第五章 フォアグラ教団編

第80話 裏切りの騎士

 二年前、王都オリンポス。

 緑髪の男が一人、街中で市民に囲まれていた。歳は三十代ほどで、背丈は高い。にこやかに微笑みながら、男は市民達と握手を交わしている。

「フォアグラ様! 会えて光栄です!」

「フォアグラ様は我々の英雄です!」

「私達はフォアグラ様を誰よりも尊敬しています!」

 市民達は目を輝かせながら口々にその男を褒める。男の名はフォアグラ。平民出身の騎士である。実力もさることながら人当たり良くファンに対応することや常に謙虚で自分を驕らないことから、騎士団の中でもとりわけ人気が高い。

「いやあ、私なんて大したことありませんよ。たまたま上手くやれただけですから」

 フォアグラは笑顔を崩さず、物腰柔らかに答える。

「それでフォアグラ様、今日はどちらへ?」

「いつものように王宮ですよ。まったくビフテキさんも人使いが荒いものです。では私はこれで。失礼」

 フォアグラはそう言うとマントを翻し、霞のように姿を消した。


 王宮内騎士団会議室。フォアグラは扉を開けることもなく、その場にすっと姿を現した。

「やあ皆さんお集まりで。今日は何用ですかな?」

 その場には妖精騎士団全員が集まっていた。フォアグラが現れた途端に、全員がこちらを向く。皆表情は優れない様子だ。

「おや、これは何か悪いことでもありましたか」

「悪いことも何も君のことだよ。わかっているだろうフォアグラ」

「そう言われましても心当たりがありませんね」

「フォアグラ様を妖精王に運動……と言えばわかるかね?」

 平然と席についたところでビフテキに言われた一言により、フォアグラの瞼がピクリと動いた。

 ザルソバはタブレットを操作しながら解説を始める。

「現在SNSを中心に急速に支持者を集めている、一種の革命運動です。それは恐れ多くも現妖精王家に成り代わり、フォアグラを新たな妖精王にすべきというふざけた内容のもの」

「そんなものがあったのですか。全く知りませんでしたよ。まさか私がそれほどにまで国民から信頼されていたとは、なかなか不思議な気分です」

「すっとぼけるんじゃないぜよ不敬者が!」

 ミソシルは机を叩いて激昂。フォアグラはきょとんととぼけた表情だった。

闇の一族ダークマターの情報網を甘く見ない方がいい。この運動の発起者がお前自身であることは既に調べがついている」

 調査報告資料を机に広げながら、ハバネロが言った。

「国民からちやほやされて調子に乗るにしても限度があるのではないかね?」

 長い顎鬚の中年騎士、蟹座キャンサーのドリアが顎鬚をいじりながら尋ねる。

 一斉に睨まれたこの状況。フォアグラは溜息をつきながらやれやれといったジェスチャーをする。

「……ですがそれは国民の正直な心情ですよ。現妖精王は国民の信頼を得られていない」

「何が言いたい?」

「全ては国民の信頼を無くすようなことばかりしているオーデンが悪いのだ。オーデンに妖精王の資格は無い。私が妖精王になることこそが国民の総意なのですよ。でなければこのような運動には誰も乗ってはこない」

 貼り付いたにこやかな笑顔は、邪悪な笑みに変わる。謙虚の仮面を脱ぎ捨て露にした傲慢な本性。それにミソシルは更に怒り、遂には槍を向けた。

「陛下に対する愚弄、断じてけしからん! この場で貴様の命断ってくれるぜよ!!」

「武器を収めよミソシル。神聖なる会議室を血で汚す気か。ラタトゥイユ、お前もだ」

 ビフテキはミソシルのみならず、座ったまま密かに鞭を掴んでいたラタトゥイユにも注意する。

「フォアグラ、君が国民から多大な信頼を得ていることは承知している。それにラザニア陛下亡き後の混乱の中魔法少女バトルを無事成功させた君の手腕は見事なものだ。だからこそ君には、今後もこの国のため貢献して欲しいのだ。革命運動を取り下げ陛下と全国民に謝罪するならば、今回の件は不問に致そう」

 まるで威圧するような口調で、ビフテキはフォアグラに言う。

「随分と上から目線じゃないか。それが人に物を頼む態度か?」

 不敵な笑みを浮かべて、フォアグラは逆にビフテキを威圧する。

「私とて自分勝手な野心でこのようなことを企てたわけではない。それこそが国のためであり国民のためであると悟ったが故なのだ。諸君らだってオーデンや先王ラザニアに思うところが無いわけではあるまい」

「貴様あれほどラザニア様に世話になっておきながら……!」

「ラザニアが私の世話になっていたの間違いではないのかね? 晩年のあの男は私の助言に従うだけの置物になっていたではないか。この国の政治的権力は、実質私が握っていたようなものだ」

「おのれフォアグラ! 前々から思っとったが貴様には王族に対する敬意が無い! だからそのような狼藉を働くことができるんぜよ!」

「私から言わせて貰えばあんな日和見主義の老害やいつもどこかをほっつき歩いている放蕩王子に、生まれだけを理由に敬意を払う価値など無い。むしろ平民の生まれながら才覚と努力で現在の地位を勝ち得たこの私こそ、全ての国民から敬意を払われるに値する存在だろう」

「貴様どこまでも……!」

「落ち着けミソシル。感情的になれば奴の思う壺だ」

 何もかもを自分を持ち上げるために利用せんとばかりに捲し立てるフォアグラに対し、騎士団側も皆苛立ちを見せていた。

「話にならんな……どれほど有能であろうとこれではあまりにも騎士として相応しくない。最早単なる罪人として正当な処分をするべきだろう」

 そう言うドリアに、全員の視線が向く。

「そもそも、私はこやつが王族暗殺事件の黒幕であることを疑っている。どこかの馬鹿が情報を聞き出す前に暗殺者を処刑してしまったせいで結局真相は分からず終いであったが」

 ドリアがカクテルの方を見ると、カクテルはしらばっくれてそっぽを向いた。

「ラザニア様を暗殺する理由があるとすれば貴様しかいなかろうフォアグラ。王族全滅を狙っていた一斉暗殺計画……妖精王の座を狙っての犯行に違いあるまい」

「妄想が過ぎるぞドリア。そこまで私を悪者にしたいか? ならばこちらにも考えがある」

 フォアグラは席を立ち、騎士達に背を向ける。

「どこへ行く。まだ会議は終わっていないぞ」

「今日をもって私は妖精騎士団を辞任する。今まで世話になったな」

「待てフォアグラ!」

 ドリアが呼び止めると、フォアグラはフッと笑う。

「この世はより信頼されている者が勝つ。もしも私と国が争ったのならば、果たして国民はどちらの味方をするかな?」

 そしてフォアグラは、魔法陣も無く霞のように姿を消した。

「あいつは一体何を……」

 と、その時だった。突如廊下から騒がしい足音が聞こえてきて、一人の兵士が勢い良く扉を開けた。

「た、大変です! 今すぐテレビを!」

 只事ではないことを察したザルソバは、すぐさま会議室のモニターにテレビを映す。

 チャンネルを合わせる必要もなく、その映像はモニターに映し出された。

『国民の皆さん、元妖精騎士のフォアグラです』

 画面の中で挨拶をする男は、紛れもなくつい先程までここにいたフォアグラである。

「全チャンネル電波ジャックされているんです!」

「何だって!?」

 息を切らしながら叫んだ兵士の言葉に、誰もが驚きを隠せない。

 画面の中のフォアグラは、穏やかな笑みを浮かべたまま演説を続ける。

『聞き間違いではありません。元・妖精騎士です。本日をもって私フォアグラは、妖精騎士団を辞任することとなりました』

「フォアグラの辞任会見……? 電波ジャックしてまでやることか?」

「我々とて公式の会見くらい当然開いてやるさ。だがそれをさせずこのような形で私的に会見を開いたとあれば……」

 誰もが心の中に悪い予感を覚えた矢先、フォアグラは更なる口撃を畳み掛ける。

『何故私が辞任を決意したのか――それは私がこの国を見限ったからに他なりません。皆様も妖精王オーデンが国民の信頼を裏切るような行為ばかりしているのはご存知の通りでしょう。この国のトップは腐っている。そしてそれに仕える妖精騎士団もまた腐っているのです。彼らは私の優秀さを妬み、こともあろうに私を王族暗殺事件の黒幕だと冤罪を被せてきたのです』

 放送を聴いたドリアは思わず机を叩いた。自身の不用意な発言がこの事態を招いたことへの怒りと後悔の念であった。

『これほどにまで上層部が腐りきっていては、最早この国に未来は無い。故に私はこの国を見限ることを決めたのだ。そして私は今ここに宣言しよう。私は妖精王家と妖精騎士団を討ち滅ぼし、新たなる妖精王となることを!』

 それはあまりにも堂々とした国家反逆宣言であった。だがフォアグラはそれだけには留まらず、更なる爆弾発言をかます。

『今日より私は、ゴッド・フォアグラを名乗る。妖精王家は創世神オムスビに連なる家系。ならば私は新王朝の始祖として、オムスビに代わる新時代の神となろう。国民達よ、今こそ我が下へ集え。共に革命を起こそうではないか』

「な……何を言っているのだあいつは……まるで意味がわからんぞ……」

「王どころか神になろうとは、随分と大きく出たものです」

「笑い事ではないぞカクテル!」

「おや失礼」

 まるでこの状況を楽しんでいるかのような発言が顰蹙を買い、カクテルはおどけた顔をした。

「た、大変です!」

 またけたたましい足音が廊下からしたかと思うと、先程とは別の兵士が会議室に飛び込んできた。

「こ、国民達が暴動を……!」




「……と、いうのがフォアグラ教団誕生のあらましです」

 魔法少女バトル本戦一日目の朝。ケルベルス山から王都に戻ったハンター三人組は、騎士団の会議室に呼び出されていた。今日フォアグラ教団によるテロが起こることを密偵が突き止めたことを話した上で、彼ら三人もテロ対策に働いてもらうためである。

「つーかあの怪しい仮面の王様、そんなに嫌われてんのかよ」

「先王ラザニア様は一度として闇の一族ダークマターによる粛清を行わなかったが、オーデン様はそれを度々行っている、と言えばわかるか?」

 拳凰の疑問にミソシルが睨みを利かせたが、それにも構わずハバネロが答えた。

「現妖精王に人望が無いのはわかるにしても、そのフォアグラという男はそこまで国民から慕われているというのか?」

 デスサイズが尋ねると、ザルソバは解説を始める。

「彼は他者の心を掴むことに長けた人物です。純粋な実力もさることながら、謙虚で誠実な振る舞いにより軍に入隊した直後から次々と味方を増やしスピード出世。多大な支持のもと騎士団入りすることとなりました。しかし実は彼は他者を貶めることにも長けた人物です。スピード出世の裏には、軍内部で彼にとって邪魔な人物が次々と左遷や自主退役に追い込まれていたという真相がありました」

「人間界の組織でも珍しくはない話だな」

 デスサイズが冷めた口調で言う。

「彼は謙虚な外面とは裏腹に、本性は自己顕示欲が強く他者からの称賛を何よりも好む傲慢な男。あえて神を名乗り宗教組織を立ち上げたのは、本人の言葉通り自らを創世神オムスビと同列の存在に位置付け新王朝の始祖として箔を付ける目的も勿論あったでしょう。ですがその最大の目的は、神として信者達から崇め奉られることだったと考えられます」

「やたらと謙遜する奴の本性がナルシストというのはどこの国でも同じだな。確かにそいつは宗教組織の教祖には向いた性格だ」

「デスサイズさん、各国の軍隊で色々経験してきたんですね……」

 様々な人物と関わってきたことによる苦労が窺え、幸次郎は苦笑い。

「そして彼の野心の果てにあるものは先程説明した通り。その後フォアグラを信奉する国民達によりデモや暴動が頻繁に起こるようになり、遂には死傷者を出す本格的な暴力革命にまで発展しました。軍にもフォアグラの信奉者は多く、幾多の離反者が出る事態となりました。そして当時騎士団の一員であった蟹座キャンサーのドリアはフォアグラに冤罪をかけた張本人だとして、教団についた元軍人達からリンチを受けて殺害されました。教団は反妖精王を掲げる他の組織や個人、更には戦力になるならばと単に暴れたいだけのならず者達まで取り込んでみるみるうちに勢力を拡大。我が国にとって大きな脅威となったのです」

「だがそんなヤバい連中がいるってのに、この街は平和そのものだぜ。一体どうなってんだ?」

「ええ、教団は信者達を兵士として育成するため、フォアグラ大聖堂なる彼らのアジトに全て連れ去ったのです。そして必要に応じてアジトから兵士を転送する形でテロを行っています。ですがそのテロが、一年前から急激に少なくなったのです」

「一年前……というと、魔法少女バトルが始まった頃か」

「ええ、それ即ち我々妖精騎士団が妖精界を離れ人間界に行っている間、ということです。教団の存在を考慮して一時は今回の大会を中止することも議論されたのですが、中止のデメリットは非常に大きいため通常通りに行うこととなりました。我々は必要に応じていつでも妖精界に戻れるようにはしていたのですが、不思議なことにその間ぱたりとテロが止んだのです。小規模なテロは数回ありましたが、王国軍の兵士達だけでも鎮圧できる程度のものばかりでした。本来であればテロを起こす絶好のチャンスにも関わらず彼らが動きを止めた理由についてはよくわかっていません」

「確かにそいつは不可解だな……力を蓄えることが目的にしても、あえてそのタイミングでやる理由がわからん」

「そうして蓄えた力を解き放つのが今――我々が妖精界に帰ってきたタイミングというわけです」

「つーことはあれだろ、妖精騎士団と戦いたいっつーことじゃねーの?」

 拳凰の実に拳凰らしい意見に、誰もがそちらを向く。

「最強寺さんじゃないんですから、流石にそれは……」

「まあ、一つの可能性としては我々もそれを予想に挙げています。さて、我々が教団にてこずっている最大の理由をまだ説明していませんでしたね。教団は初め信頼によって信者を獲得していったのですが、度重なる蛮行により次第に国民から嫌われてゆくこととなりました。教団内からも離反者が出始める始末。そこで教団は、不信の意思を示した者に強力な洗脳魔法をかけ意思を持たぬ人形同然にしたのです。彼らは洗脳兵士と呼ばれ、現在の教団の主戦力となっています。決して命令に逆らうことがないが故に何かと都合がよく、既に幹部を除く信者全てが洗脳兵士にされているとも言われています。そして更に恐ろしいのが、教団は戦力増強のため信者でない一般市民の拉致を行い出したということです。攫われた市民は彼らの意思と無関係に洗脳兵士にさせられ、教団の手駒として使われてしまいます。我々は罪無き市民を傷付けることなどできません。だからこそ教団はこのような卑劣な策に及んできたのです」

「ひ……酷すぎる……」

 想像するだけで身の毛がよだつ恐ろしい手段に、幸次郎は戦慄した。

「つーかよ、敵のアジトがわかってんならどうしてこっちからカチコミに行かねーんだ? それで攫われた人らも助けられるだろ」

「勿論それができるならすぐにでもやりたいところです。実際過去のテロで身柄を拘束した教団幹部からアジトについて聞き出しはしたのですが、彼らのアジトは常に移動しており場所を特定することは不可能。更にアジト内に侵入するためには、教祖及び上級幹部だけが持つゲートキーが必要。我々が捕らえたのは全て下級幹部です。教団の幹部は使徒と呼ばれ実力順にナンバーが振られているのですが、その上位七名が七聖者と呼ばれる上級幹部です。彼らの実力は非常に高く、我々も何度か交戦しているのですが一人として撃破するには至っていません」

「騎士団の連中さえてこずる実力者か……」

 拳凰に思わず笑顔が出来る。その様子を見て隣の幸次郎は引いていた。

「今回の王都テロにおいても七聖者の誰かは来ると予想されています。ここで拘束することができれば状況は一気に有利に向くのですが……」

「さて、そろそろ大会の準備にかかる時間だ。ここは一旦お開きとしよう」

 ビフテキが時計を見て言う。

「ハンターの皆様は、こちらから連絡があるまで大会を観戦しつつ待機していて下さい」

「了解した」

「おう、そうさせてもらう」

「は、はい……」

 そうしてこの場は一時解散となり、拳凰達は暫し魔法少女バトル観戦を楽しむこととなる。



<キャラクター紹介>

名前:相葉あいば陽子ようこ

性別:女

学年:中二

身長:148

3サイズ:73-54-75(Aカップ)

髪色:金

髪色(変身後):金+黒の縞模様

星座:乙女座

衣装:虎柄セーラー服

武器:無し

魔法:ワータイガーを召喚する

趣味:サイクリング

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