第六章 本戦編Ⅱ
第107話 父と母
最強寺拳凰、五歳。日本に帰化した外国人を父に持ち、生まれつき金髪に翠の瞳ということを除けば、どこにでもいる普通の幼稚園児。
拳凰は今日も幼稚園で元気に遊んでいる。
「拳凰くん、何してるの」
園庭で一心不乱に拳を突き出し続ける拳凰に、先生が尋ねた。
「パンチの練習! 今日とーちゃんが帰ってくるから、俺が強くなったとこ見せるんだ!」
背が高くて格好いい自慢の父・徹はよくわからないが何やら頻繁に外国に行く仕事をしているらしく、たまにしか家に帰ってこない。拳凰はそれに対する不満を口に出したことはなかったが、内心では日々寂しさを感じていた。その分父親の帰ってくる日は、いつになく浮かれていたのだ。
幼稚園を終えて、自宅までバスで送迎。玄関で出迎えるのは、長い黒髪を後ろで一つに束ねた切れ長の目の美女。
「かーちゃん!」
拳凰はバスから駆け降りた。
拳凰の母・美緒は十八歳で拳凰を産んだ。かつての彼女は圧倒的な強さで辺り一帯の不良達を締め上げ、この地区からいじめや喝上げが消えたとまで言われた伝説の女番長であった。ケンカからは足を洗った現在も超人的な身体能力を活かし、ママさんバレーでエースとして活躍中である。
美緒は先生に一礼すると、拳凰の手を取った。
「かーちゃん今日は化粧濃いな」
母の顔を見上げて言う拳凰に対し、美緒は額を軽く小突く。
「もうすぐお父さん帰ってくるから、早く着替えてきな」
「おう!」
拳凰は鞄を母に投げ渡し、廊下を走っていった。
父が帰って来たのは、それから一時間ほど後だった。
よそ行きの服に着替えたまま玄関に腰掛け、まだかまだかと待ちわびていた拳凰。自宅の前に車の停まる音がすると、拳凰はすぐに立ち上がった。
扉が開く。金髪で背の高い、眼鏡をかけた男性が姿を現した。
「とーちゃん!」
徹がただいまと言い終えるより先に、拳凰がそう言って飛びついた。
「拳凰、元気にしてたか?」
「おう!」
仕事疲れも吹っ飛ぶ息子の笑顔に、徹も思わず笑みがこぼれた。
「お帰り、お父さん」
拳凰の大きな声を聞いて気付いた美緒が出てくる。
「ただいま」
徹は靴を脱いで拳凰を抱き抱えると、玄関から上がった。
今日の夕食は、美緒の兄がやっているレストランを予約していた。拳凰の自宅からは歩いて行ける距離である。
「ご無沙汰してます、お義兄さん」
店に入って、すぐに徹は店主に挨拶。
「お待ちしてましたよ、徹さん」
店主の白藤和義は、美緒より八つも歳の離れた兄である。
「確か今回はアメリカでしたっけ」
「ええ、お土産はまた後ほど奥さんに。ところで、お子さんがお生まれになったそうで」
徹がそう尋ねると、和義はとても嬉しそうな顔をした。
「そうなんですよー。これが玉のように可愛い女の子でしてね、毎日幸せを噛み締めてますよ」
「はは、遅ればせながら出産祝いも買っておいたので、そちらも奥さんに渡しておきますね」
「いやあ、いつも海外のお土産頂いてるのに出産祝いまで申し訳ない」
「いえいえ、大事な親戚ですから」
「なー、ご飯まだー?」
父親二人が話をしていると、それを遮るように拳凰が言った。
「こら拳凰」
母に叱られても拳凰はどこ吹く風。
「ああ、ごめんごめん。じゃあ、すぐ用意するからね」
和義は拳凰に急かされて話を切り上げ、厨房に戻っていった。
極上の料理を味わった後は、和義の家にお邪魔して奥さんにご挨拶。
「亜希子おばさーん、こんばんはー」
「あらケンちゃん。徹さんもご無沙汰してます」
和義の妻・亜希子は現在育児に専念するため店には出ていない。
「どうも、こちらアメリカ土産と出産祝いです」
「ありがとうございます、いつもいつも素敵な物を頂いちゃって」
「おばさん! 赤ちゃん見ていい?」
拳凰がまたしても割り込むように言う。
「どうぞー」
叔母の許しを得て、拳凰はすぐ走り出す。
「こら拳凰、人んちで走らない」
母の声も聞こえず、向かった先の部屋ではベビーベッドで花梨が寝ていた。
「かーちゃんかーちゃん、赤ちゃん可愛いな!」
静かに寝息を立てる花梨を見ながら、拳凰は言う。
「拳凰もついこの間までこんくらいちっちゃかったと思ったら、いつの間にか随分大きくなっちゃって。あと十年もしたらお父さんくらいの身長になってるかも」
子供の成長をしみじみと感じながら、美緒は微笑んだ。
夕食を終えて帰宅したら、次は入浴。今日は家族三人一緒にである。
「なーとーちゃん、なんでとーちゃんは大人なのにワキ毛はえてねーんだ?」
父と二人で湯船に浸かる拳凰は、腋の手入れをしている母を見て浮かんだ疑問を父に尋ねた。
「パパは元々生えない体質なんだよ」
「でもチン毛はボーボーだぞ」
「そこは普通に生えるんだよ」
「ふーん」
そう話していると、母も湯船に入りに来た。
「かーちゃんもボーボーだな」
「女の人にそういうこと言わないの」
美緒は股間を見上げて言う拳凰の額を軽く小突く。
「僕は好きだよ、美緒の毛」
「子供のいる前でそういう話すんな」
そして旦那には強めの拳骨。
風呂上り、いよいよ拳凰は幼稚園で練習していたパンチを父に披露。まっすぐ伸ばした腕を勢い良く突き出し、風を切る。
「どうだとーちゃん! 俺、強くなっただろ!」
「おおー、凄いな。かっこいいぞー拳凰」
父に褒められ、拳凰はご満悦。
徹はしゃがんで目線を拳凰と同じ位置にすると、そっと拳凰の頭を撫でた。
「いいか拳凰。強さってのは、弱い人達を守るためにあるものだ。それを忘れちゃいけないよ」
「おう!」
元気のいい返事。
「よし、それさえ覚えていてくれれば、きっと拳凰もママみたいなかっこいい正義の味方になれるぞ!」
「ちょっとー、拳凰に私のヤンキー時代の話するのやめてよー」
美緒は照れくさそうに人差し指で頬を掻いた。
どこにでもいる普通の、幸せな家族。誰もがこの時間が、いつまでも続くと思っていた。
だがそれはいとも容易く壊された。
最強寺拳凰、十三歳の夏。この日は待ちに待った父の帰国日だった。
「それじゃ拳凰、空港までお父さん迎えに行ってくるから、留守番よろしくー」
普段は空港からタクシーで帰ってくる徹だったが、今日は和義が迎えの車を出すとのことで、それに美緒も同乗することとなった。
「おう」
拳凰は簡潔にそう返事をした。反抗期真っ盛りの中学時代、母親に対してはついそっけない態度をとってしまっていた。
よもやそれが、最後に交わした会話になるとは思いもせずに。
徹を空港で車に乗せた帰り道、和義の車は事故に遭った。徹、美緒、和義、三人とも帰らぬ人となった。
白藤家に引き取られることとなった拳凰だったが、失意の底に沈んで声が出せなくなり、部屋に籠もりきりとなった。
自身も夫を亡くし悲しみに暮れていながら甲斐甲斐しく拳凰を世話してくれた亜希子に対しても、心を開くことはなかった。
そして、葬式の日。
何も言葉を話すことなく俯き続ける拳凰。それでも参列者達の聞きたくない言葉は耳に入る。
「最強寺さんとこの旦那さん、とうとう遺体の頭部が見つからなかったそうよ」
「あらまあハンサムな外国人さんだったのに……」
拳凰は拳を握った。行き所の無い怒りが、ただ心を曇らせる。
ひそひそ話に混ざって、聞こえる泣き声。父の棺に縋って大泣きする花梨の声だ。
その姿が目に入った途端、急に拳凰の中ですっと新たな感情が湧いた。
拳凰の歩き出した先は、参列者に挨拶して回る亜希子の場所。
「亜希子叔母さん、俺――」
王立アンドロメダホテルの自室で、拳凰は目を覚ました。
(ちっ、嫌な夢見せやがる)
夢の中で鮮明に映し出された過去の記憶。思い出すだけで辛い気持ちになる両親の死も、そこには描かれていた。
外はまだ薄暗く、太陽が昇りきっていない。悪夢のせいで随分と早く目が覚めてしまったようだ。
しかも体は汗だく。濡れたTシャツが張り付いて気持ち悪い。
(シャワーでも浴びてくるか)
拳凰は起き上がり、浴室へと向かった。物音に感付いたデスサイズが目を開ける。幸次郎はまだ寝息を立てたままだ。
Tシャツを脱いだところで、ふと気になることがあり自分の腋を覗き込む。
(そういや俺、腋毛生えてきたことねーんだよな。チン毛はボーボーなのによ)
そういう体質が父親から遺伝したのか――ふと拳凰は最終予選の日に聞いた話が頭を過ぎった。
妖精は陰毛は生えるが腋毛は生えない。確かにザルソバはそう言った。
(冗談じゃねーよクソ。親父は確かにあの日死んだはずだ)
ますます深まる疑惑。どんなにシャワーで汗を洗い流しても、心のもやもやは深まるばかり。
「どうした、今日は随分早起きだな」
浴室から出ると、デスサイズが声をかけてきた。
「なんか知んねーが目が覚めちまった。せっかくだからちょっくら外走ってくるわ」
「せっかくシャワーを浴びたのにまた汗をかきに行くのか?」
「……わりーかよ」
ただ闇雲に運動すれば心は晴れるかと思っただけで、そこまで考えてはいなかった。
早朝の王都オリンポスを、拳凰は当てもなく走る。
王都の街並みは二日前のテロの影響が随所に見られ、痛ましさを感じた。王国軍の尽力により死者は出ていないとのことだが、建物への被害は多い。破壊された建物を魔法によって修復している人々の姿もちらほら見られた。
気が付くと拳凰は、プルコギとの激戦を繰り広げた場所に足を運んでいた。王都内でも最も破壊規模が大きい地区である。
(ひでーもんだ)
改めて見てみると、この地でどれほど凶悪なテロが行われたのかよくわかる。プルコギが地面に開けた地下空洞への大穴は塞がれているものの、建物は未だテロが起こった時のまま。立入禁止のテープは結界を伴っており、それ以上先には進めないようになっている。
(ここで俺が足止めしてなかったら、もっと沢山被害が出ていた。もしかしたら死者も……)
プルコギだけではない。ジェラートにしてもそうだ。彼の語った恐ろしい野望は、命に代えてでも阻止せねばならぬものだった。そういった相手を、拳凰は倒してきたのだ。
脳裏を過ぎる父の言葉。
『強さってのは、弱い人達を守るためにあるものだ』
(俺は、この世界の人達を守れたんだよな、親父……)
拳凰は戦いの跡地に背を向け、また走り出した。
十分明るくなった辺りでホテルに戻った拳凰は、自室に戻る前に花梨のいるチーム・ショート同盟の部屋に立ち寄っていた。
「おーいチビ助」
そう言いながら何も考えず扉を開ける拳凰。案の定、鍵はかかっていなかった。
「あっ、ちょっと待ってケン兄!」
花梨がそう言うも時既に遅し。拳凰の眼前に広がる光景は、パジャマから着替える四人の下着姿であった。
「おっ、ラッキー」
「ちょっ、早く閉めてよケン兄!」
花梨は下着姿のまま慌てて駆け寄り、扉を閉めようとする。拳凰は抵抗して開けたままにもできたが、素直に手を離して扉は閉まった。
花梨は白。小梅はピンク。夏樹は水色と白のストライプで、蓮華は紫。全員の下着の色や形はバッチリ記憶した。
着替えを終えた花梨が、扉を開ける。
「もー……昨日は開ける前チャイム鳴らしてくれたのに」
自分一人ならまだしも、他の三人まで見られたことに花梨はいい気がしなかった。
「鍵閉めていないお前が悪い。どうせ昨日俺が来た後閉め忘れてたんだろ?」
「ちゃんと閉めたはずなんだけどなー……」
「あの一番髪短い奴すげーいい体してたよな。Eくらいあったんじゃねーか。つか一人ブリーフ穿いてた奴いたよな。女物のブリーフなんてあんだな。あと一人は見た目ボーイッシュなのに下着はピンクで……」
「パンツの話はもういいでしょ! それで、今日はどうしたの?」
花梨が尋ねると、拳凰は先程までの鼻の下伸ばした顔から一転して真顔になった。
「……なあ、チビ助。もしも俺が人間じゃなかったらどうするよ」
「確かにケン兄、だんだん人間離れしてきたもんね」
「いや、そういうんじゃなくてだな……」
花梨に話をしようにも、どうにも言葉が詰まる。
「……まあいいや、お前今日試合だろ。頑張って勝てよってな」
結局誤魔化しに昨日と同じようなことを言う。
「ケン兄、何か悩んでる?」
図星を突く一言に、拳凰は動揺した。
「馬鹿言え、俺がくよくよ悩むような男に見えるかよ」
花梨は暫く拳凰の顔を見つめていた。
「ならいいけど……もし、私に力になれることがあれば言ってね」
「ねーよそんなもん」
捨て台詞を吐いて花梨の頭をわしゃわしゃした後、拳凰は去る。それが強がっているように見えて、花梨は尚更不安を抱いた。
(あーったく、らしくねーったらありゃしねーよ。こう気分が暗くなるとついチビ助の所に行っちまう)
自室に戻る途中、拳凰はそんなことを考えながら片手で頭を掻き毟った。
「おう、戻ったぞ」
自室の扉を開けて入ると、既に幸次郎も起きていた。
「あ、おはようございます最強寺さん」
幸次郎の声と同時に、後ろの扉で鍵の閉まる音がした。拳凰はぎょっとして振り返る。
「この扉……オートロックだったか?」
「そうですけど、それがどうかしましたか?」
「いや……」
三度に渡るこのホテルでのラッキースケベ。それはてっきり花梨が鍵を閉め忘れていたからだとばかり思っていた。だがオートロックの付いた扉で、それが起こりえるはずがない。
(どういう……ことだ……?)
「最強寺さん?」
「ああ、いや……朝飯の前にもっぺんシャワー浴びてくるわ」
様子がおかしい拳凰を見て、幸次郎とデスサイズは顔を見合わせた。
本日二度目のシャワーの後着替えを済ませた拳凰は、レストランに行くため幸次郎とデスサイズと共に部屋を出る。
二人が先に行く中、拳凰は扉が気になり部屋を出たところで立ち止まった。
確かにこの扉に鍵はかかったはずだ。だが花梨の部屋と同じであるならば。
思い切って扉を開けてみると――やはり開いた。
「最強寺さん、どうしました?」
拳凰が再び扉を閉めたところで、幸次郎が声をかける。
「なあ幸次郎、この扉開けてみてくれ」
そう言うと幸次郎はカードキーを取り出そうとするが、拳凰はそれを制止する。
「いや、鍵を開けずにやってみてくれ」
「え?」
意図のわからない発言に疑問符を浮かべながら、幸次郎は扉を開けようとする。が、当然鍵がかかっており開かない。
「無理に決まってるじゃないですか。何でこんなことを……あ、自分なら腕力で開けられるとかそういう話ですか? やめてくださいよ壊れちゃいますから」
そう言って幸次郎は、廊下の先で立ち止まって待つデスサイズの方に戻っていった。
(腕力……腕力なのか?)
またも湧いた新たな疑問。拳凰は心晴れぬまま、二人に付いてレストランへと向かった。
<キャラクター紹介>
名前:
性別:女
年齢:享年31
身長:157
3サイズ:85-60-90(Dカップ)
髪色:黒
星座:蠍座
趣味:バレーボール
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