第105話 水瓶の暗躍

 これは魔法少女バトル最終予選が終わり、魔法少女達が妖精界観光を楽しんでいた時期のことである。

 フォアグラ大聖堂では、教祖フォアグラと七聖者、第二十使徒チクワの九名が卓を囲んでいた。

「幹部諸君、いよいよ時は満ちた。これより我らは動き出す」

 フォアグラは神々しくも和やかな微笑みを浮かべながら言う。

「ここまで一年間、よくぞ我慢して力を蓄えて下さいました。お陰で我々教団の戦力は大幅に向上しましたよ」

 続けてそう言う頭の禿げた男は、第二使徒ポトフ。元々はフォアグラに心酔するごく普通の魔導科学者であったが、カクテルが教団幹部として活動するに際して正体を隠すため、人格を乗っ取られ操り人形にされた男である。その言葉は決してポトフ自身のものではなく、カクテルによって言わされているものに過ぎない。

「王都制圧の準備は完了しました。今の皆さんの実力は、妖精騎士団を完全に上回っています」

 その説明は紛れもない嘘偽りであった。確かに七聖者の戦闘能力は大幅に向上したが、妖精騎士団を完全に上回るとまではいかなかった。

 フォアグラも幹部達も騙されていた。この時既に、教団滅亡の準備は完了していたのだ。

「では改めて作戦を説明致します。これまで我々の侵入を拒んできた王都オリンポスですが、至高の天才たる私の素晴らしき魔導科学技術によって遂に侵入するための装置が完成しました。最早これで王都は丸裸も同然。まずは先発隊として、八番から十九番までの下級幹部達を向かわせます。彼らも強化されているとはいえ、妖精騎士団と戦うには少々力不足。彼らはあくまで捨て石。ある程度でも騎士団を弱らせておくのが仕事です。まあ、雑魚といえど私の改造を受けていますからね。騎士の一人や二人屠ってくれることに多少は期待してもいいでしょう」

「フン、どうだかな。余は下級幹部どもの実力なぞ信用しておらぬ」

「俺も同感だ。あんな腑抜けた連中よりも洗脳兵士の方が遥かに役立つ」

 レバーは鼻で笑い、カイセンドンもそれに続く。

 七聖者から見た下級幹部の評価は所詮こんなものであった。ただ洗脳兵士化されていないというだけで、幹部とは名ばかりの下っ端集団。それが八番以下の下級幹部なのである。

「ええ、私も下級幹部の皆さんよりも洗脳兵士の働きに期待しています。騎士団も王国軍も、洗脳された哀れな市民には手を出せませんからね。私としては構わず惨殺してくれた方が面白いのですが……」

「相変わらずいい趣味してるデチな」

 ポトフの正体を知るチクワは、不気味に笑った。

「下級幹部がある程度暴れて騎士団を弱らせたところで、我々七聖者が出撃。圧倒的な力を以って騎士団を討伐、最後にフォアグラ様をお呼びし総力を挙げてオーデンの首を取ります」

「オーデン……」

 憎き男の名に、ジェラートが反応した。

「下級の連中に先行させるのは気に入らんな。俺は一年待ったんだ。いい加減早くテロがしたいってのにどうして下級の連中に先越されなきゃならないんだ」

 苛立ちに爪先で床を叩きながらそう言うのはプルコギである。

「同じく……俺の嫁になるかもしれなかった女がトリガラの野郎に殺し尽くされたらどうするんだ」

「おいヨーグルト、女漁りをするのは勝手だがラタトゥイユには手を出すなよ」

「わ、わかってるよ」

 ジェラートに凄まれて、ヨーグルトは怯んだ。

「それで如何ですフォアグラ様、本当にその作戦で宜しいのですか?」

「我が軍の軍師はポトフだ。その作戦でよい」

 カイセンドンが尋ねると、フォアグラは言った。

「流石はフォアグラ様。フォアグラ様がそう言うならそれが正しい」

 他の幹部があまり納得していない様子の中、フォアグラの言葉をただ肯定するマジパン。誰も彼もが己の目的のために教団を利用しようと画策している現七聖者の中で、奇しくも彼一人だけが純粋にフォアグラを信仰していた。

 フォアグラはポトフの目を見る。教団が勝てるよう王国側でも工作しているのだろうと、そうアイコンタクトを送ったのだ。ポトフはふっと笑った。

 確かにカクテルは工作を行っている。だがそれは教団の敗北を目的としたもの。現在のカクテルは、完全に王国側の戦力として動いていたのだ。


 そしてテロ決行当日。

「くそっ、何ということだ!」

 ヨーグルトは怒りのあまり両掌で机を叩いた。こちらの作戦が王国側に漏れていたことが発覚したのである。

「第十九使徒・鉄拳のカシュー。彼は王国軍のスパイでした。これまでずっと教団幹部を務めながら教団の情報を王国軍に流していたようです」

 もう一人のスパイであるポトフが白々しく解説する。

「だから言ったのだ、雑魚連中に軽々しく幹部の地位を与えすぎだと。あんな奴はさっさと洗脳兵士にすればよかったのだ!」

「僕は元から怪しいと思ってたよ……幹部の地位にいながら強化改造を拒否してさ」

「マジパン貴様、改造を拒否して何が悪い。余とてこの身に一切の改造はしておらん」

「お前の信条などどうでもいいデチ。それよりどうするデチか、先発隊に欠員が出ちゃったデチよ。既にゲートは十二個作成済み、転送する洗脳兵士も配置済みデチ」

「だったら俺が行く」

 名乗りを上げたのはプルコギであった。

「おい待て、ここは番号順で一番下の俺が行こう」

「お前は早く女漁りがしたいだけだろうが、この軟弱者め」

 名乗りを上げたヨーグルトに、カイセンドンは不快感を示した。

「どっちが行くか戦って決めるかヨーグルト。俺は早くテロがしたくてウズウズしてんだ」

「い、いや……無茶言うなよ。俺がお前と戦って勝てるわけないだろ」

 ヨーグルトはまたしても竦み上がった。

「そ、そうだ、十八番辺り洗脳兵士化して空きを作って、そこに俺とプルコギを入れるってのはどうだ」

「却下します。十八番といえど我々の重要な戦力ですからね、しょうもない理由で洗脳兵士にしたりして指揮官を減らさないで頂きたい。それに先発隊の役割はあくまで敵の体力を削ること。後詰めの我々が無駄に戦って疲弊しては本末転倒です」

「じゃあどうするんだ。先発隊一人欠かせて作戦遂行する気か?」

「いえ、我々の中から一人は先発隊として行って頂きます。とはいえ過酷な任務ですからね。今日初めて説明致しますが、過去に地方で行ったテロ同様今回も洗脳兵士達に爆弾を仕込んでおきました。彼らを一斉に自爆させ王都オリンポスを崩壊させるのが今回の作戦の主な概要です。下級幹部の役割は騎士団の注意を引きつけることであり、爆発に巻き込まれる可能性も大いにあり得るわけですよ」

「ほう、勝利のために自らの命を投げ打つとは天晴れなり洗脳兵士。兵士たるものこうでなくてはな」

 作戦を説明されて、カイセンドンはご満悦。

「文字通りの捨て石……洗脳兵士と一緒に死んで来いってわけか。これはプルコギに譲るよ。俺にはとてもできない役目だ」

「腑抜けめが。フォアグラ様のために死ねるとくらいは言ってみせろ」

 カイセンドンがそう言うと、フォアグラはヨーグルトの方を見た。

「フォ、フォアグラ様のご命令でしたら何だって聞きますよ、ええ」

 顔を青くしてビビりつつも、はっきり死ねるとは言わず。フォアグラの機嫌を損ねた幹部がどうなるかは知っていた。教団設立時からいたフォアグラの側近が、戦力増強のためならず者や犯罪者を教団に招き入れることに異議を唱えた結果洗脳兵士にされているのだ。

「……ではプルコギ、君には洗脳兵士、下級幹部と共に王都オリンポスに行って貰う。よいな?」

「勿論ですよフォアグラ様。俺は爆発には慣れてるし、何よりテロができるってのは俺にとって最高の悦びだ」

 ヨーグルトとは違い、フォアグラの前でも物怖じせず答えるプルコギ。

「下級幹部の皆さんは既に待機しています。プルコギさんもそちらに向かって下さい」

「了解だ。王都を火の海にしてくるぜ」


 意気揚々と出て行ったプルコギ。しかし彼が大聖堂に戻ってくることはなかった。

 先発隊は全滅。洗脳兵士は全員生存した状態で奪還された。そしてプルコギは拘束され、彼の所持していたゲートキーは王国軍の手に渡ったのである。

「そんな馬鹿なデチ……下級幹部はともかく七聖者の一角が負けるなど……冗談じゃないデチ!」

 誰もが愕然とする、衝撃の報告。中でもプルコギより下位の三人にとっては、気が気ではない事態。

「僕も殺される……妖精騎士団に殺されるんだ……」

 マジパンは頭を抱えてガクガク震える。

「どういうことだポトフ! 俺達の力は妖精騎士団を上回っているんじゃなかったのか!」

 ヨーグルトは焦って怒鳴り散らした。

「ええ、勿論そうです。ですがプルコギはどうやら王家の力によって倒された模様」

「王家の力……神の力か!」

 そう言ったレバーを、フォアグラが見た。自分以外の存在を神と呼んだことに、不愉快を顕にしたのだ。

「い、いえ……この世で神はフォアグラ様ただ一人ですよ、ええ」

 慌てて弁明すると、フォアグラはふっと笑った。

 わざわざ王家の力と言い換えてやったのにと、ポトフは呆れた表情をした。

(王たる余がこのような屈辱を……今に見ていろフォアグラ。神の力を取り戻したら貴様如き一捻りにしてくれる)

 自分より上位の使徒が神の力の前に敗れたという話は、レバーにますます神の力への思いを抱かせた。

「相手が王族でさえなければ、我々七聖者は騎士団に勝てます。尤も下級のお雑魚さん達はそうではなかったようですが。正直私は彼らがもっとやれると思っていましたよ。ですが至高の天才から強化改造を受けていながらこの体たらく。捨て石の役割すら果たせないとは、情けないったらありやしないですよ」

「それよりも問題は爆弾が作動しなかったことではないか。それさえ上手く行っていれば下級どもの勝敗なぞ大局に影響は無かったはずだ」

 そう指摘したのは元軍人のカイセンドンである。

「ええ、仰る通りです。今回最大の敗因はまさしくそれですよ。どうやら王国軍は過去のテロで使われた爆弾を解析し、それを作動できなくする結界を王都全域に張った模様。流石はこの私と同等と目される究極の天才、水瓶座アクエリアスのカクテル。これは完敗ですよ」

 言うまでもなく、これは自画自賛である。だがそう言うポトフの表情は、心の底から悔しそうであった。

 カクテルにとって、テロ対策システムの製作は不本意であった。爆弾が作動していればとても面白いことになったのに、それを無効化するシステムを自分で作らざるを得なかったのだ。

「それで、どうするのだポトフ。最初の作戦通り進めるのか?」

「いえ、作戦は変更します」

 フォアグラに質問されると、ポトフはすぐに切り替えた。

「プルコギのゲートキーは王国軍の手中にあります。彼らは戦備を整え次第明日にでもこの大聖堂に攻め込むつもりでしょう。そこで我々はこの場で敵を迎撃します」

「迎撃!? リスクが大きすぎる! 俺は反対だ!」

「お前が恐れているのは攫ってきた女を奪い返されることだろう。俺は迎撃で一向に構わん。この大聖堂自体、それを目的に作られた要塞でもあるのだからな」

 大聖堂のバトルルームで騎士団と戦える。カイセンドンはそのことに心が躍った。

「七聖者の専用バトルルームはそれぞれが最も力を発揮できるよう作られていますからね。王都で戦うよりよほど楽に勝てますよ。ヨーグルトさんだってわかっているでしょう」

「それは……そうかもしれないが……」

 毎度毎度他の幹部に言いくるめられ引き下がるヨーグルト。下級幹部が全員消えた今となっては、彼が幹部内で一番下っ端なのである。

「僕も賛成だな……バトルルームでなら僕の武器となる作品をいくらでも供給できる。外じゃ召喚するためにいちいち魔力を使わなきゃならないからね」

「ボクタンの財力に物を言わせて大量に作ったトラップが活きる時が来たデチ」

 次々と賛成意見が挙がる。ヨーグルトはこれ以上意見を出せなかった。

「騎士が何人乗り込んでくるか判りませんが、我々の圧倒的な力を以ってそれらを全滅させます。こう言っちゃ何ですが、プルコギさんと下級の皆さんの弔い合戦ということで。騎士の数を減らしたら、いよいよ王都での決戦です。今度こそオーデンの首を取りましょう」

 にこやかな調子で言うポトフ。フォアグラはふっと笑った。

「いよいよ我らの革命は成される。この作戦、必ずや成功させよ」

 穏やかに見えて、その実威圧しているかのような口調でフォアグラは言った。最早失敗は許されない。

 フォアグラ教団最後の戦いに向けて、七聖者は歩みを進める。

 そして結果は知っての通り。カクテルの謀略に見事に嵌められ、フォアグラ教団は滅亡した。



<キャラクター紹介>

名前:教祖フォアグラ

性別:男

年齢:37

身長:187

髪色:緑

星座:獅子座

趣味:自己陶酔

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る