫い針で拳凰の右腕を縫合しつつ、魔法の包帯を頭に巻いて右目を再生。更に魔法の輸血パックで血液を補充した。

 治療を受けている間、拳凰はカニミソから奪ったフェアリーフォンを左手で操作する。

(さて、明日の魔法少女バトルは……と)

 これだけの大怪我をしたにも関わらず、拳凰は明日も戦う気満々であった。むしろこれだけの大怪我をしたからこそ、次に妖精騎士と戦う時のために魔法少女とと戦いまくって鍛えなければと思っていた。

(加門公園以外でもいろんな所でやってんだな。ん? こいつは……)

 明日行われる試合の中から、この近くの会場でやっているものを探す拳凰。その中に、一つの見知った名前があった。

『白藤花梨(中一)VS黄金こがね珠子たまこ(中二) 会場:安井やすいビル屋上』

 それは明日、花梨が試合に出るという知らせであった。



<キャラクター紹介>

名前:三日月みかづきあずさ

性別:女

学年:高一

身長:161

3サイズ:88-59-95(Dカップ)

髪色:黒

髪色(変身後):緑

星座:射手座

衣装:狐耳&巫女服

武器:和弓

魔法:様々な効果を持つ魔法の矢を撃てる

趣味:弓道

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