第56話 永遠の別れ

 屋敷に戻ったクラッカー達は、港でのことを皆に報告した。屋敷に残った者達はそれを聞き酷く落胆した。

 そして村に行った者達が戻ってくると、更に絶望が増したのである。

「村にはどれだけ探しても生き残ってる奴なんて誰もいなかった。それどころか一緒に行った奴が五人食われた」

 命からがら戻ってきた男の一人が、泣きながら言った。

「そ、そんな……」

 無論、これでライチの家族が生きている可能性が大きく下がったのは言うまでもない。ライチは力が抜けて床にへたりこんだ。

「くそっ、結局生き残ったのは俺達だけってことか」

 一人の男が拳で壁を叩く。嘆く声があちらこちらから聞こえた。

「皆さんお静かに! 何か聞こえます!」

 クラッカーが言う。全員が声を止めると、途端に地鳴りが響いてきた。集会所でも聞いた、魔獣の足音である。

「魔獣だ! 魔獣がこっちに向かってきている!」

「ひいぃっ!?」

 またしても屋敷はパニックの様相に。だが直後、急に魔獣の足音が止まった。屋敷の中は静まり返る。

「こ、こっちに来るのをやめたのか……?」

 と、その時、外で見張りをしていた男の一人が慌てて屋敷に駆け込んできた。

「た、大変だ! 魔獣が空を……」

 そう言い終わる前に、天井が砕けた。瓦礫と共に振ってきたのは、先程の巨大魔獣。男は哀れにもその下敷きとなり絶命した。

 天井を突き破っての奇襲。まさかの場所から魔獣が出現したことに、島民達は取り乱した。魔獣の背中には翼があり、飛行能力を有していたのである。

 屋敷の中にいた者達は逃げる暇もないまま次々と魔獣の餌食となってゆく。勇敢に立ち向かっていった者もいたが、武器が全く通じず一瞬で食べられた。

「もうここも駄目だ! 早く逃げるぞ……ぐわーっ!」

 なんとか冷静に逃げ出そうとした者も、すぐ魔獣に気付かれて殺される。

「お逃げ下さい坊ちゃま!」

 クラッカーはガトリングガンを構え、魔獣に銃口を向けた。ホーレンソーはライチの手を引き走り出す。

 嵐の如く発射される銃弾は魔獣の鱗に容易く弾かれるが、注意を引き付ける効果はあった。自分が囮になりホーレンソー達を逃がすつもりなのだ。

「すまないクラッカー!」

 長年仕えてくれた執事を見殺しにすることに、ホーレンソーは唇を噛み締める。それでも今は、生きねばならない。

 もう少しで外に出られる、丁度その時だった。屋敷の壁を突き破って、同型の魔獣がもう一体現れたのだ。

「なっ!?」

 二人の顔が青ざめる。思えば不思議だったのだ。村にいた魔獣が一度港に行った後また村に戻るというのは少々不自然な行動だ。港を襲ったのは別の魔獣だと考えた方が自然なのである。

 クラッカーはすぐさま二体目の魔獣に銃口を向け、目に向けて連射。魔獣が怯んだ隙に、ホーレンソーとライチは壊れた壁から屋敷を脱出する。

 背後で聞こえるのは骨の砕ける音とクラッカーの悲鳴。それでも二人は振り返らずに駆けた。

 もうどこでもいいからとにかく走れ。騎士団が来るまで、ただひたすら逃げ回るのだ。


 逃げ込んだ先は、屋敷近くの森。奇遇にもそれは二人が初めて会った場所であった。

 二人とも息が切れており、一先ずは切り株に腰掛けて休憩を取る。

「ハァ……ハァ……大丈夫か、ライチ」

「……はい」

 ライチの声には元気が無い。家族を失ったショックはあまりにも大きかった。

「あまり長くは休んでいられない。頃合を見て出発しよう」

「あの、ホーレンソー様……」

 不安げな目で見つめるライチ。ホーレンソーはその肩にそっと手を置く。

「安心したまえ。君はこの僕が、先祖の弓に誓って守ってみせる。絶対にだ」

 ホーレンソーがそう言うと、ライチは心なしか少し安心した様子だった。

 と、そこで遠くから魔獣の足音が聞こえた。

「そろそろ行こう」

「はい」

 二人はまた手を繋いで走り出す。魔獣を撒くため、森の奥深くまで。

 だが森の中心部に差し掛かった辺りで、ふとホーレンソーは周囲の変化に気がついた。

 周りの木々が薙ぎ倒されている。そして地面の土には、巨大な足跡。間違いなく、魔獣がここを横切ったのだ。

「そういえばこの森でオカユさんが行方不明になったって……」

 ライチが青ざめた顔で言う。

 必死故にそこまで頭が回らず、考え無しで森に入って後からそのことを思い出したのである。

「だ、大丈夫だ。魔獣はこの森から移動して村に行ったのだろう。だったらもうこの森にはいないはずだ」

 ライチを元気付けるため、ホーレンソーは前向きに考える。

「この森ならば隠れる場所はいくらでもある。ここに入ったのは正解だったのだ! さあ、行こう!」

 ホーレンソーが自分を鼓舞するようにそう言ったところで、突如大きな音が聞こえた。魔獣の足音ではない、まるで電気が迸るような音である。

「な、何だ!?」

 音の鳴った場所は、魔獣の足音を逆に辿っていった方向。木々が薙ぎ倒されて丁度視界が広くなったその先に、何やら光るものが見えた。それと同時に、強い魔力を感じる。

「向こうで一体何が……だがこの魔力、もしや妖精騎士団では!?」

 一筋の希望が見えた、そんな気がした。

「行こうライチ! これで助かるかもしれない!」

 ホーレンソーはライチの手を引き駆け出す。

 魔獣の足跡と逆走し向かった先にあったものは、家一軒分ほどの敷地に描かれた巨大な魔法陣であった。

 足跡はこの魔法陣から始まっている。それが意味するものとはつまり。

「ここから魔獣が召喚されていると……」

 魔法陣の中から、何かが形成される。あの巨大魔獣と同型の魔獣である。

 当てが外れたばかりか、更なるピンチを招いてしまう。あまりの事態に、ホーレンソーは愕然とした。

「ぼ、僕は一体どうしたら……」

「ホーレンソー様! ぼーっとしてる場合じゃありません! とにかく逃げましょう!」

 ライチから叱咤され、ホーレンソーは我に返る。

 魔獣が巨大な分、召喚には時間がかかる。今ならまだ逃げられる。

 二人は魔法陣を避けて走り出すも、直後急に空が暗くなった。否、二体の魔獣が二人の頭上に現れたのである。

 この魔獣は飛行可能時間は短いが、それを有効に使える知能がある。これまで二人は深い森の中にいたため空中から視認することはできなかったが、木々が薙ぎ倒された場所に来たため、上から丸見えになってしまったのである。

「しまった!」

 頭上を見上げ、ホーレンソーは焦る。

「妖精騎士団は……まだ来ないのか……」

 足が震える。それでもどうにか抵抗しようと、ホーレンソーは歯を食いしばり空中の魔獣に向けて弓を引く。

「僕は……ライチを守ると決めたんだ!」

 放った矢は魔獣の前足に命中するが、ダメージを受けている様子は無い。それでもなお矢を撃ち続ける。

「ホーレンソー様!」

 背後でライチが叫ぶ。何事かと思いホーレンソーが振り返った時、生暖かい血が頬にかかった。

 それはあまりにも呆気なく、そして間抜けな結末であった。

 ホーレンソーが空中の魔獣に気を取られている間に三体目の召喚が完了し、絶対に守ると誓ったはずのライチは、あえなくその餌食となっていたのである。

「う、うわああああああ!!!」

 受け入れがたい光景を目の当たりにし、絶叫が上がる。取り乱すホーレンソーを鎮める者は、最早誰もいない。

 後はただ、三体の魔獣に嬲り殺されるのを待つのみ。

 全てが終わったと感じたその時、上空を何かが飛来した。そこから一本の短剣が落ちて地面に刺さる。するとホーレンソーの前の地面が突如隆起し、巨大な壁を作り出した。地上から噛み付こうとする三体目の魔獣は、それに阻まれぶつかる前に静止する。

「汚物は消毒だー!!」

 飛来したものは妖精騎士団の輸送機であった。いつもの口癖を叫ぶと共に輸送機から飛び降りたのは、半裸にサングラスのモヒカン男。蠍座スコーピオンのハバネロである。

 空中の魔獣の背中に乗っかると同時に火炎放射器を突き刺し、体内に火炎を放射。魔獣は空中で爆発炎上した。

 続いて飛び降りたのは、銀の甲冑に身を包んだ褐色肌の男。射手座サジタリアスのワンタンである。

 ワンタンは落下しながら槍を下に向け、勢いをつけて二体目の魔獣の頭を刺し貫く。そのまま魔獣をクッションにして着地し、魔獣が絶命したことを確認した。

 地上にいる三体目の魔獣は突然現れた壁を避けて回り込み、再びホーレンソーを喰らおうと襲い掛かる。

 ホーレンソーの眼前に、三人目の騎士が着地した。真紅の鎧に身を包んだ、頼もしい背中。牡羊座アリエスのジンギスカンである。ジンギスカンがハルバードを大地に突き刺すと、円錐状に隆起した大地が魔獣を刺し貫いた。魔獣は口から血反吐を吐きぐったりと絶命。

 ホーレンソーや島民達がまるで歯が立たなかった三体の魔獣全てを一撃で倒した、三人の妖精騎士。圧倒的な強さを目の当たりにしたホーレンソーだったが、その表情には喜びも安堵も無かった。彼らの到着は、あまりにも遅すぎたのである。

 ジンギスカンは魔獣を召喚する魔法陣にもハルバードを突き刺して破壊。これで次の魔獣の召喚も止められた。

 着陸した輸送機からは、王国軍の兵士達がわらわらと出てきた。

「ジンギスカン様、これで魔獣の反応は消えました」

「よし、ではこの少年の保護と、他の生存者の捜索をせよ」

「了解!」

 兵士は放心するホーレンソーに優しい声をかけながら連れて行くが、最早ホーレンソーにその声は聞こえていなかった。


 軍は必死の捜索を行ったが、結局生存者は見つからず。ホーレンソーがただ一人の生き残りとなった。

 保護されたホーレンソーは、当然王都にいる家族の下に送り届けられた。

 王都では魔法による捜査が行われ、カロン島に魔獣を送っていた犯人は新領主であることが判明。その新領主は王都に住む貴族で、ナットー・ベテルギウスといった。

 ナットーは魔獣学者としても知られており、自分の作り上げた改造魔獣の実験場とするためにカロン島を買い取ったことも判明。ベテルギウス家はかの大賢者にして大罪人、ガリ・ベテルギウスの末裔である。奇しくも先祖と同じく危険な実験によって多くの命を奪ったことになるが、今回は最初から島民を魔獣の餌にするつもりであったため尚更に悪質であった。

 ナットーは逃亡の末妖精騎士団と戦闘となり、追い詰められたところで騎士の剣に自ら飛び込み命を絶ったとのことであった。

 アルタイル家は、悪魔に民を売った外道の領主としてマスコミから多大なバッシングを受けた。夢にまで見た花の王都暮らしのはずが、誰もが自分達を蔑み怒りの視線を向ける、地獄の王都暮らしの始まり。夫婦と長男はその状況を気に病み、三人揃って首を吊り自ら命を絶った。

 塞ぎ込み引き篭もっていたホーレンソーは、軍が屋敷に乗り込んできた時にそのことを初めて知った。いっそ自分も死んでライチの所に行こうと考えたが、軍に保護という名の監視をされる状態に置かれ、それすらさせてもらえなくなった。

 やがて彼を引き取りたいという貴族が現れ、紆余曲折あって軍に入隊し、十九歳で騎士試験を受け妖精騎士となるわけだが、それはまた別の話である。



「……と、いうわけだよ。如何だったかね?」

 屋上のベンチ。二人並んで腰掛けながら、ホーレンソーは梓に己の過去を語っていた。

「ごめんなさい、その……どう反応したらいいか……」

 あまりにも凄惨な過去を聞かされて動揺していた梓は、感想を聞かれても言葉が出なかった。

「まあ今となってはこうして人に話せるくらいまで心の傷は回復しているのだがね。やはり思い出すと胸が苦しくなるというものだ」

「ごめんなさい、嫌なことを思い出させてしまって」

「構わないさ。それよりもこれでわかっただろう、私が君を守りたい理由が。ライチと似た君を、私は失いたくないのだ。だから余計なことに首を突っ込むのはやめたまえ」

 ホーレンソーは真剣な顔で梓に訴える。梓はその思いを汲んでやりたいのはやまやまだが、バトルの裏で起こっている謎の事態に正義感を突き動かされているのもまた事実。

「じゃあ、せめて教えてくれないかしら。私はミスターNAZOとは直接戦ってはいないからあまり詳しくは知らないのだけれど……ミスターNAZOが魔法少女を傷付けられる攻撃をしたってのは、本当にただの演出なの? そして本当は演出じゃないのだとしたら、あの雨戸朝香と何か関係があるの?」

 嫌なことを聞かれて、ホーレンソーは困った表情。

「残念だが全てに答えることはできない。だがこれだけは伝えておこう。水瓶座アクエリアスのカクテルは危険な男だ。彼にだけは気をつけたまえ」

「……ええ、肝に銘じておくわ」

「さて、私はこれから仕事があるのでね、今日のデートはこれでお開きだ。後の時間は好きに過ごしたまえ」

 ホーレンソーは立ち上がる。

「時間を使わせてしまってすまなかったね」

「いいえ、ご馳走して頂いた昼食、とても美味しかったわ」

 二人はレストランを出る。梓はとりあえずまたオリンポスの街を散策するつもりである。

「それでは三日月君、また明日」

「ええ、また明日」

 ホーレンソーに背中を向ける梓。

「三日月君」

 声をかけられて、梓は振り返る。

「私は誓おう、必ず君を守ると」

「自分の身くらい自分で守れるわ。でもそれが貴方の仕事だものね」

 いいように逃げられたなと、ホーレンソーは呆れたポーズをとった。

 梓に背を向け城に向かって歩き出したホーレンソーの目つきは、デート中の柔和なものから鋭く精悍なものに変わった。



<キャラクター紹介>

名前:ライチ

性別:女

年齢:享年15

身長:155

3サイズ:85-58-93(Cカップ)

髪色:緑

星座:牡牛座

趣味:釣り

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