第106話 戦い終わって
拳凰達がフォアグラ大聖堂にて死闘を繰り広げていた頃、王都オリンポスのベガ総合病院にて。
第九使徒ピクルスとの戦闘で重傷を負い、丸一日眠っていた
暫く呆然としていたカニミソであったが、ここが病院だと気付いて今の状況を理解した。
ふと、脚に感じる重み。慌てて起き上がりそちらを見ると、智恵理が覆い被さるようにして寝ていた。
「ち、智恵理カニ!?」
カニミソの驚き声を聞き、智恵理は目を覚ました。目元には涙の跡。
「カ、カニミソ……」
智恵理ははっとして飛び起き、顔を赤くしてカニミソから離れた。
「一体どうしてここにいるカニ!?」
「あんたが酷い怪我したって聞いて、それで……」
喜べばいいのか照れればいいのか、智恵理はしどろもどろな様子であった。
「そうカニか。心配させてすまなかったカニ」
カニミソがにこやかに返すと、智恵理は更に頬を赤く染め俯いた。
そうして二人が話していると、病室に魔法陣が現れミルフィーユが転移してきた。
「目が覚めたのね、カニミソ」
「ミルフィーユ、戦いの方はどうなったカニ!?」
「敵幹部は一人残らず撃破完了。洗脳兵士は全員生存で奪還。私達の完全勝利よ」
「それはよかったカニ。ところでピクルスは……」
「第九使徒ピクルスは死亡を確認したわ。お手柄だったじゃない」
「そう……カニか」
殺さないよう手加減できる余裕は無かった。
ピクルスは紛れもなく悪人だった。己の復讐のためだけに無関係な子供を巻き込もうとする男だ。だが彼を悪人にしたのは、カニミソ自身なのである。
実力の無い自分が騎士になったのは間違いだった。彼の言っていることは正しい。そんな想いが胸を苦しめた。
「ミルフィーユ……治してくれてありがとうカニ。俺、行かなきゃいけない所があるカニ!」
カニミソはベッドから飛び起き、慌てて駆け出した。
「ちょっ、カニミソ!?」
智恵理が呼び止めようとするも、ミルフィーユは智恵理の肩に手を置き静止する。
「今は彼のやりたいようにさせてあげましょう」
智恵理は黙って頷き、カニミソを見送った。
少しして、智恵理はミルフィーユの顔を見上げる。
「ミルフィーユさん、その……ありがとうございました。あたしをここ連れてきてくれて」
「構いませんよ」
女神のような微笑で、ミルフィーユは言う。
「私は貴方を応援していますから、ね」
「うえっ!?」
智恵理はまたも顔から火を噴く。
「じゃ、じゃあ、あたしホテルに戻りますね!」
「ええ、受付の方に頼んで転移の魔法陣を出して貰うんですよ。外はテロで崩れた建物もあり危険ですから」
「は、はい」
病室を出て行く智恵理を見送った後、ミルフィーユは微笑から一転して険しい表情になる。
「どうか彼女に、幸福な結末があらんことを――」
と、その時。ミルフィーユのフェアリーフォンに着信が入った。相手はザルソバである。
「こちらミルフィーユ。何かあったのかしら」
『こちらザルソバ。ビフテキさんより、至急フォアグラ大聖堂に来るようにとのことです』
「了解したわ」
カニミソの向かった先は、妖精騎士団の会議室。騎士団の半数がフォアグラ大聖堂に赴いており、残りの面々もそれぞれの職務に就いている現状。現在この部屋で待機しているのはミソシルとポタージュの二人だけであった。ミソシルは険しい顔で腕を組んでおり、ポタージュはフェアリーフォンをいじっている。二人に会話は無い。そりの合わない者同士が二人きり、会議室は若干気まずい雰囲気に包まれていた。
「あ、カニミソ丁度いいとこに。僕この堅物おじさんと話すことなくて退屈してた的だからさー、こっち来て話し相手になって欲しい的なー」
「あっ、ごめんカニ、今ちょっと大事な話が……」
カニミソは一度ポタージュに断った後、ミソシルの方を向く。
「ミソシル殿、自分は今回の一件で、自分の実力の無さを実感致しました。よって騎士団を辞める所存で……」
ここに来るまでに急いで書き上げた辞表を取り出し、カニミソは言う。
それを聞いたミソシルは、元々不機嫌そうだった顔をより顰めた。
「おかしいのう、わしはお前が市民を守りつつ敵を討ったと聞いておるが……まあ、お前がその気なら引き止めはせんぜよ。勝手にせい」
ミソシルに突き放されたところでカニミソは暫く言葉を発せずにいた後、震える拳を握った。
「……俺は……俺は騎士団を辞めませんカニ!」
その場で辞表を破り捨て、気合を籠めて言う。
「……フン、一貫性の無い奴め。せいぜい父親の顔に泥を塗らんよう励むぜよ」
ミソシルは一瞬口角が上がるもすぐ険しい顔に戻り、カニミソに背を向けて言った。
「てゆーかこんな忙しい時期に辞められたら迷惑すぎる的な」
「そ、それは悪かったカニ」
「そんじゃ早くこっち来て僕の退屈しのぎに付き合って欲しい的な」
「そうさせて貰うカニ」
カニミソは気持ちを切り替え、ポタージュの隣に腰掛ける。
何事も無かったように世間話を始める二人を見ながら、ミソシルは舌打ちした。
「ったく、カニカニテキテキと、お前らが話してるの語尾が五月蝿くてかなわんぜよ」
「ミソシル殿も語尾にぜよ付いてるカニよ」
「じゃかあしいぜよ!」
一方で、ムニエルと共に大聖堂に呼び出されたミルフィーユ。
彼女はムニエルとフォアグラの戦いを見届けた後、大聖堂出入口の魔法陣部屋にて負傷者達の救護に当たっていた。
「すまんな、お前には昨日今日と働き漬けにさせてしまって」
「構いませんよ。私は魔法で自分の疲労を消し去ることができますから」
拳凰やカニミソ、作戦に従事した王国兵、テロに巻き込まれた市民、そして洗脳兵士化されていた者達。トリガラとの戦いを終えたミルフィーユは、山ほどいる患者を一睡もすることなく診て回っていた。
「フカーツ!」
目を覚まして開口一番、ソーセージは言った。
「まだ動いちゃ駄目よ。完全には治っていないから。ハンバーグ、貴方も……」
だがハンバーグに、ミルフィーユの忠告は聞こえず。当の彼はムニエルの前に跪いていた。
「ムニエル様、力及ばずお手数をおかけしてしまい、大変申し訳ございません」
普段の、とりわけ拳凰に対する横暴な態度からは想像もつかないようなしおらしい様子でハンバーグは言った。
「構わぬ、其方が生きていてくれただけでもよかった……」
ムニエルによって教祖フォアグラは倒され、教団との長きに渡る戦いは終わりを迎えた。
教祖フォアグラ、第一使徒ジェラート、第三使徒カイセンドン、第五使徒レバー、第六使徒マジパンの五名は拘束。第二使徒ポトフ、第七使徒ヨーグルト、第二十使徒チクワの三名は死亡が確認された。
「おのれ……神たる私がこのような屈辱をっ……! 私は常に正しく常に勝利者だ! こんな馬鹿なことがあるはずがないっ!!!」
魔力封じの手錠を掛けられたことで気体化して逃げるすることもできず、フォアグラは声を上げてただ悔しがる。カクテルはそれを愉快そうな顔で見ていた。
「このっ……」
フォアグラがカクテルを睨みつけ何か言おうとした瞬間、カクテルの指先から伸びるワイヤーの先端がフォアグラの首筋に刺さった。そしてそこから何やら液体が注入されると、フォアグラは失神するように倒れた。
「五月蝿いので眠らせておきました」
「ご苦労様」
ホーレンソーはカクテルの目を見て言った。
「おやホーレンソーさん、私の顔に何か付いてますか?」
「ああ、随分と沢山返り血が付いているのだよ。君が無意味やたらと敵をバラバラにする悪趣味な戦い方をしていたからね」
そう言われた途端、カクテルは舌なめずりをして口の近くに付いた血を舐め取った。
「ほう、確かに私の顔は敵の返り血でべっとりのようです。ご指摘頂き感謝しますよ」
「……ああ」
ホーレンソーはまだ疑いの目を向けていたが、これ以上の追及は避けた。
白目を剥いて気を失うフォアグラを見下ろして、ビフテキは溜息をつく。
「哀れなものだ。いらぬ野望を抱かなければ、素晴らしき騎士として歴史に名を残せていたろうに」
「逆賊として終わらせるには惜しい男でした。彼にはずっと国のために働いてくれて欲しかったですよ」
彼を誑かした張本人であるカクテルが、白々しくも言う。
北側の通路から、足音が聞こえてきた。炎の探知機を掌の上に浮かべたハバネロが戻ってきたのである。彼は大聖堂内にまだ残された者達がいないか調べていたのだ。
「どうだった?」
「誰も見つからなかった。捕えられた市民は全員救出できたと考えていいだろう」
「そうか、それはよかった」
既に治療を終えていた拳凰達ハンター三人組は、床に腰掛けて騎士達の様子を見ていた。
「凄いですね、妖精騎士団の皆さん。まさにプロフェッショナルの仕事という感じで」
「ああ、この規模のテロ組織を手際よく制圧。彼らの能力は驚嘆に値する」
「最強寺さんもそう思いますよね」
幸次郎が尋ねるも、拳凰から返事は無い。
「最強寺さん?」
「ん、ああ」
「どうしたんですか、そんなぼーっとして」
「いや、何でもねーよ」
そう言うと拳凰は立ち上がり、ビフテキのいる方へ足を進めた。
「おいマッチョジジイ」
「何か御用ですかな?」
「さっき言ってたことについてだ」
「ああ、貴方様ならきっとそれを目指しているでしょうと思いましてな。まあ、年寄りの戯言ですよ」
「戯言……ねえ。それにしても本当に凄えもんだな、王族の持つ力ってのはよ」
「妖精王家は神の血筋ですからな。神を自称しているだけのフォアグラとは格が違うのですよ」
「神……か。でも待てよ? 確か先代の王様が暗殺されたって……王様殺せる暗殺者とかどんだけ強いんだよ!」
「それは禁断の魔法によるものですな。以前ザルソバから与えた傷を永遠に残す魔法と説明されたと記憶しておりますが、この魔法の本質は他にあります。禁断の魔法とは、即ち神殺しの魔法。神の末裔たる王族を殺すに特化した魔法なのですよ」
「ハハッ、そいつはやべーな」
拳凰は急に背筋に冷たいものを感じた。
「……何か、他に聞きたいことがあるといった顔をしておられますな。ですがそれに関しては、ここですべき話ではないでしょう」
「お、おう……」
そう言われて拳凰は素直に引き下がった。こんな場所で訊くようなことではないという思いが、拳凰自身にもあったからだ。
「先程フォアグラの部屋を少し探ってみたところ、禁断の魔法について研究していた形跡が見つかりました。陛下を討つための切り札にするつもりだったのでしょう。尤も、何も情報は得られていないようでしたがな。それもそのはず、禁断の魔法は二度と世に出ることが無いよう、
「フォアグラがそいつの使い方を知ってたら、お姫様が負けてた可能性もあったってことか……」
「まあ、フォアグラもそれほど本腰を入れて研究していたようではなかったので、禁断の魔法にさして期待はしていなかったようではありますが。さて、そろそろ引き上げとしますかな」
ビフテキはフェアリーフォンを取り出すと、司令室のザルソバに連絡を取る。
「こちらビフテキ。ミッションは完了した。これより王宮に帰還する」
そして通話を切った後、ムニエルの方を見た。ムニエルは頷き、深呼吸。
「皆の者、よくやってくれた! この戦いは我らの完全勝利じゃ!」
ムニエルが胸を張ってそう叫んだ途端、王国兵達の歓喜の雄叫び。
「では帰ろう。王都オリンポスへ!」
チーム・ショート同盟の面々は、テロの影響により外に出られずホテルの部屋で待機していた。
(ケン兄、大丈夫かな……また戦いに行ったみたいだけど……多分、相手は昨日街を襲ったテロリストだよね……)
拳凰が心配でチームメイト三人の会話も耳に入らず、花梨はベッドに腰掛けそわそわと脚を動かしていた。
と、その時インターホンが鳴った。
「あ、私出るね」
虫の知らせを感じた花梨は、自分が応対する。
「おうチビ助、俺だ」
ドア越しに聞こえる拳凰の声。花梨はぱっと表情が明るくなり、大急ぎで扉を開けた。
「ケン兄!」
「元気そうじゃねーかチビ助」
「よかった……大丈夫? 怪我してない?」
「おう、全部治してもらったから平気だ。凍死しかけたりはしたけどな」
「ええー……」
さらっと恐ろしいことを言う拳凰に、花梨は引き気味。
「よっお二人さん、熱いねー!」
後ろから聞こえる、夏樹の野次。花梨は慌てて振り返った。
「な、夏樹ちゃんっ!」
恥ずかしがる花梨を見て、夏樹はニヤニヤ。
花梨はふと違和感に気付き、拳凰の顔を見た。普段ならここで拳凰が真っ先に否定するはずだ。だが拳凰は何やらぼーっとしている様子で何も言わない。
「ケン兄?」
「お、おう。どうした?」
どうやら夏樹の話を聞いていなかった様子である。
「えーっと……それで、何の用事で来たの?」
「ん、ああ……」
特に用事があったわけではないのだが、帰ってきたら自然と花梨のいる部屋に足を運んでいたのである。
「お前、明日からまた試合だろ? まあ……頑張れよとな」
「そっか。ありがとケン兄、わざわざ来てくれて」
「おう、そんじゃ俺は自分とこ戻るわ」
拳凰は花梨の頭をぽんぽんと撫でる。
「うん、また明日ね」
拳凰が去ったところで、部屋にいた三人から拍手が上がった。
「いい感じじゃん花梨!」
「え、えへへへへへ」
嬉し恥ずかしといった様子で、花梨は照れ笑い。
花梨達の部屋を後にし、自室に戻る拳凰。長い廊下を歩きながらその脳裏に浮かぶのは、今日の戦いでジェラートやビフテキの言っていた言葉。
コールドスリープの素晴らしさを語り生け捕りにして凍らせることに拘っていたジェラートが、突然キレだし拳凰を殺そうとした理由。そしてさもムニエルを超えろと言わんばかりの、ビフテキらしからぬ発言。果たして彼らの言葉の意味とは。
『明日の全試合終了後、私と共にケルベルス山に参りましょう。明日は私が修行をおつけ致します』
大聖堂から王宮に戻ってきた際に、ビフテキはそう言った。それは即ち、大聖堂では話せなかったことを、その地で話すということだ。
拳凰の中では、既に一つの仮説が浮かんでいた。
自分があの男と顔を合わせたのは、ほんの僅かな時間だった。妙な仮面にばかり気を取られて、当時はそれをさして気にしていなかった。だが今にして思えば、そうとしか感じられなくなった。
(信じたかねーが……)
今までも何度か抱いた己の身に対する疑問の数々が、一つの答えに繋がるような感覚。
仮面の奥から覗く妖精王オーデンの瞳は、拳凰と同じ色をしていた。
<キャラクター紹介>
名前:ショーロンポー・フォーマルハウト
性別:男
年齢:23
身長:180
髪色:紫
星座:獅子座
階級:中佐
趣味:ボードゲーム
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