第104話 フォアグラの野望

 その男は、生まれついての支配者とも言うべき怪物的人格の持ち主であった。

 フォアグラは王都オリンポスの庶民の家に生まれた。幼い頃より魔法や勉学に才覚を見せ、まさしく神童と呼ぶべき天才であった。

 しかしその才覚を自覚するにつれ、性格は悪辣となっていった。自分の才能を鼻にかけ、常に他者を見下していたのである。

 だがある時、フォアグラに転機が訪れた。小学校に入ったばかりの頃の、ある日の学校でのことだった。たまたま通りがかった廊下で、同級生が怖そうな上級生に絡まれていたのである。上級生は何やら足を踏まれたから殴らせろだの何だのと理不尽なことを言っていた。

(年下相手に大人気ない奴だ)

 フォアグラは内心小馬鹿にしながら、どうでもいいとばかりに通り過ぎようとする。

「た、助けてフォアグラ君……」

 と、その時、同級生は突然フォアグラに助けを求めたのである。勿論フォアグラは助けるつもりなどなく、無視して素通りするつもりだった。

「おいそっちのガキ、お前も殴らせろ」

 突然、上級生の標的がフォアグラに向いた。振り下ろされた拳を、フォアグラは軽々と掴む。自分より遥かに身体の大きな上級生の拳をである。上級生が驚いたのも束の間、フォアグラはもう片方の手で上級生の腕を掴み、力任せにへし折った。

「ぎゃあああああ!!」

 上級生の悲鳴が廊下に響き渡る。

 他人がどうされようと知ったことではなかったが、自分に危害が及ぶのは許せない。フォアグラとはそういう男なのだ。

「あ、ありがとうフォアグラ君」

 同級生が感謝の言葉を口にした。フォアグラからしてみれば別に彼を助けたつもりはなかったが、不思議と嬉しい気になった。

 それからというもの、フォアグラは一躍同級生のヒーローとなった。友達を助けるため怖い上級生に立ち向かった勇敢な男、そうやって持て囃された。

 他人から称賛されるというのはなんと気持ちのいいことなのだろう。幼心に感じたそれが、フォアグラの原体験であった。

 自分だけを至高とし他人を見下していた男が、初めて抱いた他人への興味だったのである。

 それ以来、フォアグラは称賛されるための努力を惜しまなくなった。困っている人を積極的に助け、その度に感謝と称賛を貰い気持ちよくなっていた。

 誰からも好かれる好人物を演じ、別人のように人当たりがよくなった。抜群のリーダーシップを発揮するようになり、そのカリスマによって多くの人を惹きつけた。

 凄いことを成した後自分は大したことないと謙遜することでより褒められるようになるというテクニックも、この頃に学んだ。

 この男のカリスマは目上の者さえも魅了し、いつしか上級生や教師からも頼られるようになった。

 困ってる人をいつも助けてくれる、みんなのヒーロー。たとえそれが利己主義的な歪んだ欲望に由来するものだったとしても、それによって多くの人が助かっているのだから、それは紛れもない善行であった。

 だが当然、それを快く思わない者達もいたのである。フォアグラはそういった相手には容赦が無かった。彼らを徹底的に悪者に仕立て上げつつ、それを懲らしめることによってより自分をより良く見せる。相手がこの上なく屈辱的に感じるやり方で、二度とこちらに挑んでこれぬよう貶め叩き潰したのだ。

(やれやれ、僕が天才すぎるから、こういうつまらない妬み嫉みを受けるんだ)

 頭の良さでも腕っ節でも、フォアグラに勝る者はいなかった。フォアグラ自身は敵対者の出現を、嫉妬を受けるほどの偉大さの具現と考えた。

 ある時、フォアグラ自身が手を下さずともフォアグラのカリスマに惹かれた信奉者達が勝手に敵対者を叩き潰してくれたことがあった。

 それに味を占めたフォアグラは、信奉者達を上手く誘導して積極的に利用するようになった。

 敵対者がフォアグラの悪行を咎めようとすると、フォアグラ君がそんなことするはずがないと、信奉者達が庇ってくれた。フォアグラ君が嘘をつくはずがないと、どんな嘘も手放しに信用された。

 皆の人気者であるフォアグラは常に正しく、フォアグラを嫌う者は悪であるという風潮を作り出す。生涯一貫して行う情報戦略は、この時点で既に出来上がっていた。

 やがてフォアグラの目には周りの他人が、自分を褒め称えたり自分に利用されたりするためだけに存在する味方と、自分を妬み自分に懲らしめられるためだけに存在する敵のどちらかにしか見えなくなっていた。

 そうして敵を排除しながら味方を増やしていったフォアグラは、いつしか実質的な学校の支配者と化していたのである。


 中学に進学してからも、同じやり方で学校を支配した。いつかこの国そのものを支配したいと考えるようになったのは、この頃からだ。

 何をやっても上手く行く。挫折という感情は、生まれてこの方味わったことがない。この世界の中心は自分であり、この世界の全ては自分のために存在するのだ。根拠無き万能感ならぬ、根拠ある万能感に酔いしれる日々。

 中学を出た後は妖精騎士を志してトレミス士官学校に入学。厳しい訓練の中でそのカリスマはより磨かれ、名だたる貴族の子弟達さえも信奉者へと変えていった。

 自らを気体に変え完全無敵となる魔法も、この頃に会得した。それはさながら、フォアグラの人格面での無敵さを象徴するかのような魔法であった。

 首席卒業して正式に王国軍士官となった後は、それを武器に八面六臂の大活躍。瞬く間に地位を上げていった。

 地位、実力、信頼、カリスマ、何もかもを併せ持った完璧超人に、向かう所敵無し。だが彼が国民的英雄への道を邁進する裏で、彼に嵌められて地獄を見た数多の軍人がいた。出世の邪魔になる者、意見の合わない者、なんとなく気に入らない者。そういった相手を、フォアグラは時に自分から、時に信奉者を使って容赦なく叩き潰した。

 フォアグラの実力であれば、敵対者潰しなどせずとも自然と上には行けたはずであった。だが本来の自分を隠して人格者を演じ続けるのは、非常にストレスの溜まるものである。敵対者を陥れ社会的に抹殺するのは、実益よりもストレス解消を目的とした趣味と化していたのだ。

 やがてフォアグラはその圧倒的な実績を買われ、二十三歳の時に獅子座の騎士に就任。先代の獅子座はフォアグラの実力に敬服し騎士の座を譲った。少なくとも、公式記録の上ではそういうことになっている。

 騎士となったフォアグラが真っ先に取り入ったのは、妖精王ラザニアであった。人の良すぎるラザニアはフォアグラの実績と人柄にころっと騙され、信頼を寄せるようになったのである。


 騎士としても数多の功績を残していったフォアグラ。やがて時は流れ、翌年に魔法少女バトルを控えた三十二歳の時。運命を変える出来事が起こった。

 妖精の平均寿命を超える高齢となっていたラザニアが、フォアグラに国政を任せると言い出したのである。あくまで息子に王位を継がせるまでの中継ぎとしてではあったが、それは多くの国民に衝撃を与えた。だが国民的英雄たるフォアグラは一般市民からの絶大な支持を得ており、手放しに歓迎する者も少なくなかった。

 妖精王国の現制度では王族及びそれに連なる血筋の貴族しか摂政にはなれない決まりであるため、フォアグラは肩書き上は単なる一騎士ながら事実上の摂政という扱いとなった。騎士の職務も引き続き行っていたのである。

 そしてその政治方針は、ラザニアの代理人という立場でありながらラザニアの真逆を行くものであった。ラザニアの政策を一つ一つ否定してゆくことで、ラザニアは無能だったというイメージを作り出したのである。

 元々ラザニアは王宮内の主流派諸侯からは疎まれていた。フォアグラはそこにつけ込んで反ラザニア派諸侯を纏め上げ、ラザニア即位以前の体制への回帰を掲げた。しかし彼らもフォアグラに利用されていたに過ぎず、フォアグラの本当の狙いは自分一人だけに都合がいい国を作ることであったのだ。

 ラザニアはもう長くはない。目指すものは次期妖精王をお飾りとした、自身による摂政政治の継続。

 そして例によって、フォアグラは政敵達を失脚させるためにあの手この手を使った。信奉者達を情報部隊に仕立て上げ、自前の闇の一族ダークマターを組織したのである。そして自身の犯した悪行やダーティな側面、都合の悪いことは徹底的に隠し通し、最初から存在しないものとした。本家闇の一族ダークマターがラザニアの意向により殆ど動けないというのも、フォアグラにとって追い風であった。


 そんなフォアグラ政権の中で始まった、魔法少女バトルドイツ大会。フォアグラは人間界に赴きバトル運営の仕事をこなす傍ら、頻繁に妖精界に戻っては摂政としての公務に勤しんでいた。自己顕示欲を満たすためならば、オーバーワークすらなんのその。二束の草鞋を履きながらどちらも完璧にこなすその姿に、多くの国民が感服した。

 その大会の途中で、妖精界全土を揺るがす大事件が起こった。言わずと知れた、王族暗殺事件である。ラザニアが崩御し、大会は中止の危機に陥ったのだ。

 しかしフォアグラはそれをチャンスと捉えた。自らが先頭に立って進行し、無事大会を成功させたのである。それはまさしく、新時代の指導者たるカリスマを国民に強く印象付けるものであった。

 その上でフォアグラは更なる情報操作を畳み掛けた。他の騎士達は暗殺事件にうろたえるばかりで殆ど何もできかった。大会の成功はフォアグラ一人の手柄だという嘘を流したのである。

 現状フォアグラにとって最大の政敵は、同じ騎士団の一角たるビフテキであった。ビフテキは妖精王第一主義者であり、神の血を重んじる思想の持ち主。フォアグラによる摂政政治を快く思っていないのは当然である。その上次期王位継承者の教育係も務めており、自身の育てた王が執政することを強く望んでいた。どうにかビフテキを失脚させたいと思っていたところに飛び込んできた王族暗殺事件は、まさしく天からの恵みだったのだ。

 ラザニアは無能のレッテルを貼られたまま死んだ。ビフテキ他の騎士達は国民の印象を悪くし、王位を継ぐオーデンに政治能力は皆無。反フォアグラ派諸侯は失脚し、王宮内で政務を担うのはフォアグラの信奉者ばかり。最早この国を引っ張っていけるのはフォアグラ一人しかいない。

 オーデンもまた反ラザニア派であり、同じ志を持つ以上は今後確実にフォアグラを頼ってくるだろう。誰もがフォアグラを望んでいる。摂政制度の法改正は既に完了しており、次はいよいよ騎士を辞め正式な摂政となる番だ。

 小学生の頃から同じやり方を繰り返してきて、常に成功してきた。自分は神に選ばれている。否、自分こそが神なのだ。

 あまりにも上手く行き過ぎて、最早高笑いするしかなかった。

 だが、そのフォアグラの目論見は外れた。

 オーデンはまず自らの腹心であるメザシ卿を宰相の座に就け、己の政治的権力を磐石たるものとした。そして自ら政治を執り行うと共に、フォアグラ一派を排除し出したのだ。

「フォアグラよ、今までよくやってくれた。これからは騎士の仕事に専念するがよい」

 フォアグラを労うような言い方ではあったが、それは明らかにもうお前を政治に関わらせないという意思表示であった。

(ば、馬鹿な……オーデンがここまで愚かだったとは……子供の頃から今に至るまで、嫉妬による嫌がらせを受けることは茶飯事だった。だがよもやそれをこの国の君主から受けることになるとは……)

 愚衆を操ることによって力を付けてきた男が、愚君によって潰される。実に皮肉な話である。

 オーデンはラザニアと違い、闇の一族ダークマターを積極的に使うスタイルを執った。しかしその堂々と粛清を行うやり方は国民に恐怖と反発を与え、オーデンの評判は見る見るうちに落ちていったのである。汚れた部分を徹底的に隠し通しクリーンなイメージを保っていたフォアグラとは、真逆を行くと言ってもよいやり方であった。

 フォアグラが手を下さずとも、オーデンの悪評は日に日に広まってゆく。それにフォアグラは常々もどかしさを感じていた。

(私ならば何もかももっと上手くやれていた。この国を治めるに相応しいのはこの私だっ……!)

 そんなフォアグラの心を読むように声をかけてきたのが、水瓶座アクエリアスのカクテルであった。

「悔しいですねえ、貴方はあれほど国の為に尽くしてきたというのに、この国は貴方に冷たい」

「私を嘲りに来たのか、カクテル」

「いえいえ、私は貴方の味方ですよ」

 騎士団一胡散臭い男、カクテル。そう易々と信用できる人物ではない。当然フォアグラも、この男には警戒心を持っていた。

「貴方ほどの方が、このままやられっぱなしでいる気ですかフォアグラさん。どうです? 起こしちゃいます? クーデター」

 眼をギョロギョロと動かし、酷く悪い顔でカクテルはフォアグラに言い寄る。

「私を陥れるつもりか、オーデンの回し者め」

「もう一度言いましょうか? 私は貴方の味方です」

 フォアグラは返答することなく去った。だがその目には、ギラギラとした闘志が宿っていたのである。


 クーデターを起こす。フォアグラに迷いは無かった。そのための準備として、早速得意の情報戦略を行った。

 傲慢で悪辣なオーデンとはまさに対照的と言える己の謙虚で誠実な人物像を広め、本当に妖精王に相応しき人物が誰か世論を作り上げていった。

(腐敗した現王朝を打ち倒し、このフォアグラを初代とする新王朝を打ち立てる。私はこの世の王にして神となるのだ)

 そんなフォアグラを見て、カクテルはほくそ笑んだ。

(これだから野心家というのは扱い易い。せいぜい私を楽しませて下さいよ、フォアグラさん)



<キャラクター紹介>

名前:第二使徒・至高の天才ポトフ

性別:男

年齢:45

身長:161

髪色:灰

星座:水瓶座

趣味:酒飲み

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